第14話 黄昏の攻防

「洋介殿、下がって!」

 レイラの構築した術が発動した瞬間、ルーミは叫んだ。洋介が立っている位置が、ちょうど効果範囲の端だ。ルーミの予測が当たってしまえば、洋介は光に飲み込まれてしまう。


 空が一瞬光った。そうかと思えば、その弾けた光が数多あまたの光弾となって降り注ぐ。広く弾き出されたそれは、洋介とルーミを目がけて降り注いだ。

「うわっ」

 洋介に向かってきた光が、ルーミが思っていたよりも少なかったのが幸いした。

 自身に降りかかってくる光のシャワー。それを洋介は、単純に背中側の地面へと倒れ込むだけで回避することができた。

「ルーミ」

 問題は技の発動を教えてくれた彼女の安否だ。ルーミは洋介よりもレイラに近い位置にいた。逃げようと思っても動ける場所ではない。そして洋介には分からなかったが、レイラの術のほとんどがルーミに向けられたものだ。避けようにも数は多く、被弾は必至。


 ただ、洋介の心配は杞憂に終わった。


「ふぅ」

 ルーミの眼前で刃がひらめく。彼女の瞳孔が強く輝いていた。


 ルーミはその視力と技量でもって、自分に降ってくる光を切り落としたのだ。ぶん、と一回刀を前に振るって緊張を解くと彼女は刀を構え直した。

 これで終わりではない、それはルーミもよく分かっている。


「へぇ、相変わらずの術無しのーきんっぷりだこと」


 にやり、と口端を歪めてレイラは両手を前に突き出した。右手、左手と交互に握っては広げている。そして、一つ大きく息を吐いてから、強く握り直す。彼女の手の中にあった薄紅の光は指の隙間からあふれ出た。

 そして、レイラは眼前から腰に向けて、両手を下に振り下ろす。その勢いで、余分な光が弾け飛んだ。光に隠れていたレイラの両手が見えるようになる。そこにはちょうど八本、指の隙間と同じ数だけのクナイが握られていた。


「まぁ、ウチも色気出しちゃったからさ。そこのニンゲンも一緒にやっちゃおーとか思っちゃったわけ。それじゃあ、ムリだよねぇ」


「やっちゃおー」というのは「る」のことなのだろうと気づいた洋介は冷たい汗を感じる。

(軽く言うなって、ほんと)

 洋介はレイラのその飄々ひょうひょうとした物言いに心底戦慄せんりつを覚えた。命を狙われた覚えはあるが、その時は相手も切羽詰まっていた。その殺意は分かりやすく、ある意味純粋なものだったから襲われる側も覚悟ができたのだ。

 しかし、レイラのそれは本当のところ何を考えているのか見えてこない。洋介はその笑みに本心を隠しているような気がしてならなかった。


「じゃあ、今度は全部あんたに向けてやったげるから。さっきのとはくらべものにならないよ」

 レイラは手にしたクナイを全て、高々と放り上げた。その全てに、レイラの意志が込められている。


 ルーミを貫いてしまえ、と。


「さて、どれだけ防げるのかな」

 挑戦的なレイラの視線。ルーミは一言だけ返した。

「無論、全部」


 ルーミはレイラが狙っているのが自分だけであることを確認して、地面を蹴って橋の外へと体を放り出した。しばらく、横に飛んだところではねを広げて空中停止する。

 それは逃避ではない。射程距離から外れることが目的ではない。どちらかといえば、自ら遮蔽物しゃへいぶつの全くない空中に飛び出るという暴挙である。


(ふ~ん、そんなにあのニンゲンが大事?)

 ちらりと横目で洋介を視認するレイラは舌打ちをする。ルーミの目的が洋介から遠ざかることを察したからだ。

(だったら、あんたより先にほふってやってもいいんだけどさ)

 とはいえ、手を離れたクナイの標的を変えることは難しい。やってもいいのだが、相当無理をすることになる。

 結論、最初の考え通りルーミに刃の雨を降らせることにする。


「『虚無に潰えし星屑の歌アマ・デトワール』よ!」


 レイラの合図で弾けたクナイから生じた八つの光玉。それが、上空で一本の光の帯へと連なっていく。それがルーミには自身を狙い撃つ銃口が並んでいるように思えた。

 事実、その直感は当たっている。次の瞬間、幾重にも重なった光の銃弾がルーミに向かって襲いかかってきた。


 奮い立ちすぎて熱くなりすぎている頭を一回横に振った後に、迫り来る先頭の光を睨み付ける。その一つ一つがレイラのクナイと同じ切れ味を持っている。体で受け止めれば、たちまち切り裂かれるだろう。

「はぁっ」

 気合い一閃。そして、返す刀で二閃。刀で受け、刀で弾き、刀で切り落とす。


(そこで、こうして、どうだ、次に)

 未来予測はせわしく続けられる。一つ間違えれば、大怪我はまぬがれない。

 ルーミの蒼い瞳がぐるぐると動く。その動きに連動して体も動く。絶え間なく飛んでくる刃を、しかし、それでも生じている刹那せつなの間を利用して刀一本でルーミは受けきっていた。


 レイラの『虚無に潰えし星屑の歌アマ・デトワール』が生み出す刃はほんのわずかな時間で全てを出し切った。しかし、その間をルーミはとてつもなく長く感じている。

 それだけ、ルーミの思考速度は速かったのだ。周りの時間を置いていくぐらいの集中力で、宣言通りレイラの数え切れない星屑を全て防ぎきったのだ。


(目がチカチカする)

 相当無理をしたのか、最後の一つを落としたところでルーミの目が悲鳴をあげる。


 実はライツがルーミに負わせた傷が治りきっていない。もっとじっくりと治療をしなければならなかったのだが、領域で起こっている異常事態とルーミ自身の焦燥がその緩やかな時間を許してくれなかった。

 その結果、完治せずにレイラの放つ星屑の術を相手しなければならなかった。とはいえ、ルーミにも予想外の出来事が地上で起こっているのだ。まさか、こんなに全力を出す相手とやり合うことになるとは思いもしていなかった。


 それは、油断だ。

「おっそーい」

 ルーミのそんな心のすきを、レイラは容赦なく狙ってくる。


 背後に感じた気配に反応してルーミは振り返る。刀は間に合わない、とっさに左腕を前に差し出した。

「ぐっ」

 背中のはねを狙った一撃が、ルーミの左腕に突き刺さる。腕で止まったのならルーミにとっては御の字だ。はねを切られたら致命傷になり得る。


 レイラは一瞬だけ驚いた顔を見せ、そしてすぐにルーミからクナイを引き抜いた。そして、すぐに距離を取る。そんなレイラの目の前を、ルーミの反撃が通り過ぎる。

「思ったより速くなった? まぁ、まだまだだけどさ」

 レイラはルーミよりも高い位置で彼女を見下ろしていた。ルーミは刀を握ったまま、左腕の傷跡を相手から隠すように力強く押さえつける。傷から出てきた血で手が滑りそうになるも何とか隠すことができた。


 彼女に傷跡を見せてはいけない、ルーミのとっさの判断は間違っていなかった。事実、レイラは相手につけた傷を起点に発動する術を持っている。

 

(できれば、このまま治療したいところですが)

 平常ではありえないレベルで力が流動している。ルーミの体が、自身の危機に反応して傷を治そうとしているのだ。

 それでも、他の星妖精達に比べると集まってくる力は少ない。これでは足りない。そもそも期待していなかったが、何て面倒な体質なのだろうかとルーミは愚痴を言いたくなってくる。


(それはあと。今は、目の前のことを何とかしないと)

 もし、術を使われても何とか対処はできる。傷跡を治すのは諦め、心が落ち着いたところでルーミは意識をレイラへと戻す。

「ん?」

 追撃が来るかと身構えたが、レイラに動きはない。ルーミを見て、にやにやと笑っている。


 何がそんなにおかしいのか、ルーミが問う前にレイラは話し出す。

「ウチがやっちゃったわけだけどさ。あんた、その傷に何の価値があるの?」

 レイラは笑ってはいるが、ルーミに挑むような物言いだった。そんな凄みを感じ取ることができる。

「傷が治りにくいのは昔からでしょ。もうちょっと慎重に……って、考え無しのーきんのあんたじゃムリかぁ」


 レイラが何を言いたいのか、ルーミには分からなかった。しかし、そこに仲間に向けて発せられた叱咤のような情愛を感じ取ることができる。

 とはいえ、レイラのやっていることはルーミが止めなければいけないことだ。警戒を解くわけにはいかない。


「結局、貴方は何を言いたいんです?」

 ルーミは刀を握りしめたまま、レイラの言葉を促した。

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