第20話 それは友のために

「星の姫を解放してもらおう」


 カーラは意気揚々と、そう啖呵たんかを切る。精神的優位を崩さないように、必要以上に強い言葉を使いながら。

「……む~」

 しかし、言い放ってみてカーラはその言葉に違和感を抱いた。

 どうも、今の言葉はカーラが「やりたいこと」からは離れているのではないか。そう思ったのだ。


「なんか、しっくりこないな。そうじゃないんだ」


 妖精族同士、術者同士が競り合うには意志の強さが大事である。自分の目的が不明瞭なままでは、実力を発揮できずに敗北してしまう。それだけは避けなければならない。

 確かにライツの一報がカーラにも届いたことが、ここに来たきっかけだ。牢獄から外に出ることになってから、まだ日は浅い。信頼も薄い。それでも、今回の事態に自分が地上に行くことを非難は覚悟でカーラは志願した。

 思いのほか、カーラの能力が考慮された結果か、すんなりと許可されたのはカーラも驚いたのだが。


 それでも、なぜ、わざわざあれほど嫌っていた地上に来ようと決心したのか。ライツを、他の誰でもない、自分が何とかしてやらねばとカーラが思ったのはなぜだったのか。

 借りを返したい? 恩に報いたい?

 そうじゃないだろう、とカーラは色々と思いを巡らせている。多少、呆れた顔になっている洋介の表情には気づかずに、周囲をぐるぐると回り出した。こうすれば、思いつけるような気がする。


「ああ、そうか」

 そして、一つ、確かな理由をカーラは見つけ出すことができた。


 他の、どんな記憶よりも鮮やかに思い出せる光景がカーラにはある。

 自分の結界が解け、青さを取り戻した空を背景に少女は右手を差し出した。その背には、虹色に輝くはねが輝いている。カーラが奪った輝きを、彼女は、隣にいる洋介の手を借りて取り戻した。その美しさを見て、カーラは思ったものだ。


 もし、生まれ変わることができたのなら自分も彼女らのような友を得たいものだ、と。


「失礼。言い直そう」


 そんな彼女が、カーラに言ったのだ。多分に間違いがあったとしても、幼い勘違いが生んだ偶然だったとしても。


 ――これで、あたし達トモダチになれるかな?


 その真っ直ぐな言葉は、驚くほどすんなりと、それまで暗い雲に覆われていたカーラの心に入ってきた。その言葉が、カーラには単純に嬉しかった。


(そうだ、私は、だからここに来たんだ)

 まだ、今生が許されるのであれば。まだ死ぬ時ではないと天命が言うのであれば。

 ここに至るまでの道程が、カーラに苦しみしか与えなかったとしても。これからの道が、辛く険しいものだったとしても。


「さぁ、返してもらおうか。我が友を」


 残されたこの命、友の為に使い切ろう。カーラは改めて決意して、力強く、現在の標的に向けて指を指した。


 そんな、力のこもった眼差しを向けられてレイラは内心焦っていた。

(さすがに、コレは分が悪すぎでしょ)

 ちらりと横を見ると、レイラに今にも飛びかかりそうなルーミの姿が見える。実際、カーラの登場に気をそがれている間にルーミには距離を詰められていた。あと一呼吸、落ち着くのが遅れていたらルーミにレイラは不覚をとっていただろう。

(しょーじき、メンドイのよね。ライツアレがそんなに人気あるなんて、ウチ知らなかったし)

 レイラ自身、そこまでライツに興味が無いのは本音である。しかし、星の妖精王に対抗するにはライツの力が欲しかったのも事実である。

 ライツには逃げられ、彼女の周囲の者にはレイラが狙われ、散々な結果だ。妖精界の戦況も気がかりであるし、レイラがこの地でやれることは少なくとも今の状態には存在しない。


(潮時ってとこね)

 レイラは、手にしたクナイを握ったまま親指で押す。固そうに見えるそれは、簡単にパキッと音をたてて折れてしまった。

 その折れ目から、力が漏れ出す。その力を起点に、術を組み立てる。想像するのは、自身の影を飲み込んでしまうほどの巨大な靄だ。まだ未来が全く見えていない誕生したばかりである星々の欠片達。その光の粒を、自身の周囲に配置するイメージで。


「『産声を上げし畢生の黎明ネビュルーズ』よ!」

 固まった構成を、レイラは叫びとともに具現化させる。途端、レイラは濃密なガスのような靄に包まれていった。


「レイラッ」

 技の発動の直前にルーミがレイラの方へと飛び出した。しかし、すでにレイラの影は薄紅の輝きの中に消え去ってしまっている。ルーミの視界も、全て薄紅の靄に隠されてしまった。


 右も左も、まさに五里霧中だ。少し先の状況も見通せない。ルーミは機会を逃してしまったことに、奥歯を噛みしめる。

(これは、やれらました)

 レイラの存在も、その濃密な『産声を上げし畢生の黎明ネビュルーズ』の気配によって消えてしまっている。どこにいて、どこにいってしまったのか。ルーミには判断できない。


「確かに、逃げるのが最適解か。しかし、覚悟のないやつめ」


 それは地上から見上げているカーラも同様であった。紅色の靄は、ただの目くらましではない。あの靄を構成する光の粒、その一つ一つがレイラと同じ気配を持っている。レイラの力、そのものである。だから、本体がどこに行ってしまったのか分からなくなってしまうのだ。

(星の姫にも似たような術を使われたことがあるが……あれは、より洗練されているな)

 ライツのそれは術とすら言えない。星使いの異名の通り、周囲に浮かぶ星々に集まっている力を、力任せに、ぶつけてきただけだ。ちゃんと術として昇華されているレイラのそれは、持続時間も長い。自分達の感覚が戻った頃には、レイラは手の届かぬところへと逃げ出した後だろう。


 とはいえ、闇雲に追いかけても意味が無い。レイラの行く先はいくつか候補がある。

「逃がしはしないさ」

 カーラの決意は揺るがない。ライツへと届く情報をレイラが持っていることは確信できた。


 それならば、後は追い詰めるだけ。

「容赦を知らぬ、と言っただろう」

 カーラは不敵な笑みを浮かべていた。

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