第3話「友情」
光が眩しい。
目を薄く開けると、そこはどこかの部屋だった。
「う~ん…」
「おはよ、良子」
礼奈の声がする…。
その声で少しずつ記憶が蘇ってきた。
「あれ、れいな…。ここどこ?」
「荒覇吐学園の特別女子寮・蛍荘だよ」
「ほたる…そう…?」
礼奈はパジャマ姿で優しく話してくれた。
その言葉で思考がハッキリした。
良子達は昨日、妖魔との戦闘が終わった後ヘリで救出された。
その後、理事長に報告し、病院で治療を受けた後、蛍荘に来たのだ。
良子の部屋はまだダンボールだらけで、片付けるのは時間がかかる。
つか、面倒くさいし、第一、そんな気力も無い。
おまけに時刻は夜10時を回っており、そんな時間に掃除は無理だ。
その為、礼菜の部屋に泊まることになったのだ。
荒覇吐学園には男子寮と女子寮が校内にあるが、妖魔退治をするメンバーは特別女子寮である蛍荘に住むことになる。
蛍荘は学園から10分ほど離れた閑静な住宅街の中に存在する。
一般寮と違うのは、門限なしで寮長もおらず、自由気ままに過ごすことができるのが特徴の女子寮である。しかし、蛍荘の入寮資格はSPコース所属の者だけに限られる。
「確か、SPコース所属の人だけなんだよね…入寮資格は」
「そうだよ。SPコース…つまり、妖魔退治をする人間だけを集めた”部隊”ね。
勿論、学校での成績も優秀じゃないとダメなんだよ」
勉学も妖魔退治も頑張る必要があるなんて、なかなか骨が折れそうである…。
良子は欠伸して大きくのびをした。
「…なるほど。にしても朝か。なんか寝た気がしないや」
「にしては良子、ぐっすり寝てたケド」
「礼菜と一緒に寝れたからね。なんか久しぶりで嬉しかった」
「え……」
思わぬ発言に礼菜は顔をりんごのように真っ赤にする。
「でも、欲を言えばもう少し寝たいかな~」
伸びをしながら言う良子。
今までと環境が違うのもあり、あまりよく眠れなかった。
第一、いきなり大阪から東京への”強制転校”だ。
心理的にも肉体的にも披露したのは当然だろう。
けれども、安心できたのは礼菜の存在だ。
こういう時、友達ってありがたい。
「ありがと、礼菜★」
良子はウインクしてお礼を言った。
余計顔が赤くなる礼菜。
「あ、や、そ、その…うん…」
「よかったら今晩も泊めてよ。ウチの部屋、なかなか片付きそうもなさそうだし」
「良子さえよければ…」
「やったぁ★ありがとう礼菜」
「そ、それよりゴハン食べましょ。も、もうすぐパンが焼けるから」
礼菜は真っ赤な顔を背け、早口で言った。
「OK。んじゃ…ん?」
良子はベッドから降りて気付いた。
「どうしよう…」
「どうしたの?」
「ウチ…私服のままだった。つか、荒覇吐の制服なんて持ってないんだけど!?」
良子は未だに外国人女優のTシャツとデニムの格好のままである。
そして、ハッとまた何かを思い付いた。
「しかも今日は…」
「…始業式だよ」
「始業式じゃ、絶対に制服いるじゃん!?どうしょ~礼菜」
「ああ、それなら…」
そこでピンポンとインターフォンが鳴った。
「はーい」
壁に備え付けのインターフォンカメラの前まで行く礼奈。
良子も何だ?とその後に続く。
カメラにはおかっぱ頭にメガネの女子生徒が映っていた。
「まいど~、学園配達委員会です。剣良子さん宛に荷物を持ってきました」
「はいはい。今、開けるわ」
礼菜は頷き、玄関の扉を開ける。
「あ、どもです。剣さん、ハンコかサインお願いします」
「え、ウチに荷物?」
「良子、サインお願い。はい、ペン」
「う、うん」
良子は疑問に思いつつも、礼菜から借りたボールペンで自分の名前を伝票にサインした。
「はい、では確かに。ではこっちが荷物になりますんで。まいど~」
女子生徒はダンボールを良子に渡すと、伝票の一番上のみ剥がして去っていった。多分、控えだろう。
「ご苦労様~」
「…礼菜、何なの今のは?」
良子は少し呆然としながら礼菜に尋ねた
「学園配達委員会よ。無料で学校内の様々な人に物を送ってくれるの。バレンタインチョコからラブレターまで何でもね」
「…そ、そうなんだ。で、コレ何?」
届いたのは中型のダンボールだ。
伝票には依頼人は翡翠伊織・・・つまり、学園長となっていて、届け先は剣良子となっている。
「ま、開けばわかるか」
早速ダンボールを開けてみると…。
「あ、制服…」
蒼と白を基調にしたセーラー服とスカートがクリーニング袋に包まれて丁寧に入られていた。
「どうやら学園長が送ってくれたみたいね。良かったじゃん、良子」
「うん!セーラー服かぁ…可愛いなぁ」
良子は愛しそうに届いたばかりのセーラー服を見つめる。
「ねね、早速着てみていいかな?ウチ、結構セーラー服とか憧れてたんだよね。前の学校はブレザーで嫌だったんだよ~。つか、可愛い!」
良子はよっぽど嬉しいのか、キャキャと黄色い声を上げながらはしゃいでいる。
荒覇吐学園の制服は有名デザイナーの作成で人気が高く、良子のみならず学園の制服が好きな女子は多い。受験生が公立より私立を選ぶ理由の中に有名デザイナーの可愛い制服、修学旅行が海外と公立より派手で豪華だからだという。
まぁ、その
「良子、気持ちはわかるけど、今は朝ごはんにしようよ。制服着てご飯食べたら、せっかくの制服が汚れちゃうよ?」
礼菜が苦笑いしながら優しく諭すように言う。
その笑顔は優しく、朝の輝きに照らされ、女神のように美しかった。
「あ、それもそーだね。よし、食べよっか」
「うん。ちゃんと良子の分も焼いてあるからね♪良子の好きなミルミル牛乳もあるから」
礼菜はウインク一つ溢して微小した。
「やった!よし、食べるぞー★」
午前8時20分。
良子と礼菜は荒覇吐学園の校内にいた。
二人は正門から真っ直ぐ校舎に向かって歩いていく。
通りには新入生達を祝福するような素晴らしい桜達が満開に咲いていた。
桜舞い散る中、新しい制服に期待と不安を込める新入生もいる。
元気なく憂鬱そうに歩いている学生も何人かいる。
ヘッドフォンの音楽に夢中で桜なんか全然見ない男子生徒もいる。
久しぶりに会う友達とお喋りに花を咲かせる女子生徒もいる。
「みんな反応が様々だね。ウチみたいに桜を愛でようなんて気持ちはないもんかねぇ…」
良子は止まり、桜の木をじっと見つめた。
大きくて綺麗で圧倒的な存在感。
この桜達は今までどれだけの生徒達を見てきたのだろう。
この桜達はこの風景を何度見てきたのだろうか…。
出会いも別れも涙も恋も、桜は全てを知っている。
そして、それを静かに見守っている。
それはきっとこれからも変わらないだろう。
「綺麗だよね、桜」
「うん…」
二人はうっとりと桜を見ていた。
それぐらい圧倒的で、見事に咲き誇っていた。
「あ、橘。ちょうどよかった」
そこへ誰かが礼菜を呼んだ。
二人は我に返り、声のした方に振り向く。
そこには、よれよれスーツの中年男性が立っていた。
お腹がぽっこり膨らんでいるのは体質なのか、ビール腹なのか怪しい所だ。
「あ、大島先生。おはようございます」
礼菜は丁寧にお辞儀し、良子も一応軽く頭を下げた。
「ああ、おはよう。実はな、例の件だが…」
「あれは大丈夫ですよ。うまくいったので…」
何の話だろうか?良子にはさっぱりわからない。
しばらく二人は何やら話をしていたが…。
「あ、良子。悪いけど先に行ってて。ちょっと先生と話があるの。ゴメンね」
「あ、うん。わかった…」
何の話かは知らないが、ここは言われた通り先に行くのが無難だろう。
良子は少し寂しい気もしたが、一人で行くことにした。
「あ、始業式やる体育館は右にまっすぐよ!間違えないでね」
「わかったー」
後ろを振り向かず、手をひらひら降って返事をした。
5分後。
「……迷った」
迷ってしまった。
しかも森の中に。
荒覇吐学園には校舎の背後に森が広がってる。
恐らくそこだと思うのだが、案内看板も何もない。
礼菜に電話してもいいが、先生と用事中だとマズイし…。
「テメェ、どういうつもりだ!?」
どこからか男の野太い声が聞こえた。
「何が?」
良子が辺りをキョロキョロ見回すと、声がした場所はすぐにわかった。
少し離れた場所に男子生徒達と女子生徒がいる。
男子生徒は全員で5人。
女子生徒を取り囲み、睨みつけている。
男子生徒達は髪の毛を金髪や青色など派手に脱色し、ピアスなどをつけていて、制服も着崩しており、頭悪そうな犯罪者よろしく。
お世辞にも一般生徒とは呼べない。
不良グループに間違いないだろう。
対して女子生徒はたったの一人だけ。
しかも囲まれても凄まれても萎縮せず堂々としている。
おまけに雰囲気が随分と剣呑で野郎どもの殺気が良子にまで伝わってくる。
男子たちは相当キレているようだが…。
「だから何が?」
しかし、女子生徒はひるむどころか、逆に不良達を睨みつけ、怯む事なく堂々としている。因縁をつけた不良達の方がむしろ萎縮しているようだが…。
女子にしてはなかなか肝っ玉があるようだ。
良子は彼らのすぐ傍の茂みに身を潜めた。
気配を消すのも修行の内だ。
こんなのは良子にとって朝飯前である。
案の定、こちらに気づいた者はいない。
「しらばっくれんな!お前、うちの部長をこの前フッただろ!」
「うちの部長?」
「空手部の飯塚部長だ!」
そこまで聞いて女子生徒は「ああ」と頷いた。
「だから何?」
平然と言い切る彼女に男達はムカついたらしく、やかんを沸騰させたかのような赤い顔をする。
「オメーがフッたせいで、空手部は全然機能しないんだよ!どうしてくれんだ!」
「んなの知ったこっちゃないわ」
またもキッパリ言い切る彼女に男子生徒達は怒りを隠しきれないでいる。
沸騰したやかんはもうすぐ爆発しそうである。
「確かにアイツにコクられたけど、1秒で振ったわ。私、汗臭いのと馬鹿な奴は大嫌いなの」
「な、何だとぉ・・・」
「アイツ、女の子泣かせまくってるのよ。この前も、テニス部の佐藤部長を飽きたとか言って自分からフッたのよ!で、次が私?ふざけるのもいい加減にして!!」
女子生徒は男子に怒声を浴びせた。
興奮していて、呼吸が荒く、顔が赤くなってきた。
「佐藤部長とってもいい人なのよ!いつも練習熱心で、人望もある。私は同じ部活じゃないけど、よくお喋りするからどういう人かよく知ってるわ。アイツと付き合ってる時は本当に幸せそうだった。そんな人を飽きたなんて言ってフるなんて…許せない!女の子はモノじゃないのよ!」
「…こ、このアマァ!」
ヒステリックに怒鳴る女子生徒に男子生徒達は暴走寸前らしく、やかんは爆破炎上間近。猪突猛進なイノシシを思い出す良子。
「だ、だからって部長を病院送りにするこたねーだろ!」
「フン、あんな怪我何でもないでしょ。あばら6本折って、腰の骨折って、股関節折って、歯を全部壊したぐらいでガタガタ言ってんじゃないわよ。だいたいアイツは大病院の一人息子でしょ?どーせ、すぐ治るわよ」
女子生徒はそっぽを向いてさも当然でしょと言わんばかりに言った。
いや、スゴすぎだろ、それ。
つか、やりすぎ。
大病院の息子とかカンケーないし。
どう考えても、大怪我に違いはない。
良子は心の中でそう思った。
「私はね、女の子の心を平気で踏みにじるような奴は大嫌い!絶対に許さないんだから!」
「このアマ…もう許さねぇ!」
男子生徒の一人が手を上げようとした。
「いくら何でも女の子一人に大人数は卑怯ね」
良子はそう言って男子生徒の攻撃を止めた。
「なっ…!?」
男子生徒の攻撃は止められている。
良子の人差し指一本で。
男子生徒がありったけの力を込めても、ビクともしない。
拳の上に良子の人差し指がたった一本触れているだけで、拳は1ミリも前に進まない。活気盛んで成長期の男子。若い上にケンカ慣れした不良でもある。
そんな奴の拳を、女子の良子が人差し指一本で止めているのだ。
たった人差し指一本で…。
一体、どれだけの力が彼女にあるというのだ?
「ウチも汗臭い男子は嫌い。アンタみたいな奴は特にね!」
良子はガラ空きになっている不良男子の腹に強烈な蹴りを喰らわせた。
「ぐわあああ!」
不良男子は3メートルは吹っ飛び、木に衝突した。
木はメキメキと音を立てて倒れ、それが男の後頭部に命中。
男は白目を向いて意識を失った。
よほど強力だったのか、口から泡を吹いている…。
良子としてはあまり力をいれたつもりはないが、不良には充分過ぎるくらい威力があったようだだ。
「なっ…!?」
「運が悪かったのよ、アンタ達は。死にたい奴だけ…かかってこい!」
どこぞの元極道のように言い切る良子四代目。
男たちは恐れ慄き、首を横にブルブル振った。
「ヒ、ヒイイイ!に、逃げろぉぉ」
「おがぁぁぁぢゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「こここ、殺されるぅぅぅぅぅ!!」
「そりゃあ!」
良子は抜刀し刀を振るった。
良子が逃げる彼らを瞬速で切り裂き、刀を鞘に収めた瞬間だった。
「う、うわぁあああああ!!」
不良男子達の制服が切り裂かれ、皆パンツ一丁になった。
上半身裸のパンツ一丁のまま逃げて行く不良男子ズ。
こうなると不良だろうが怖くも何ともない。
「今時、トランクスなんてダっサ。男ならボクパンでしょ。おととい来な!」
あーはっはっはと、まるで悪役のボスキャラみたいに良子は笑った。
「…さてと、大丈夫だった?」
男たちがいなくなってから、良子は女子生徒の方を向く。
女子生徒は頷いた。
「お陰様でね。ありがと」
「ケガとかはない?」
「うん、大丈夫。…あなた、剣良子さん?」
良子は目をパチクリさせた。
「なんでウチの名前知ってんの?」
「ああ、やっぱり。礼菜から聞いてるわ。自己紹介するわね」
咳払いしてから、少女は改めて言葉を切り出した。
「私は一ノ
明るい笑顔でハキハキと元気よく、彼女は自分の名前を言った。
さっきのヒステリックさは微塵も感じられない。
どうやら誰に対してもヒステリックという訳では無いようだ。
「誠って、ずいぶん男らしい名前だね?」
良子の疑問にあははと苦笑する一之瀬。
「おじいちゃんが男の子だと思って付けたのよ。気付いた時にはもう役所に出生届出しててね。…ちょっと気にしてるから、あんまし言わないで」
「あ、うん…」
しまった、地雷だったかと良子は思ったが、時既に遅し。
お互い苦笑いし、何だか気まずくなる…。
一之瀬はゴホンと咳払いした。
「えと、みんなからはマコって呼ばれてるから、そう呼んで。私も良子って呼んでいい?」
「うん、いいよ」
「よろしくね、良子」
「こちらこそよろしく、マコちゃん」
二人はがっちりと握手した。
そこでチャイムが鳴った。
「ヤバ!始業式が始まっちゃうわ。良子、走るわよ!」
「合点承知!」
二人は猛ダッシュで体育館へ向かった。
良子達は始業式が行われる体育館にギリギリ間に合った。
「もう、遅いよー」
「あー、ごめん、ごめん」
「さ、座りましょ」
礼菜とも合流し、良子達はパイプ椅子に座った。
良子達は2年なので、2年グループの席だ。
体育館には全学年の生徒はもちろん、教職員、PTA、保護者など様々な大人達がいる。PTA会長の短くも簡単な挨拶が滞りなく終わり、次に学園長挨拶に移る。
「新入生のみなさん、在校生のみなさん、おはようございます。荒覇吐学園高等学校の学園長、翡翠です」
しっかりとした口調ではっきり丁寧と言う翡翠。
声もよく出ており、聞き取りやすい。
流石に学園長の名は伊達ではないようだ。
「荒覇吐学園は元々、荒覇吐神社というお寺でした。明治時代に学制の制度が生まれ、神社は時代の流れで学園へと姿を変えました。学園は明治6年4月5日に開校し、以来100年以上に渡って様々な人材を育成し、社会で大活躍できる人材を排出していきました…」
「現在、我が学園は全生徒数558人、教職員数70人となり、更なる発展を遂げています我が学園のモットーは「文武両道」です。開校以来、このモットーをずっと守り続けていたからこそ、今日の学園の発展があるのです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、昨年の高校野球で、我が荒覇吐学園は準優勝を果たしました」
学園長の言葉に生徒達の何人かは関心の声をあげる。
明らかに注目の度合いが上がったのを感じる。
そのせいか、学園長は饒舌に続ける。
「それだけではありません。ゴルフの石山プロ、ボクシングの田亀プロ、テニスの伊達山選手は我が校の卒業生です」
多くの生徒達が関心 の声をあげた。
それもそのはず。
学園長が名前を挙げた人物は全て有名人物ばかりだ。
テレビ、ラジオ、新聞では、毎日彼らの話題で持ちきりだ。
スポーツにあまり詳しくない良子でも彼らを知っているほど、メディアは大々的に彼らにスポットをあてている。
新聞の一面やニュース番組のトップにでることも珍しくない、超一流選手ばかりだ。
「新入生の皆さんの中には新たな学園生活に不安な方もいるでしょう。しかし悩むことはありません。我が学園は、頑張るあなた方を応援します・何よりあなた達はまだ若い。若い時の経験は何にも変えられない宝物です。自分らしく、堂々と、全てにおいて頑張って下さい。あなた達の活躍を期待しています。以上」
挨拶が終わると同時に、拍手が鳴り響いた。
その後、各先生方からの挨拶や、怖い先生からの受験生に対する脅し的な挨拶を終え、始業式は無事に終了した。
生徒達はクラスごとにそれぞれの教室へと移動していく。
良子たち2年のクラスが移動を初め、それにならって同じように体育館を出る。
勿論、良子たちは三人一緒にお喋りしながら進んでいた。
「良子、体育館を出て左に行くと、校舎が見えてくるわ。
ここの2階が2年生の教室よ」
「ふーん。随分、綺麗な校舎だね」
「何でも旧校舎を壊して、その上に建てたそうよ。建て替えからまた1年も経ってないわ」
「ウチらのクラスは?」
「2年C組だよ」
礼菜が良子の疑問に優しく答えた。
言っている間に校舎を進み、そのクラスが見えてくる。
「私達、妖魔退治のSPコースに所属する人間は必ずC組になるのよ」
「なんで?」
マコの言葉に良子は首を傾げた。
「C組の担任は妖魔退治の事を知っている先生なの。緊急時に事情がわかる先生がいないと学校出れないでしょ?だからよ」
「ふ~ん。んじゃ、礼菜もマコもウチも同じクラスって訳だね」
「そういうこと。1年なら1ーC、2年なら2-C、3年なら3-Cよ」
「で、ここが2-C」
礼奈が扉を開け、良子達は教室に入った。
教室では生徒達が雑談し、笑い声が所々上がっていた。
「ほとんど前と同じ面子ね」
礼菜が辺りを見周して言う。
「メール通りね。ま、気疲れしなくていいわ」
「マコちゃん、メール通りって?」
「ああ、クラス編成とか学校のお知らせなんかは学園からメールが来るのよ。
荒覇吐学園公式メールマガジンってのがね。良子も登録しとくといいわ」
「ふーん…。他にはどんな事がわかるの?」
「んとね、テストのトップ3や自分の順位、部活情報なんかもわかるわよ。
後は学園長のブログとか」
「ブログって…。学園長そんなのやってるんだ。驚きだね」
「一部男子生徒からは人気みたいね」
流石は私立。普通の公立高校とは訳が違う。
無駄な所にあえて金をかけるのが私立の特徴である。
「登録したらパソコンでも見れるからね。さて、どこ座る?」
「真ん中!」
良子と礼菜の声がハモる。
既に二人は真ん中の席を確保していた。
「ウチと礼菜は真ん中の席の隣同士。ウチらの仲は盤石だね!」
「うん!」
そう言って抱き合う二人。
良子はクラスの中央の左側の席で、礼菜は右側の席だ。
「仲よしねぇ、アンタ達…。私は礼菜の後ろにしとくわ」
少し呆れつつ、マコは席についた。
「みなさ~ん、席につきましたか?」
のんびりした声と共に誰かが入ってきた。
どうやらここの担任らしく、軽く自己紹介を済ませた後、「そうそう」と何かを思い出した。
「忘れてたけど転入生をご紹介します。こっちにどうぞ」
「あ、はい…」
良子は黒板の前まで移動した。
担任はスラスラと黒板に「剣良子」と名前を書いた。
「剣良子さんです。みんな仲良くしてあげて下さいね。剣さん、ご挨拶して下さい」
「剣良子です。よろしくお願いします」
良子は小さく頭を下げた。
良子はあまりこういうのは得意ではない。
恥ずかしいというよりも、動物園のパンダみたいにジロジロ見られるのが嫌なのだ。
挨拶が済むと良子はさっさと自分の席に戻った。
「今日は特に連絡事項はありません。寄り道せずに真っ直ぐ帰ってくださいね。」
先生は苦笑しつつ言ったが、良子は明後日の方向を見たままだった。
「少し早いですが、ホームルームを終わります。起立、礼」
「ありがとうございました」
先生はゆっくりと教室を出た。
「……」
重い空気が良子の周りに漂うが、他の生徒達はあまり気にしていない。
雑談しつつ、帰っていく。
担任はああ言ったが、生徒達は寄り道する話題でもちきりだった。
「…面倒臭いわねぇ」
良子はため息をついた。
転校生デビューなんかしたくなかった。
有象無象の連中と話して何が楽しいんだろう?
動物園のパンダのように珍しがられ、質問攻めされ、飽きたら相手にされない。
そんな薄っぺらい奴らのどこがいいのだろうか?
だから転校なんかしたくなかったってのに…。
良子は全てわかった上で挨拶をテキトーに済ませた。
ウケをよくしてクラスメートという世間に受け入れられたいとは絶対に思わない。
普通の女子だと孤独は寂しいからとあえて有象無象に混じり、つまらない話題に興じるのだろう。だが、良子は別に寂しくも何ともない。
良子には礼菜がいるし、何よりそんなくだらない理由で自分の青春の時間を無駄に浪費することの方が一番無駄だ。
偽物の友達が100人いても、本物友達1人には敵わない。
「・・・・・ふう」
「・・・ねぇ、良子」
そんな良子に話しかけたのは、マコだった。
「お昼まだでしょ?帰りになんか食べてこ」
マコは出会った時と変わらない調子で話しかけてくれた。
「…あんまお腹すいてない」
「ま、いいから、いいから。さ、行くわよ。もちろん礼菜もね」
「う、うん」
「…仕方ないわね」
良子は渋々頷いた。
良子と礼菜は半ばマコに引っ張られるような形で教室を後にした。
良子達は学校を出て繁華街へと来ていた。
平日だが、流石は東京。
お祭りみたいに、どこもかしこも人でいっぱいだ。
人、人、人…見渡す限り人が埋め尽くしている。
サラリーマン、OL、学生、様々な人たちが歩いている。
大阪とは違う狭い道に良子は歩きにくさを感じていた。
「よし、マグナムにしよう!」
マコが指で示したのは、大手ファーストフードチェーン店のマグナムバーガーだった。良子のいた大阪も含め、全国にチェーン店が有名店だ。学生から大人まで幅広い年代から愛される、日本国民には慣れ親しまれたファーストフード店だと言えるだろう。
「マグナムねぇ…うーんどうしょうかな?」
「あーー!!!」
悩む良子の隣で礼菜が大声を上げた。
あまりの大声に、近くの通行人がこちらを振り返る程だ。
「ど、どしたの礼菜…」
良子は指で自分の耳を塞いだ。キーンと耳鳴りがするほど、かん高くてデカい声だった。
「リラックス・クマ野郎だ!!!!!!」
礼菜が看板を見て、黄色い悲鳴を上げながら狂気乱舞する。
「リラックス・クマ野郎って礼菜の好きなキャラクターの?」
良子の言葉に「うん!」と頷く礼菜。
看板にはテレビを見ながら、横になってタバコを吸うクマが描かれていた。
しかもクマは競馬中継を見ている…。
これじゃ、まるで日曜日のオッサンじゃないか。
可愛さは微塵も感じられないが…。
「何々…、新メニューのスーパーダブルチーズバーガーセットを頼むと、
クマ野郎のフィギュア・日曜日の競馬編をもれなくプレゼント!?
よし、行くわよ良子、マコ。いざ、出陣~!」
礼菜、良子とマコの腕をギュッと掴む。
「合戦じゃないんだから…わ、ちょ、引っ張るなって!」
「やれやれ…」
礼菜にほとんどひっぱられる形で、良子達はマグナムバーガーへと入っていった…。
「全く、礼菜には困ったもんね。ホント、クマ野郎が好きなんだから」
「あれは筋金入りね」
フフフと笑うマコ。
礼菜が注文を頼むのでレジに並び、良子とマコは場所取りだ。
2階の禁煙席の窓側といういい場所を確保できた二人は早速座った。
店内は人で混んでおり、良子たちのような学生連中もちらほらいる。
皆、考えることは同じのようだ。
リラクマ目当てなのは礼奈だけだろうが。
「良子は礼菜と前から知り合いなのよね?」
「うん、まあね」
「どうやって知り合ったの?きっかけとか」
「んとね、ウチは元々親がいなくて、師匠の下で育ったんだ」
「…そ、そうなんだ」
マコはやや驚いたが、良子は気にせず続ける。
「師匠は京都の山奥に住んでて、ウチも一緒に暮らしてたんだ。
で、中学生になってしばらく経った時に礼菜が来たの」
「礼菜は師匠がどっかから連れて来たんだけど、無口で無愛想だったから、初めはあんまり好きじゃなかったんだよね」
「ふうん…」
「何事にも消極的で、いつも暗くて…。でも、修行だけは熱心でね。
そこだけは一生懸命だった。でも、話しかけても反応悪いし…。
で、それに腹が立ってきてさ。ある日、師匠が用事で街まで出かけたんだ。
これはチャンスと思って、そん時に勝負を挑んだのよ。でも、礼菜はウチが想像していた以上に強くてね。ウチも結構苦戦したの」
「へぇ…」
「ずっと戦いまくったんだけど、なかなか決着がつかなくて…気づいたら3日が過ぎたんだ」
「3日も!?」
何でもないように言う良子にマコは驚きを隠せなかった。
「でもウチらは続行した。戦ってる内になんか楽しくなってきてね。
多分、礼奈も楽しんでいたと思うよ。でも4日目に師匠が帰って来ちゃって…。
ものすっごく怒られたわ。まあ、家事も掃除もみんなほったらかしにしてたウチらが悪いんだけど」
「そりゃ、怒られるわよ…」
ナハハと良子は苦笑した。
「でも、戦ったお陰でウチらは分かり合えたんだ。今じゃ親友だしね」
「戦って分かり合うなんて、まるでヤンキー漫画みたいね」
「そこが可愛いんだよ、人間って」
「可愛いのかしら、それ…」
マコは首を傾げた。
「おまたせー」
そこへ礼奈が戻ってきた。
礼菜の手にはトレイがあり、ジュースとリラックス熊野郎のフィギュアもちゃんとある。だが、肝心のハンバーガーは載っていない。
「あれ、ハンバーガーは?」
「後で持ってくるんだって。学生が多いから手間がかかってるそうよ。番号札をもらってきたから。それより、二人とも何の話してたの?」
「礼菜は可愛いねって話してたんだ」
「え…」
良子の言葉に礼菜は赤面した。
林檎のように顔が真っ赤になっていく。
「そうそう。とっても可愛いもんね、礼菜☆」
マコもいたずらな笑みを浮かべながら、囃し立てる。
「や、やだな、二人とも…。恥ずかしいよ」
ますます赤面する礼奈。
「あはは」
優しい空気が流れていた。
「ねえねえ、マコの事も教えてよ」
良子がもぐもぐとハンバーガを食べつつ、マコに尋ねた。
注文したバーガーは混んでいるのにも関わらず、5分もしない内に運ばれてきた。
どうやらこの店のスタッフは非常に優秀らしい。
良子はマグナムバーガーにコーラのセット。
礼菜はスーパーダブルチーズバーガーセットでアイスコーヒー。
マコはマグナムフィッシュバーガーとホットコーヒーのセットだ。
「私の事?」
「うん。色々聞きたいな」
「うーん、どこから話そうかしら?」
「マコちゃんは東京が地元なの?」
良子の質問にマコは首を横に振る。
「ううん、地元は愛知よ」
「そうなんだ?じゃ、こっちには進学で?」
「というより、引き抜きかしらね」
マコは少しだけ遠い目をして窓に映る景色を眺めていた。
過去を思い出しているのだろうか。
「引き抜き?」
「実はね、最初は別の学校に進学しようって考えてたの。でも、荒覇吐に来ないかって学園長にスカウトされてね。最初は断ったんだけど…」
マコはため息をついた。
それに披露と苦労を感じた。
一体、何があったのだろう。
「…どうしたの?」
「うちの実家は拳法の道場をやってるの。でも、経営が厳しくてね。荒覇吐は学費を払わなていいから入れってしつこくてね。結局、入らざるを得なかったわけ」
「マコには行きたい高校があったんだね…」
「うん…」
少し重い空気になる。
いくら家の為とはいえ、行きたくない高校に通うのは辛いものがあるだろう。
行きたい高校があるのなら、尚更だ。
「正直、初めは行く気なかったわ。おまけに妖魔退治でしょ?んな事、入学するまで一言も言わなかったってたのに…でもね」
「ん?」
「荒覇吐に入った事後悔してないの」
「どうして?」
「良子と礼菜に会えたから」
マコは笑顔で優しく答えた。
良子と礼菜は目をパチクリさせて、お互いを見る。
「ま、礼菜とはいっぱいケンカしたけど、今じゃ大親友よ。もちろん、良子も大切な友達よ。これからも仲良くなっていきたいと思ってる。二人といると、とっても楽しいの」
「…そんな簡単に他人を信じていいの?礼菜はともかく、ウチとは今日会ったばかりでしょ。それで友達って言うの?」
満面な笑みを浮かべるマコに対し、良子は少し懐疑的だった。
別に良子はマコの事を嫌っている訳ではない。
その笑顔も恐らく嘘ではないのだろうが…。
ただ、そんな簡単に他人を信じていいのだろうか。
いや、信じることができるのだろうか?
特に出会ってまだ初日の人間をそんな簡単に信じられるだろうか?
だが、マコは首を横に振る。
「良子、友達の基準は付き合いの長さじゃないわ。お互いがお互いを大切な人と思えるかどうかよ。確かに私たちは今日、出会ったばかりよ。まあ、礼奈から話はよく聞いてたけど」
マコは良子の話を聞きつつ、冷静にゆっくりと話す。
説教的にならないよう、ハッキリとした声と丁寧な口調で。
「でも、今はこうやって楽しくお喋りしてるし、一緒にいることをお互い楽しんでる。それって友達ってことなんじゃない?好きでもない奴とマグナムなんか行かないでしょ?」
「…まあね」
いくらお腹が減ってたとしても知らない人間と食事に行く気はない。
その点に関しては同意なので、良子は強く頷く。
「つか、良子って、あんまり知らない人をすぐ好きにならないでしょ?私もそこら辺の女子の一人よ☆」
「マコちゃん…」
良子は考えを見透かされたのが恥ずかしかったのか、少し目を背けた。
マコはただ優しい微笑みをしつつも、言葉を選びながら慎重に、かつ、ハッキリ言う。
「良子が私をどう思ってるかは知らないけど…私はアンタを友達だと思ってる。それは間違いないわ。天地神明に誓ってね」
マコは堂々と言い切った。
その瞳はまっすぐで、嘘をついてる人間の目には見えなかった。
こんな嘘ばかりで塗り固められた社会でこんな素直な子がいるとは思わなかった。
「…今時まっすぐなんだね、マコちゃんは。ひねくれ者が多い世の中だってのに」
「ふふ、よく言われるわ。でも本当よ」
「マコちゃんの目を見ればわかるよ。今時珍しいわ…けど」
良子は手を差し出した。
マコの方に向かって。
「ウチは気に入った。よろしくね、マコ」
良子は微笑を浮かべた。
勿論、良子としては完全に信頼した訳ではない。
ただ、仲良くなってもいいかなとは思ったのだ。
現在進行形で仲良くなっていきたいという思いをマコからは強く感じた。
良子はマコのその気持ちが嬉しかった。
「良子…」
マコは差し出されたその手をぎゅっと握り締めた。
「ありがとう、良子。これからもよろしくね」
「うん」
「わ、私も友達だよ!」
礼奈は慌ててマコの上に手を重ねる。
「ふふ、わかってるわよ礼菜。ありがと。」
「うん!」
三人はガッチリとその友情を心に刻んだ。
その後、良子達はカラオケ、ボーリング、ゲームセンターをハシゴして遊びまくった。楽しくて楽しくて、気持ちがよかった。
東京という、本や映画でしか知らない大都会、日本の中心。
そんな場所に居心地の悪さが良子にはあった。
妖魔退治ということも考えれば尚更だ。
けれど、この三人なら大丈夫な気がするなと良子は思った。
きっとこれから大変だろうけど、でも大丈夫。
きっと大丈夫だ。
一人じゃないんだから。
みんながいるから。
その気持ちは礼奈、マコも同じだった…。
「はー歌った、歌った」
「良子かなり歌ったよね~」
カラオケボックス「ホワイトドッグ」から良子達は出てきた。
外は既に薄暗く、風も少し冷たい。
「にしても演歌ばっかよく知ってるわね。今時のは歌わないの?」
マコが不思議そうに尋ねるが、良子は首を縦に振る。
「あんま最近のは知らないんだよね…」
良子は時代劇を見る事が趣味だ。
その為、歌えるのは基本、演歌か歌謡曲だけである。
今時の女子高生にしては少々珍しい。
「良子、そんなんだと彼氏できないわよ」
「いや、あんまり興味ないや…そういうの」
良子はげんなりして首を横に振る。
「ダメよ、そんなんじゃ!命短し恋せよ乙女よ!あたしらは恋に生きてナンボよ!女の子のエネルギー源は美味しいデザートと恋愛なのよ!」
「デザートはともかく恋愛はねぇ…。マコは彼氏いんの?」
「いるわ」
堂々と頷くマコ。
「…っても文通相手だけどね。付き合ってる訳でもないんだけど」
タハハと苦笑するマコ。でも、どこか嬉しそうだ。
「確か栃木だっけ?」
礼菜の言葉に頷くマコ。
「そうよ。社会人なんだけど、優しさや思いやりに溢れてて素敵な人なの~」
顔を赤らめてうっとりと恋する乙女モードなマコ。
これは重症だ。
「つか文通って。今時珍しいわねぇ…」
今のご時世はメールが一般的だ。
手紙なんてこっ恥ずかしいから、普通はしないだろう。
「まあ確かにね。でも文字の手紙って結構嬉しいものよ。
メールとかの機械的な文字より、手書きの文字のがずっと温かいの」
「ふうん…そうなの?」
「ええ。一文字、一文字が私の事を考えて書いてくれたものでしょ?そう思うと、すごく嬉しいんだから。手紙を待つことさえ楽しくなるの。今頃何してるのかな、私を思いながら手紙書いてるのかなって・・・」
満面の笑顔で言うマコ。
完全に恋する乙女モードである。
「つか、マコはその栃木の文通相手と会った事があるの?」
「…無いわ」
「どーする?メガネ・デブで、アニメのTシャツ着てて、萌え~とか言ってる豚みたいな奴だったら」
「な、ないから!きっと普通の人よ!」
必死に否定するマコだが、相手の顔を知らない以上、その可能性もある。
「き、きっと、ごく普通の男の人よ。そんな人ではないと思うわ…多分」
「一回お互いの顔を写メって交換しといた方がいいかもね」
「っくしゅ!さ、寒いわね…」
礼菜がくしゃみをしながら体を震えさせた。
「ねぇ二人とも、どっか温まりに行こうよ~。寒いよ~」
4月になっても、夜はなかなか冷える。
「春でも、まだまだ寒いわねぇ…」
マコもブルブルと体を少し震わせている。
「そだね。ま、そろそろいい時間だし寮に戻ってもいいけど…」
「伏せて!」
良子は二人の首もとを掴み、自分も含めて無理矢理地面に伏せさせた。
突如、ボンと何かが破裂したようなとても大きな音と衝撃波が良子達を襲う。
「キャアアア!」
「な、なんなの!?」
衝撃波が収まり、良子達はゆっくりと顔を上げた。
焼け焦げた臭いがし、煙が辺りに立ち込める。
原因はすぐにわかった。
カラオケボックスが燃えている。
良子達が先ほど遊んでいたカラオケボックスが。
激しい火の手があがり、黒い煙が辺りに立ち込める。
煙がとても臭く、視界も悪い。
「なんでカラオケから火が…」
火の気などなかったはずだが…ガス爆発か?
「り、良子見て!」
礼奈は叫ぶように大声を上げ、カラオケボックスを指差した。
なんと炎の中から妖魔達が這い出てきたのだ。
「なーる、妖魔達が火事を起こしたわけね…」
「でも、何の為に…?」
煙を吸わないよう、自分の口と鼻を手で塞ぎつつ、良子は考えていた。
「キャアアア!火事よぉぉ!」
「誰か消防車を呼べ!」
「に、逃げろぉぉ」
カラオケの近くにいた通行人達が次々に悲鳴をあげる。
「シギャアアアア!!」
妖魔達がその悲鳴を快感に思ったのか、それ以上に強く雄叫びを上げる。
まるで人間共よ、もっと喚け!と言わんばかりだ。
良子達にはそれが人を見下し、罵声を浴びせているように聞こえた。
「このままじゃ、街の人達が危ない!礼菜、マコ、急いで妖魔を倒すわよ」
「了解!」
「うん!」
「それは困るわね」
そこに聞き覚えのある声が聞こえた。
一向の前には以前見た黒スーツの女がいつの間にか立っていた。
「この火事はアンタの仕業なの!?」
「ええ、そうよ」
良子の尋ねにあっさりと認める女。
悪びれた様子はなく、さも当然という顔をしている。
その態度に良子は腹を立てた。
「何でこんな事を…!」
「面白いからよ」
以前と同じように不気味に微笑んで女は言う。
「私は人の叫びが好きよ。叫び、悲しみ、怒り、憎悪…そんな気持ちがね。
妖魔達も同じよ。そういった人間の負の感情が大好き…」
「・・・アンタ、狂ってるわ。ウチがその腐った心をたたっ斬ってやる!」
良子は獲物を抜刀した。礼菜とマコも戦闘準備ができている。
「煙で視界も悪いし、気分も悪いはずよ。こんな状態でどう戦うのかしら?」
黒スーツの女は挑戦的に笑う。
「こうするのさ!
良子が振り下ろした刀から凄まじい勢いの暴風が吹き荒れた。
暴風は建物や火事を凄まじい勢いで吹き飛し、20秒ほどで吹き止む。
暴風が止んだ頃には火事は既に沈下していた。
ただし、カラオケボックスはほぼ全壊してしまったが…。
「良子、火事は止んだけど、ほとんど吹っ飛んだわよ。一部屋しか残ってないけど…」
火事こそ収まったものの、カラオケは部屋だけを残し、屋根や天井などは全て跡形もなく吹き飛んでしまった。残ったのは受付とマイクとモニターだけ。
これじゃあ青空カラオケだ。
「たはは、い、威力が強すぎたわね。…つーか、マコ」
「何よ?」
「今時バックプリントのパンツはないな~」
良子はため息をついて呆れたように言う。
「バ、バカ。どこ見てんのよ、変態!」
マコは慌ててスカートを抑える。
「ウサギさんはないな~」
「る、るっさいわね、別にいいでしょ。つか、んな所見ないで!」
マコは顔を赤く染めてスカートを手で隠しつつ、良子にぽかぽかと抗議する。
「礼菜は白だったね」
「……良子のH」
顔を赤らめる礼菜。
「オバサンのは見えなかったわね。ま、見たくもないんだけど~」
良子は皮肉を込めて意地悪く言う。
「…なかなかやるわね。流石に染井が手ほどきをしただけの事はあるわ」
「アンタ、師匠を知ってるの!?」
「………」
しかし女は口を閉ざし答えなかった。
「何、喋ると都合でも悪いっての!?」
「…妖魔達。さっさと小娘共を始末なさい」
女は小さく呟くように言った。
「シギャアアアア!」
その声を合図に妖魔達は襲いかかってきた。
「そりゃ、
マコの遠心力を味方につけた威力のある回し蹴りだ。
あまりにも回転が早く、良子達にはマコの姿が見えない。
回し蹴りは妖魔の腹、目、顔面、足などを数百発も浴びせていく。
「グギャアアアアア!」
「ラスト。だあああああああら!」
最後の回し蹴り。
首にまともに命中した妖魔は、あまりの威力に首が吹き飛んだ。
マコの回し蹴りが妖魔の首を骨ごと折ったのだ。
「ま、ざっとこんなもんね」
回し蹴りが終わり、フフンと満足そうなマコ。
「流石、マコ。こっちも行くよ!」
礼菜は駆け出し、地面に勢いよく2つの剣を突き刺す。
「星運・
「ギュワアアアア!」
大地から爆発が起こり、妖魔達が巻き込まれていく。
これは礼菜の持つ特殊な気を地面に打ち込み、爆発させる技だ。
爆発場所は気の念じ方で指定できるため、敵が複数いても確実に攻撃できる。
ただし、敵が少しでも移動してまうと簡単に避けられてしまう。
礼菜はそれを持ち前のスピードで補い、技の出を極限まで速めることで、瞬時に技を出すことができる。それはつまり、避けることはほぼ不可能だという事である。
礼菜のこの技は、複数の敵を瞬時に倒すことができる便利だが非常に難しい高等技術なのだ。妖魔達はあっさりと全て倒れた。
「さて、残ったのはオバサンだけね」
「…流石ね」
しかし、黒スーツの女は微動だにしない。
その顔は怒りなのか憎しみなのか、悲しみなのか…。
その表情からは窺い知ることができなかった。
「ウチが相手になってやるわ。来なさい!」
「嫌よ」
黒スーツの女は良子に背を向けて歩き出した。
「ちょ、逃げる気?」
「…慌てなくても、あなたとはいずれ戦う運命にある」
歩きながら女は淡々と言う。
「けれど、今はまだその時ではない。お楽しみは後に取っておくわ…」
黒スーツの女は少しだけ振り向き良子を見つめた。
「………」
その瞳は暖かさとも優しさとも取れる不思議な憂いさを秘めていた。
「な、何よ」
「…良子ちゃん、好きな食べ物は何?」
「は?」
いきなりの質問に良子は間の抜けた解答をした。
「好きな食べ物…えーと、ハンバーグとエビフライかな。って、何でそんな事聞くのよ!?」
「ありがとう。参考にさせてもらうわ」
「何の参考よ!つか、呼び捨てにすん…」
良子の言葉が終わらない内に、黒スーツの女は姿をいずこかへ姿を消した。
「…ったく、一体何なのかしら。あのオバサン…」
良子は首を捻った。
最後の質問といい、一体何をしたかったのだろうか。
マコにも礼奈にもさっぱりわからない。
「ま、それはわかんないけど、妖魔も倒したし、一件落着ね」
「落着では困るな」
マコの意見を全否定する第三者の言葉が聞こえた。
「…全く。相変わらず手間をかけさせてくれるな。荒覇吐の生徒達よ」
良子達の眼前には女がいた。
年齢は20代半ば程度だろうか。髪型はショートヘア。ストライプスーツを着用している。
「今度は誰?なんなのアンタは」
「アンタじゃない。内閣府・妖魔対策本部・本部長の佐倉凛だ。剣良子くん」
「ないかくふって何?つかウチの事知ってるの?」
良子は首を傾げた。
佐倉は呆れたのかため息をついた。
「・・・内閣府を知らないのか?全く近頃の学生は無知で困る」
はあと深くため息をつく佐倉。
落胆の色が見て取れる。
「何、そんな常識的な事な訳?」
怒る良子を無視して佐倉は続ける。
「内閣府とは日本の中央省庁の一つだ。内閣機能強化の観点から内閣を助け、内閣の重要政策に関する企画立案及び総合調整をし、内閣総理大臣が担当するのが相応しい行政事務の処理などを行うことを任務とするのだ」
「えと、つまり??」
良子は頭に?マークがいっぱい浮かんだ。
「…わかりやすく言えば総理大臣の専属スタッフだ。日本を影で動かしているのは我々だと言っても過言ではないだろうな」
「…で、そのお偉いさんがなんでここに?」
「ちょっ、良子。もう少し丁寧に」
マコが慌て注意する。
「我々、妖魔対策本部はお前たちの隠蔽が仕事だ。妖魔の存在をまだ世間に知られてはならん。詳しくは翡翠学園長に聞け」
上から目線のキツい言い方だった。
気に食わない良子だが、マコ達が必死に止める。
「ちょ、離してよ二人とも」
「良子、ここは抑えて…」
礼菜がこっそり耳打ちした。
「お前たちが吹っ飛ばしたカラオケボックスだが…。この店は前々から防災の面に問題があった。何度も改善するよう勧告していたが応じなかった。ガス爆発という事にしておいてやる。本来なら厳重注意と建物の修理費を請求する所だ。その場合、退学はおろか、一千万円以上もの請求が来るが…今回は大目に見てやろう」
その言葉に良子達は安堵した。
「ただし次はない。妖魔と戦う時は無闇やたらと周囲の建物や備品を壊さないよう気をつけるんだな…」
「本部長、マスコミが騒ぎ初めています」
そこへ黒スーツにサングラスの男が恭しく発言した。
恐らく、佐倉の部下だろう。
「すぐに報道規制をかけろ。誰も近づけさせるな!」
苛立ちを隠そうともせず、八つ当たり的な言葉で部下に命じる佐倉。
相当、ご立腹のようだ。
「り、了解しました!」
あまりの剣幕にスーツの男性はビビリながらも、すぐに走っていった。
「お前達もさっさと行け!」
「し、失礼しま~す」
「さ、さようなら」
「ち、ちょっと!ウチはまだ…」
マコ達はまだ怒ってる良子を無理やり引っ張ってその場を後にした。
「…剣良子か」
「本部長、どうかしましたか?」
黒スーツの男の尋ねに佐倉は首を横に振った。
「いや、何でもない。さ、仕事に取り掛かるぞ」
「ははっ!」
佐倉は振り向かず真っ直ぐ現場に向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます