第27話 標準はセーラー服

「今度は話を聞く気があるのか。それは殊勝な心がけだな」

 うんうんと、満足そうに頷いているカーラ。心なしか笑みが浮かんでいるのは気のせいだろうか。


「いや、さっきはね」

 洋介にはカーラが本当に喜んでいるように見えたので、釈明を始める。今、喜んでいるということは先程の出来事は少なからずカーラにとって悲しいことだったということだ。


「おまえが急に声をかけてくるから驚いただけだよ」

「ほう、それだけで背中を向けて逃げ出すのか貴様は。私の見込みと違って、ずいぶんと薄情なんだな」


 どうやら洋介の思惑通り、意外と言っては何なのだがカーラは洋介に逃げられたことに傷ついているようだった。

(そうは言われてもさぁ)

 しかし、あの状況で逃げないと思われているのなら買いかぶりにも程があると洋介は思った。彼にだって、自分がそういう行動をとらざるを得なかった理由がある。


 とにかく予想外だったのだ、色々な意味で。カーラが学校に現れたことも、気心の知れた相手にするような友好的な挨拶をしてきたことも、朱いそれしか覚えていなかったカーラの目が青いことにも。

 それ以上に洋介を困惑させたのは、カーラが声をかけてきた瞬間、彼と同じく下校している周囲の人間の視線が一斉に集まったことだ。


「校門前じゃなかったら、僕だって逃げ出さなかった。だから、今はこうして話をしているでしょ?」


 あんなに大勢の人間に見られるということに、洋介は慣れていない。もちろん視線の大半はカーラに向けられていたが、話しかけられているのは誰だろうという興味の視線は洋介に十分注がれていた。

 そもそも、カーラが他の人間に感知できているという驚きもあって反射的に洋介は背中を向けて走り出してしまったのだ。ちなみに、その行為のせいで何人かの生徒にはよこしまな感情を抱かれているのだが、いっぱいいっぱいの洋介にはそれに気づく余裕もない。


「なるほど。それも道理だな」


 カーラは少し首を傾げながらも、頷いている。どうやら納得してもらえたらしくて洋介は胸をなで下ろした。


(それにしても……)

 落ち着いたところで、洋介は改めてカーラの姿を見る。何で他の人にも姿が見えるのか、その青い目はどうしたのか。疑問は色々と浮かんでいるが、洋介の中で一番大きいのはもちろんこれだ。


(何で、中学の制服を着ているんだろ。この子は)


 カーラが身にまとっているのは、洋介が卒業した中学で採用されていた女生徒用の制服だ。スカーフが映える、オーソドックスなセーラー服である。


 洋介がその服を着るカーラを見たのは初めてではない。と、言うよりも今のカーラを見て洋介は思い出していた。


 ――こちらに来たばかりで迷ってしまって。ちょっと、お時間いただけませんか?


 中学の中庭に、彼女はいた。後から考えれば、学校を中心に結界を張るためにそこにいたのだろう。ライツが側にいた洋介が気になって接触してきたのかもしれない。

 そんなカーラが着ていたのが、今着ているものと同じ服だ。


 もしかしなくても気に入っているのだろうか。洋介は邪推する。そう洋介が思ってしまうくらい、着こなし方が完璧に近かった。

 あふれ出る色気が中学生、高校生の標準を遥かに超えている点さえ何とかすれば学生に交ざることも可能だろう。


「……人間に化けれる、っていうのが昨日言ってた『ある事情』?」

 洋介は艶やかな想像になりそうな自身の脳を、強制的に切り替えて話題を切り出した。


 他の人間に知覚できる、という点が洋介には覚えがある。他の種族に化身できる妖精族は、その存在も化身する対象へと近づくのだ。

 洋介の記憶には、鳥に化けたまま戻れなくなった氷妖精が人間に捕まった事例が残っている。彼女も、彼女の兄も、鳥の姿であれば他の人間に見られていたが、本来の姿は洋介や優香以外は誰も気づくことができなかった。


「察しが良いな。そういうことだ」

 カーラはなぜか手に持っているカフェオレを飲みながら、洋介の問いに同意を示した。とてもおしゃれなものでカーラに似合っているのだが、それがそこにあることには違和感を洋介は抱いた。


 ちなみに、洋介がその手に持っているものはどうしたのだ、と聞いたらそこの店でもらったとのこと。

 もらった、ということは確実に買っていない。もしかして、術を使っていないだろうな、それは倫理的にどうなのだと思ったが洋介に抗議する気力は無かった。


「それに加えて私としては、この姿の方が標準スタンダルドなんだ。この姿でいる限りは、地上の影響はあまり受けない。心に余裕がある。なにぜ、この体で十数年間地上で耐えてきたのだからな。筋金入りだ」

 今、ここに至るまでのほとんどを時の止まった牢獄の中で過ごしてきたカーラにとって、本来の姿よりも仮初めの姿であるはずの人間への擬態の方がよく馴染なじんでいた。


「…………」

 洋介は大したことのないように話すカーラに何も言えなくなる。


 洋介は知っていた。カーラが人間として過ごした十数年間、耐えに耐え、忍んできた事実を。自分が体験してきたことのように見てしまったのだから、はっきりと覚えている。

 いつか、母親が迎えに来てくれると信じて、神様に良い子だと思ってもらえるようにずっと我慢を続けてきた。その信心が、闇妖精としての本性を隠し続けてきた。その清き心を、彼女が信じていた人々が打ち壊すまで。


「どうした、変な顔をして」

「何でも無い」

 おまえが何でも無い風に振る舞うのなら、何でも無い。そう、洋介は思って首を横に振ったのだった。


「そうだ」

 カーラは神妙な顔をしている洋介に近寄ったと思ったら、腕に突然飛びついてきた。

「なっ」

 とっさに腕を引こうとする洋介だったが、すでに遅い。カーラは、ぐっと力強く彼の腕を自身のへと引き寄せている。


 カーラの柔らかさが腕から伝わってくる。下手に動かすと大変なことになりそうで、洋介の体はピシッと固まってしまった。

「な、何でしょうか。カーラさん」

 混乱した頭から、なぜか飛び出す敬語。洋介にはそれで精一杯だった。


「貴様が星の姫を探しに行きたいというのなら、止めはしない。しかし、私は側にいさせてもらおう。そうだ、それならいい」

 自分だけで結論を出すカーラ。その間も、洋介の腕をさらに強く自分の体に押しつけている。


(もしかしなくても、調子に乗ってませんかね、こいつ!)


 洋介の思考がぐるんぐるんと回り、カーラの結論に一切の反論が許されていない状況で。

「ちょ~っと、近すぎませんかねぇ」

 呆れた息と一緒に、上空から疑問の声が振ってきた。

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