第34話 物思う夜に
「……なぜ私は良美さんにあんなことを口走ったのかしら」
優香は窓から夜空を眺めつつ、大きな息を吐いた。
「失態だわ。もっと精進しないと」
もともとは、良美に心の機微を察せられてしまったのが原因だ。揺らがない精神力を持ってさえいれば、そもそも勘づかれることさえなかったというのに。
(それにしても)
しかし、どれだけ自身を
(どうして澤田くんは、あの人を前に平気でいられるのかしら)
今のところ、彼女の心を一番占めているのは夕方に見た洋介の表情であった。優香が抱いているようなカーラに対する不信感は、彼にはないのであろうか。同じように事件に巻き込まれた人間だというのに。洋介は心底、とまではいかないが、ある程度信頼している様子でカーラのやることなすことになすがままだった。
優香は、その様子を思い出す度に眉間に
もしかして、自分が眠っていた間に何かあったのだろうか。そう、優香は考え始める。
一年前、カーラは優香の父を始め、多くの者を自身の夢の中へと取り込んだ。優香自身もその標的だ。彼女の通っていた中学ごと、『
彼女が目覚めた時には全て終わっていた。解決したのは、
その時に、何かあったのだろうか。洋介が、カーラに対して心を許せるような何かが。
「むぅ」
優香は口元を小さく尖らせた。普段は、
(何が、あったというのかしら)
自分のあずかり知らぬところであったであろう『何か』が優香は気になっている。ライツのことを教えてくれなかった洋介に対して抱いた感情と、今、優香が抱いている感情はよく似ていた。
その根幹には、優香がはっきりと自覚していない悲しみがあった。洋介に、自分は信頼してもらっていないのか、という悲しみが。
そして、寂しさがあった。一年前の出来事は父の昏睡が切っ掛けとなったが、終わってみれば優香にとっては大切な思い出になっている。皮肉にも、そのおかげで父の存在に縛られすぎていた自分が解き放たれた。心を痛めるだけの事件を、思い出せば心潤う思い出に変えてくれたのは何を隠そう澤田洋介という少年の功績だ。
そんな思い出を、洋介と共有できていると優香は思っていた。しかし、そうではなかった。洋介の覚えている事件は、かなり細部が異なっているのだ。
当たり前であるが、二人だけの思い出ではない。それを認識してしまったことが、優香の無意識に寂しさを生んでいるのであった。
そんな複雑な思いに、ますます眉間の
「……あれ?」
不思議な光が映る。前に一度だけ見たことのある、虹の軌跡が生む光の欠片。それを優香が思い出したのは、気のせいではない。
「あれは」
ごくん、と優香は
黄色だと思ったら
窓から身を乗り出していた優香は、そこから飛び降りたい衝動をぐっと抑え込み、部屋にかかったままになっていた上着を手に取った。
もう夜は遅い。眠らなければいけない時間だったのだが、なかなか寝る気にはなれなかった。そんな偶然が功を奏した。良美を見送った後に着替えすらしていなかったから、このまま外に飛び出せる格好だ。
玄関から飛び出る。周囲には音もない。優香の足音だけが響いている。空を見上げた。先程見えた光の方へと目をこらす。見えた。どんどん薄くなっていっているが、まだそこにあった。よく見れば、二階から見ていた時は気づかなかったが、点々と奥へ奥へと光が零れていた。
あの先に、彼女はいるのだろうか。どくん、と一際大きく優香の心臓は脈打った。
「そうだ、澤田くん」
肩にかけた鞄から、携帯電話を取り出す優香。連絡先から洋介の名前を探して、流れるような操作で電話をかけた。
しかし、一回目の呼び出しが鳴る寸前に優香は少しだけ冷静になる。もしかしたら、彼はもう眠ってしまっているのではないか。
そんな風に優香が迷っていたら、すぐに呼び出しが終わる。
『井上さん、どうしたの?』
彼にしては珍しく、挨拶も無しにいきなり用件を聞き出してきた。その声は慌てた様子で上ずっているものの、寝起きというわけではなさそうだ。
もしかしたら、彼も眠れずに空を眺めていたのかもしれない。そんな想像に少しだけ嬉しくなった優香だったが、今はそれどころではない。
「急にごめんなさい。今、大丈夫かしら」
『僕はいいけど……』
「ありがとう。まだ、見つけたばかりだからはっきり言えないんだけれど、ライツちゃんがいるかもしれなくて」
『えっ!?』
洋介の声が優香の耳元で大きく響く。
「空に、
こうしている間に、見えていたはずの光は夜の闇へと消えていってしまう。逃してなるものか、優香は電話で話し続けながら駆けだした。
「私は、しばらく光の跡を追いかけてみる。また、連絡するわ」
『分かった、僕も探してみる』
電話を切って鞄に入れる。その後は、全力疾走だ。
闇夜に闇雲に駆ける少女。こう書くと、何かしらの怪異のようだ。もし、知っている人が見たら何と思われるか分からないが、優香はそんなことを気にしていない。
色々と考えてしまうことが多かった日ではあったが。
(ライツちゃん)
今、優香の頭を占めているのは大切な友人のことだけであった。
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