第15話 信念と失念と

「ウチは別にいいんだけどさ。あんたが今探さなきゃいけないのって、あの妖精王の娘でしょー。それなのに、こんなところでニンゲン庇って怪我してる場合じゃないと思うけどなぁ。ウチの相手も、ほどほどにしないとね」


(ライツをおかしくしたのも、ルーミを傷つけたのも自分だというのによく言いますね)

 ルーミはそんな風に思ったが、言葉には出さずに飲み込んで、ただただレイラをじっと見つめた。しかし、目には批難の色がありありと浮かんでいる。

 その視線の意味に気づいているのか、気づいていないのか。レイラは変わらぬ口調で、ルーミにとっては絶望的なことを口にした。


「ちなみにウチをどうにかしても、ライツアレは元に戻んないよ。それは、ホント」

「何ですって?」


 レイラが嘘をついているようには思えない。あまり本音を口に出さない彼女だが、そのぶん本当のことを言うときは分かりやすい。

 レイラの伝えた真実は、ここでレイラを捉えることができても根本的な解決にはならないことを意味していた。レイラが発端であればこのまま突き進めばいいとルーミは思っていたのに、足場が一つ外されてしまった。ここから先は全く見えないというのに、唯一見えていた足場が消えたことで、ぷっつりと道が途絶えてしまったのだ。


「アレにはウチも手を焼いてんのよ。あんたが捕まえてくれるってんなら、ウチは手出ししないけど?」

「む?」

 ルーミは眉根を寄せる。さすがにレイラのその言い方には引っかかった。それなら、何のためにライツを巻き込んだのか。そして、なぜ洋介を狙っているのか。


「そう言って、ボクが貴方が勧めるままにここから離れたら、貴方は洋介殿を狙うつもりでしょう」

 膨らんだ疑問は、ルーミの中で膨らみ続けて答えの形へと弾けていく。ライツを餌に、ルーミをここから離そうと目論もくろんでいることは明確であった。

「ふーん、騙されないか。そりゃあね、ウチもこれは無理矢理だと思ったもん」

 レイラは唇を尖らせているが、言葉から感じる感情に悔しさを微塵みじんも感じられない。どうやら、この話には別の裏があるらしい。ルーミは警戒を強める。


「ウチが言いたいのはね、あのニンゲンにそこまでする価値があるのかって」

 その言葉からはレイラの本気が伝わってくる。彼女は心の底から、ルーミが洋介を護っている現実が信じられないようだった。


 今、こうしている間にもルーミはレイラに立ちふさがるように、空中に停止している。もし力ずくで押し通そうとレイラがしたのであれば、それこそルーミは死に物狂いで彼女を止めるだろう。

 当然、今の位置関係はレイラがルーミに追撃しようとしたからだ。それでも、たとえレイラがルーミを追いかけてきてこなかったとしても、『虚無に潰えし星屑の歌アマ・デトワール』を対処しきったらルーミは洋介の元に戻る気でいた。それが間に合うだけの距離にはいたつもりである。


「貴方が何を考えているのか、本当に分かりません。ボクは、貴方の言うように考え無しのーきんですからね」

 レイラがルーミを馬鹿にする用途で使っている言葉をわざと用いて、ルーミはレイラの反応を見定めている。へらへらとした外面に隠された本心が、それで少しでも出てくるように。

 しかし、ルーミの思惑と違って、レイラの仮面が外れることはない。仕方なく、ルーミは想いをそのまま相手に述べることにした。


「ですが、貴方に分からないことがボクには分かりますよ。洋介殿は、間違いなく尊敬できる人です。貴方にどんな思惑があるか分かりませんが、むやみに傷つけていけない方だし、ボクが護るに値する人です」


 その根拠は、と問われれば答えられる自信がルーミにはない。理屈よりも、感覚で感じている素直な感想だからだ。

「だから、レイラ。貴方が洋介殿をどうにかしようとするのなら、全力で相手をします。あの子には悪いですが、ライツを探すのは、その後です」

 自分にはできなかったこと、それを成し遂げた洋介。誰に何を言われようが、彼は敬愛すべき対象である。それを、レイラが何を目的に無くそうとしているか理解できない。おそらく、理解しようとしても無理な話だろう。

 だったら、自らを盾にして護りきる覚悟がルーミにはできている。今はそれが叶わない、ライツの代理として。そして、自分自身の願いとして。


「ふ~ん」

 そんな、意志の強い目を見せるルーミが気に入らないのか、レイラは久しぶりに表情を崩した。一瞬だけではあるが、冷たい視線をルーミに突き刺してくる。

「そっかぁ、そんなに一緒に沈みたいかぁ」


 レイラの目がギラリと光ったのを見て、ルーミは大きく息を吐く。

(レイラ。普段無頓着なキミが、洋介殿に執着してちゃ、何かあるって言ってるようなものですよ)


 どうやら、レイラは洋介を諦めてはくれないようだ。

 見た目の軽さに比べ、何か事を成すには冷淡になれるレイラのことだ。きっと、譲れない理由があるのだろう。

(何だろうが、関係ない)

 レイラの事情は知らない。今は己の信念を貫くのみだ。


「でもさ、あんた、やっぱり考え無しのーきんだよ」


 冷たい笑みを見せるレイラ。

「こんなに、あのニンゲンのこと話したって気づかないんだから」

 気づかない、と言われたルーミは怪訝な表情を見せる。何を自分は気づいていないのだろう、考えてみるが思いつかない。

 そんなルーミの様子に少しだけ遊び心が生まれたレイラは、あまり無駄なことをしたがらない彼女にしては珍しく、まだるっこしい言い方でルーミを焦らす。


「あのさ。あんた、なんでウチに傷跡を見せようとしなかったんだっけ?」

 レイラの一言に、記憶が一気に舞い戻ってくるルーミ。

 確かにルーミは傷を押さえつけて、できるなら治癒しようとした。その結果、体液の流出が止まるくらいには傷が小さくなっている。とはいえ、普段なら些細ささいな傷など、ものともせずに突っ込んでいくのに何故ルーミは立ち止まったのか。時間がかかることを承知で、治療を試みたのはどうしてだったか。


(あっ)

 それはレイラの術を、警戒したからではなかったか。そして、もう一つ、失念していたことがあることを、ルーミはようやく思い出した。


「あのニンゲン、度胸だけは褒めたげよっかな。ほら、あんた置いて逃げようとしてないし。まぁ、それが命取りなんだけどさ」

(そうだ。洋介殿、腕を抱えていた)

 巻き戻ったルーミの記憶に映るのは、ほとんどレイラの顔。それだけ彼女に集中していたということだが、視野が狭くなっていたことが災いして洋介にまで考えに至らなかった。あれほど、彼を護ろうとしていたのに何という失態だろう。


「あ、ようやく分かったんだ」


 ルーミが答えにたどり着いたことに拍手するレイラ。しかし、その目はもう笑っていなかった。獲物を狩る、獣の輝きが生まれている。

「まぁ、ここまで言われて分かんなかったら、そぉ~とぉ~、ヤバいけどねぇ」

 ケラケラと笑って、指を鳴らす準備を始めるレイラ。その指音は、起爆装置のスイッチ。過去に一度だけルーミが見たことのある、レイラが得意とする呪術。


 ルーミなら発動後でも対処できる。

 しかし、洋介に向けて使われてしまったらどうだろうか。


「待って、レイラ」

 レイラに飛びかかろうにも、距離がある。洋介の方に急ぐのはもっと無理な話だ。その躊躇ちゅうちょが動きを止めてしまう。


「おっそーい」

 レイラは念のためルーミの間合いから離れつつ、絶望の扉を開くために引き金を引く。


「『極彩飲みし終焉の漆黒トル・ノワール』よ」

 指の音は高らかに。レイラの声は意外にも清らかに。澄んだ空へと響いていった。

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