第22話 譲れぬもの
「ムダな争いはマジで勘弁してくれって。聞いてるだけの、こっちの身にもなってみろ。正直、今はそんなことしてる暇無いだろっ!」
洋介が一息で叫んだ後に、一瞬ではあるものの周囲の時が止まった。
ちなみに、近くを散歩していた住人も立ち止まっていた。
しかし、誰かと誰かがもめているのだろう、関わらないようにしなければと思い、洋介が一人で叫んでいるように見える現場を見ることもなく立ち去った。これで、周りに見られたくない、という洋介の懸念が一つ解消されていたことになる。
「おまえ等がぎゃあぎゃあやってれば、ライツが戻ってくるのか。戻ってこないだろ。ふざけたことしてるなって!」
洋介の怒声を聞いているのは、この場に残っている二名だけである。
「ルーミ、おまえさ、ちょっと頭に血が上ると周りが見えなくなるよな。僕の話も聞かなくなるし。でもさ、おまえが今、やらなきゃいけないことって覚えてる?」
まずはルーミを見る洋介。そんな彼の凄んだ問いに、ルーミは言葉も出せずに首を縦に振っている。
今まで溜め込んでいたルーミへの不満も表出しているせいか、洋介の目は完全に据わっていた。そのことに気づいて、さらに体を縮ませていた。
「ちょっと考えてみれば分かるだろ。カーラがおまえと同じ目的もって、こっちに来たって事。そうじゃなきゃ、僕を助けないだろ。カーラが何か企んでいたとして、僕を助けたメリット、言ってみろよ。ないだろ?」
こくこく、とルーミは無言で頷いている。
「おまえの耳、僕らのと何か違うのかよ。だったら、僕が悪かったけど、そうじゃないよな。聞こえてるよな」
ぶんぶん、と力強く首を縦に振る。その様を見て、洋介は大きく息を吸い込んだ。
「だったら、話くらい聞けっての!」
「は、はい!」
突き刺さるような洋介の声に、思わず、ルーミは背筋をしゃんと伸ばして洋介に返事をした。
――ヨースケは怒ると恐いんだよ。
ある日、ライツがぶるぶると震えながら言ってきたことをルーミは思い出していた。いつもだったらライツを怖がらせたと
澤田洋介という人間はルーミにとって、落ち着いた穏やかな少年であるという印象しかない。彼女が勘違いで洋介を斬り伏せようとした時ですら、ルーミの弁明を聞いた後に「だったら、仕方ないよね」と彼は笑ってルーミを許した。
怒る姿、というのは正直想像できない。いや、想像できなかったのだ。この日までは。
確かに洋介は滅多に怒らない。何かあっても、自分が悪いのでは、と思ってしまう性質から不平不満を口にすることは少ない。しかし、だからこそ、洋介が怒気を含んだ物言いになる時は、相手にかなりの非がある時に限っている。
反論できない内容で、延々と問い詰めてくる洋介の姿は確かに恐ろしい。これで無理難題を言われているのであれば反発をしようが、そうでもない。ただただ、叱られている方は頷くのみである。
(ごめんなさい、ライツ。今更ながら、
先程まで沸騰していたルーミの感情は、もうすでに冷え切っていた。想像上のライツに謝りながら、自分から視線を外した洋介を見て、少しだけ緊張を解くルーミ。もちろん、背筋は伸ばしたままだ。
「あとさ、カーラ。おまえこそ、何のために
洋介は、カーラが地上界に対して、人間に対して、憎しみという強い感情を持っていたことを覚えている。そんなカーラが、わざわざここにいるっていうことに、大きな意味があることは洋介にだって分かる。
だからこそ、無駄な時間を誘発しているカーラの態度に洋介は文句がある。それを言っていいのか、確認のためにカーラに問いかける。
「それは、星の姫の力になるためだ」
淡々と洋介の問いに答えるカーラ。彼女は彼女で、しっかりとした信念があるから、揺るぎなく答えることができる。
「……それを先に言えっての」
そんなカーラの返答を聞いて、洋介は大きく嘆息した。やればできるじゃないか、と。
「だったら、ルーミを挑発するようなことしなくていいよな。何で、敵を自ら増やそうとするんだよ」
それをルーミ相手にでもしていれば不毛な争いは起こらなかったろう、と洋介は思う。もちろん、話を聞こうとしていなかったルーミにも問題はあるが、揚げ足をとることに終始していたカーラにも多分に問題はある。
言いたいことを言う。それができない洋介には羨ましく思うことはあっても、今回は別である。
こちらは気を使って相手の心に地雷があるかないかを確認しているというのに、ずけずけと相手へと踏み込んでいくカーラ。そこに洋介は苛立ちを覚えていた。
しかし、カーラに対して洋介がそこまで強く言うことはない。彼女が相手を馬鹿にするような物言いで挑発的な理由、それが何となくでも洋介には分かっているからだ。
(本心隠されると不安だもんな)
それでも、無条件で相手を受け入れるのは難しい。相手の本心を引き出すために、無意識でも意識していても、敵対的な態度になってしまっているのだ。
「とりあえず、ちょっと出してる、その爪しまえ」
カーラはすんなりと、伸ばしていた右の爪を引っ込めた。その様を見て、洋介は頷く。
「よし、じゃあ、聞いてくれ」
程度の差はあれ、方法は違っていても、洋介は自分も他者を遠ざける道をとっていた。だから、洋介はカーラの気持ちが痛いほどに伝わってくる。
とはいえ、彼女の態度が彼女の邪魔をしてしまうのであれば、言ってあげた方がカーラのためになる。それは、少なくとも、この場で唯一カーラを信用できている自分の役目だと洋介は思っていた。
「信じてやれ。信じてくれ。そんなことは言わないけどさ。ライツの為にならないことはするなって」
そんな、洋介の
「そうだな、私が悪かった」
(素直!)
簡単に自分の非を認めたカーラに、ルーミは驚く。
「もういいかな」
場は落ち着いた。だったら、洋介の次にとる行動は決まっている。
「僕に知っていることを教えて。もちろん、教えられる範囲でいいから。このままでは、僕は何も分からないし、おまえ達もお互い知ってることと、知らないことあるでしょ?」
洋介の口調が落ち着いてきた事に、ルーミは心底安堵の息を吐いて頷いていた。
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