第13話 今は全力で

「ハハハハッ」

 レイラの険しい顔は一瞬で終わった。彼女はすぐに、辛抱できない様子で笑い出す。

「やっだぁ~、なにその顔。ウケるんですけど~」


 レイラが指さす先。そこには血の気を失ったルーミの顔があった。視線はレイラに向けたまま、しかし、焦点が定まっていない。

「あ、え」

 ルーミは思うように言葉が出てこない。唇がうまく動いてくれない。手からは力が抜けて、握られた刀からすら光が奪われている。


 レイラの与えた衝撃はあまりにも大きかった。だから、まだ正常な思考が戻ってこない。

「それは、貴方が言っていた『ウチが王様になる』みたいなのを、冗談ではなく、本気でやっているってことですか?」

 この期に及んで、真意を確認しようとしてくるルーミがレイラには愉快でたまらない。ついには腹を抱えて笑い出す。

「いや~、さすがにここまできて、その質問はヤバいでしょ」

「でも、だって」


 ルーミは必死に言葉を紡ぎ出そうとしている。見ていると痛々しい気持ちになってくるほどである。

(何だよ、あいつ)

 ルーミとレイラの温度差はすさまじい。端から見ている洋介の目つきが悪くなるほどであった。


 近くで見ていなくても、洋介にはルーミの真剣さが伝わってくる。たとえ、洋介がルーミとレイラの関係性を知らなかったとしても。反乱とは何なのか、未だに想像すらできていなくても。そんなものは関係なく、ルーミの一生懸命な想いは前面に出てきているのだ。

 そんな彼女を、心底おかしそうに笑うレイラの態度は洋介には不愉快に感じられた。レイラの口調は、思い悩むルーミを馬鹿にしているようですらあった。


「本当に、ウチが反乱の首謀者だって信じられないの? だから、あんたは考え無しのーきんなのよ。ちょっとは頭を使いなさいな」

「くっ」

 レイラのののしりを受けて、ルーミは眼に光が戻ってくる。取り戻した気持ちで、レイラに対抗しようとする。


考え無しのーきんですか。確かにそうですね。ボクには、キミの本心が全く分からないんですから)

 ルーミは刀の刃を、顔の前に立てた。


 刀の身に映る自分の顔を、ルーミは両方の眼でじっと見つめる。揺れ動いていた瞳を、徐々に真っ直ぐに定めていく。刃に反射したルーミの顔は色を取り戻して、命を吹き返す。

(色々と考えるのは後回しにしよう。……うん、ボクはそういうの苦手だし)

 未熟なのは仕方ない。それでも、今はやれることをしなければいけない。ルーミは映っている自分の顔に、そう心の中で語りかける。

 そうでなければ、このままレイラに翻弄ほんろうされたままで終わってしまう。それだけは避けなければならない。


「いざ尋常に」


 いつも通り。自分ができることをすればいい。それがたとえ、この刀を振るいたくない相手だったとしても。

 ルーミがやれることは数少ない。だから、何をするのか。どうすればいいのか。


 誰も答えられない疑問だった。しかし、ルーミの記憶に残る瑠璃色の瞳の少女が出した答えは驚くほどに単純だった。


 ――う~ん、とりあえず全力で。


「ふっ」


 その言葉は思い悩んでいること、それらを全部ぶっ飛ばしてくれた。かつて聞いた、そんなライツの一言を思い出して、ルーミはこんな切羽詰まった状況だというのに吹き出してしまう。


 そんなルーミを怪訝けげんな顔でレイラは見ていた。


(そうですね、とりあえず全力で。ボクはレイラをぶっ飛ばしましょう。話を聞くのはそれからです)


 ルーミは脱力していた全身に、再び力を込めた。今は、ライツあの子の代わりに洋介を護るため。全力を尽くすのみだ。


「我が命、懸けるは今」


 ルーミの刀が、ルーミの動揺によって失った光を、再びまとう。それはルーミが戦う意思を取り戻したことを意味していた。


 そんな様子を、面白くないといった表情でレイラは見つめている。

(そうそう、あんたはめげないんだ。いつも、いつでも)


 ルーミが精神的に強いわけではないことをレイラはよく知っている。泣き顔だって、見飽きるぐらい見てきた。ルーミの笑顔なんて、もう記憶の彼方にしか残っていない。

 それでも、どんな困難なことを前にしても諦めない。泥臭く、這い上がろうとする。そんなルーミだからこそ、星の妖精王や星の姫は気に入ったのだろう。


(でもね、ウチはそんなあんたがムカつくの)

 レイラはくるりと手にしたクナイを回転させる。

(ウチがなんでムカついてるか、分かんないでしょ。だから、あんたはのーきんなのよ)

 何があっても引かぬと決意した、そんなルーミの瞳を憎々しくにらみ返した。


「其の運命は我が握る」


 レイラがイメージするのは無数の星屑ほしくず。輝いてはいるものの数は多く、その一つ一つは認知されない。そして、誰にも相手にされず、存在すら知られぬままに消えていくのだ。

 しかし、それだけで終わりはしない。最後の自己主張だけ激しく燃え上がる。

 己の生きた証しを空に刻むために。


「ははっ」

 ああ、なんて自分らしい術なのだろう。レイラは自分をあざけり笑う。ただ、今はそんな気持ちをぶつけることができれば十分だ。


 レイラは力のこもったクナイを天高く放り投げる。同時に、自身の中で組み込んだ術式をクナイへと繋げ、力を解放させるために叫んだ。


「『虚無に潰えし星屑の歌アマ・デトワール』よ!」

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