第23話 美しさの影で

 その場で立って話をしていては、周囲の目が気になる洋介。彼はルーミとカーラを連れて自宅へと帰った。母はまだ家にいなかった。

 洋介は自室に招いたルーミから、そこで初めて詳しい話を聞くことになる。


 星妖精の領域であったこと。

 それは、何者かによる領域の浸食だ。妖精王が作り出す領域が、端から食われていっているとのこと。それが意味するのは、「星の妖精王に反抗する勢力が、新たな王を擁立した」ことである。

 そのうちの一名がレイラであり、少なくない数がその反乱に賛同して行動しているという。


 星の妖精王、リッツを除けば能力がそれほど高くないのが星妖精という種族である。その中でも、動ける者が反乱側にいる為に数は少なくとも拮抗しているのが現状だ。リッツが動いてしまえば解決するのだが、彼女が領域の維持に努めなければ領域は崩壊してしまう。

 それを見越して、相手側もリッツが身動きをとれないように、自身の領域を拡大し続けている。それが、現状だ。大きな争いは起こっていないが、このままでは全面対決は避けられないだろうというのがルーミの見解である。


 洋介はそこまで聞いて、大きく溜め息をついた。ライツ経由で聞いている限り、領域内はキラキラとしていて汚れのない、とても清い空間のように洋介は思っていた。

 それがどうだ。その裏で、負の感情がうごめいていた。ライツは真っ直ぐだから、そのことには気づけなかったのだろうと思うと洋介は胸が痛む。


「要するに、そいつらはライツのお母さんが気に入らないってわけだ」

 自室の椅子に腰掛けて、天井を見つめる洋介。洋介が想像もできないような、複雑な想いが皆にあったのだろうと理解はできるものの、納得できない。


 どうして、そこにライツが巻き込まれなければいけないのか。洋介は奥歯を噛みしめた。


 彼の右腕には大きめの絆創膏ばんそうこうが雑に貼られていた。あまりの適当さに、傷が外に見えているほどである。レイラにつけられた傷は大きくはないものの長く、隠しにくかった。

 とはいえ治療が雑なのは、洋介自身が自分に対して無頓着なことが一番の要因であろう。


「気に入らない、そう言われると……。でも、そうなんでしょうね」


 その根拠は、同じく洋介が施したルーミの処置にある。ルーミの左腕は、丁寧に包帯が巻かれていた。

 人間の治療がどれほど効くのかは未知数であるが、少なくとも見た目の痛々しさはなくなっていた。


「ちょっと前まで、楽しくしていたつもりなんですよ。その方々と。だから、なんか、ボクが本当にバカなんじゃないかって思ってきました。気づきもせず、察することもできず、こんなことになって」

 

 頭を抱えつつも、正座をしているルーミの背筋はピンと伸びていた。その姿勢の良さは武芸者の影を感じることができる。

 どれだけ葛藤しようとも、心を乱そうとも、いざ戦いとなったら体が動けるようにはしているのだ。そうなるまでに、どれだけの努力があったのだろうか、と洋介は思う。


「まぁ、それも仕方あるまい」

 ここまで、黙って話を聞いていたカーラが口を開いた。


 彼女は洋介のベッドに腰掛け、足を組んでいる。体重を後ろに預けているせいか、いつもよりカーラの豊かな胸部が強調されている。そもそも、ルーミに負けず劣らず薄着だから中々刺激的な光景となっている。


 いつもなら、この部屋の主が狼狽うろたえてしまう景色である。

 とはいえ今、洋介の頭の中は、ライツへの想いと怒濤どとうの勢いで押し寄せてくる事件への対応で、いっぱいいっぱいだ。煩悩が入り込む余地がなかったりする。


「それまで、苦しくとも平等でやっていた。そこに誰かが頂点に立てば、ひずみが生まれるのも道理。いくら、星の妖精王が公正にやろうが不満は溜まってくる。いくら過ごしやすそうとも。その不満が、理不尽なものだとしても、な」


 理不尽な怒りの矛先がどこへいくのか、カーラはよく知っている。

 その怒りはぶつけやすい者にぶつけるだけだ。時に弱い者に、時に目立つ者に。今回は後者なだけだったこと。


「まぁ、貴様が気づけぬのも仕方あるまい。なにせ、妖精王の側近中の側近だろ、貴様は。しいたげられた者の想いが分かるとは思えないからな。気づこうともしなかった、のが正解ではないか?」

「むっ」


 あれほど洋介に釘を刺されたというのにカーラはルーミを挑発することを忘れない。もう、これは生来のものなのだろう。

 洋介は度が過ぎなければいいか、と半ば諦め気味にルーミの不機嫌な顔を見つめていた。


「確かに、ボクは全く気づけなかったので何を言われてもしょうがないでしょーよ」


 むん、と必要以上に背筋を伸ばしてカーラに感じた苛立ちを強制的に閉じ込めようとするルーミ。言葉の端端に棘を感じるものの、口調が少しだけ変わるぐらいで抑え込んでいた。


「気づけたとしても、今回のようなことが起こるのは想像できません。なにせ星妖精の中で、領域を作れるほどの存在なんてリッツ様以外にいないんですから」


 ライツなら、可能性はあるだろうとルーミは思う。とはいえ、彼女の未熟な精神では作ることはできても維持は困難だ。様々なものをすり減らして、ボロボロになってしまうのが末路である。

(あのリッツ様ですら、かなり無理をしていますからね)

 ルーミは、幼い頃に見たリッツの鮮やかな金髪と今の赤みがかった金髪を思い出して嘆息する。ここまで領域を維持してきた疲労がリッツの体に表れ、髪色を変化させているのだ。


 将来的に、ライツがその重責を担う可能性があることはルーミにだって分かる。ルーミは、自分にできることは少なくとも、自分ができることでライツに関わっていこうと覚悟した。ライツが、危機を乗り越える力を得られるようにと。


 領域を託せるのは、未来のライツしかいない。だからこそ、領域の食い合いなどという、今回の事態はルーミはもちろん、リッツですら想定外だったのだ。


 その鍵が、隣り合う闇妖精の領域にあった。

「まぁ、闇妖精の領域こちらには五名ほどいるからな。その内の誰かが、そそのかしたんだろう。なにせ、星妖精は貴様のように単純だからな」

 同時に起こった闇妖精達の抗争。カーラは、それを引き起こした者が星妖精の領域を侵す領域を作り出したのではとにらんでいた。

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