第12話 疑惑と真実
「ふん」
レイラは空を
高い金属音が周囲に響く。散らばった光の粒子が目に入り、洋介は思わず目を閉じた。
橋を壊すかのごとき速度で落ちてきた蒼い閃光。レイラは手にしたクナイだけで、それを軽々と受け止めた。
そして、余裕いっぱいの笑顔を降ってきた少女に向ける。
「あら、
レイラは変わらず、その顔ににやけた笑みを浮かべている。余裕を見せつけるには十分だった。
振り下ろされた刀を手にしたクナイで押し返す、その右腕だけに力が入っているのを他の誰も気づいていない。
「レイラ、貴方は何てことをっ!」
その真剣味を感じない言動に苛立ちつつ、ルーミは手にした刀に力を込める。しかし、力は拮抗しているのか、それとも負けているのか。レイラは微動だにしない。
これではらちがあかない。そう考えて、ルーミは仕切り直すために距離をとろうとする。
「隙だらけだって」
後ろに下がろうとする彼女の挙動を感じ取ったレイラは、ルーミの押す力が緩んだ瞬間に踏みしめていた左足で地面を蹴る。脇腹を狙ったレイラの蹴りを、ルーミは何とか右足で受け止めた。
「うっ」
ガードはできたものの、勢いは止めきれずにルーミは弾き飛ばされた。そのまま手すりに当たりそうになったところで、何とか踏みとどまる。
足から登ってくる痛みに顔をしかめるルーミ。
「ふぅ」
ルーミは大きく息を吸い込んで、気持ちを整える。刀を握り直して、レイナに相対した。
「何てことって、何のこと?」
レイラはくるくると、指でクナイを回しながらルーミの眼光を軽くいなしていく。
「そうだな~、まず思いつくのは、ウチがそのニンゲンを消そうとしたってことかな」
レイラの発した言葉から洋介は鋭い棘を感じ取った。ニンゲン、という言い回しが、どこか卑下する気持ちが入っている言葉であった。
妖精族の言葉を人間が聞く時、もしくはその逆もだが、実はお互い言葉の意味しか伝わっていない。それを、自分の中にある知識で理解できる言葉にしているのだ。ある意味自動翻訳されているようなものである。そのことを洋介は経験から知っていた。
だから、レイラの言葉から棘を感じたのであれば、それはレイラの心に棘があることを意味している。
「それとも、ライツに
「なっ」
洋介は思わず声をあげた。頭に血が上って、走り出そうとした己の体を洋介は慌てて制する。
(いや、まずいまずい)
ルーミと対峙しているからこそ、レイラは動きを止めている。しかし、注意は向けられていることは洋介にだって分かる。
そんなレイラ相手に考え無しの突撃を敢行するのは、とてつもない下策だ。下手に動けば事態を悪化させてしまう。
だから、せめて視線だけ。
(なんで、ライツを巻き込んだんだよ)
レイラに非難の想いを洋介は送った。
最初にレイラに違和感をもった時から、そうかもしれないと洋介は思っていた。しかし、これで確定した。ライツの異常は目の前の者がもたらしたものだった。
どうやったのか、なんてどうでもいいし、なぜしたのか、も今は興味が無い。
ただ、どうやったら戻せるのか、洋介は問いただしたかった。
しかし、答えてもらえるような質問が思いつかない。次にとる行動が考えられない。
(傷から血が出てきたな)
右腕からじんわりと上がってくる熱さが洋介を冷静にさせた。触れれば、ぬるっとした血液の感触がある。
もう一度、レイラのクナイが飛んできたら次はどこに刺さるか分からない。この傷はかすり傷だったとしても、今度は致命傷かもしれない。
(あの飛び道具、一回くらい避けられたらな)
それでも、何かしらきっかけがあれば無茶をしてでも飛び込んでやろうと洋介は意気込んでいた。
様子を見ているのはルーミも同じ思いだ。レイラの速さを、ルーミはよく知っている。
しかし、彼女にはそれ以上に不可解な点があって、緊張を解かないままにレイラに問いただす。
「
――あら、何をしていたの。遅かったわね。
初めて、様子のおかしいライツをルーミが見つけた時、彼女の近くにいた者。それがレイラだった。状況証拠は十分。それでも、ルーミには疑問が残っていた。
レイラの力は知っているつもりだ。どれだけ疑わしくとも、彼女がライツをどうにかできるとはルーミには思えない。
そのことを、レイラに問い質す為にルーミは彼女を探していた。そんな時、洋介を襲っているレイラを見つけたのだ。
「え~、その辺で拾ってきたから、ウチは分かんないなぁ」
レイラはルーミの疑問に知らないふりをする。隠そうとすらしていないが、知らないわけではなさそうだ。
ルーミは不満げに唇を尖らす。そんな彼女を見て、レイラは満足げに鼻を鳴らしてから話を続けた。
「それに、そんなことを聞きたいんじゃないんでしょ。
ギラリ、とレイラの目の光が強くなる。
「聞きたいのは、そうだな。ウチが反乱に参加してる理由、でしょ?」
レイラが軽く言い放った、その重い一言に対して、ルーミの歯ぎしりの音が返事をした。
「……反乱?」
その単語が、あまりにも洋介を取り巻く現実からは離れていて、意味が脳に達するまでに時間がかかった。
(反乱、てあれだろ。国をひっくり返したりとか、そういうの)
洋介は個人的には死にかけたことはあっても、動乱の類いは無縁のままでここまで生きてきた。レイラの言う、反乱というのがどういうものか明確にイメージができなかった。
「レイラ。キ……」
ルーミは何かを言いかけて、無理矢理中断するように大きく首を振った。大きく息を吐くと、ルーミは刀を構えてレイラに向き直る。
心に生まれた、わずかな動揺に
「貴方のような人が、なぜ反乱側に?」
「え~、それってウチが反乱に加わるようなやつじゃないってこと?」
それは買いかぶりすぎでしょー、と真剣なルーミの視線をレイラは笑いながら受け流す。レイラの足取りは軽く、まるで踊っているかのようにその場でステップを踏む。
それでも、その手に握られたクナイに込められた力は緩まない。ルーミ、そして洋介が油断をすれば
「あとさ、ルーミ。あんた、最初っから考え方間違えてるよ」
「何ですって?」
「ウチは反乱に加わったんじゃないの。加わったんじゃなくてね」
パチン、と右目を閉じてウインクをするレイラ。
(なんだ、あれ)
そんな彼女の顔を見て、洋介は
今まで、あんなに見せていた笑顔はそこになく。全く表情を無くした顔で、レイラは言い放つ。
「ウチはね、反乱の首謀者。しゅ・ぼー・しゃ。分かる?」
「うそ、そんな」
レイラの告白は、ルーミの肌から一瞬で色を奪っていった。
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