第11話 薄紅の眼光

「やっぱり、ウチの邪魔してんの、あんただったんだ」

 レイラは軽い声で笑いながらも、その薄紅の瞳をらんらんと輝かせて洋介を睨み付けていた。


 レイラの表情は、先程と大して変わっていない。それでも、初対面の洋介に隠しているところはあったのだろう。今の彼女は、本来洋介に向けていた感情を隠すことなくぶつけている。

 その感情は、敵意だ。なぜ、そこまで思われているのか洋介に心当たりはないが、それでもレイラの向ける感情は本物だ。


 レイラは右手を上にあげて、その手をぐっと握りしめる。その合図に合わせて、背中に隠していたはねが大きく開かれた。

 そのはねは、朱く輝き、朱の粒子を周囲にまき散らす。こんな状況でなければ綺麗だと素直に讃えることができるのにな、と洋介は場違いな感想を口に出しそうになった。


「ただの人間が、何でこんなに関わってくんのって思ったけど。そっか、そういうことかー。ムカつくことしないでよね、ただでさえスケジュール詰まってんのに」

 口調は軽いのだが、徐々にレイラは自身の怒りを表出してきている。言葉の端々に苛立ちを感じ取ることができた。


「でも、やっと理解できた。アレ・・が、なんで、こんなところにまでやってきたのか。ここにいたんだ、原因が」

(……アレ・・?)


 レイラが汚い物を口に出すように言った指示語が、洋介はとにかく気になった。まるで害虫の名を口にしたくない者のような、そんな侮蔑ぶべつの感情が伝わってきたのだ。

 ただ、そんな些細ささいな気がかりも、次の巨大な感情の波に押し流される。


「じゃあ、消しとかなくちゃっね」


 レイラの敵意が、揺らぎ変化する。大きく膨れ上がったそれは、最早敵意と言うには生ぬるいもの。


(マズい!)


 洋介は眼前に迫った危機に体を冷たくする。彼女から発せられるもの、それは殺気だ。普通であれば、彼女の薄紅の瞳から突き刺さる眼光で、体が凍り付いて動けなくなるほどの悪しき感情。

(こんなの、慣れたくないけどさ)

 しかし、洋介の体は固まることなく動いてくれそうだ。前に経験した、似たような状況が不幸中の幸いにも力になってくれている。


 とはいえ、現状が厳しいのは変わりはない。


(逃げ場は、ない)


 笑顔を貼り付けたまま、こちらを見据えるレイラを注視しつつ洋介は周囲を確認する。車も通れる広い橋だ。走り出そうにも、背中を向けたらいけない気が洋介にはしている。

 そうなると、殺気は確かであるものの、何をしてくるか分からないレイラの動向を見ていくことしか対処法が思いつかない。


(それでも)

 諦めるわけには、いかない。たとえ自分に何もできなくても、諦める理由にはならない。


(こんなところで死んでたら、あいつに何も返せない)


 それを教えてくれたのは、あの瑠璃色の瞳だ。どんなに困難な状況になったとしても、洋介の頼みを叶えるために奮闘してくれた。あの想いに、洋介は未だに応えられていない。

 だから、こんなところで諦めるわけにはいかないのだ。


「その目、ムカつく。ただの人間に何ができるっての?」


 それでも、どれだけ意志を強くしたところで、絶望的な状況は変わらないのが現実だ。


「其の運命は我が握る」


 レイラが、宙に遊ばせていた右手をもう一度ぐっと強く握りしめる。その手に呼応して、背中のはねが桃色に輝いた。はねからこぼれる朱い粒子が、彼女の右手に集まっていく。

「もうちょっと、怯えた眼をしなさいよ」

 ふふっ、とレイラは息をもらして笑っている。そんな彼女の手には、黒色の光を反射する小型の刃が握られていた。


(なんだろ、どっかで見た気が)

 洋介の記憶の片隅に、レイラの握る武器が少しだけ残っていた。それだけ、レイラの武器は名前が思いつかないほどに珍しい。

 それが何なのか、洋介が思い出すよりも早く、レイラは軽く手首を振った。


「くっ!」

 洋介は反射的に右腕を引いた。腕に熱さを感じたからだ。その場所を見ると、彼の右腕には朱い線が走っている。

(切れた?)

 なぜ、と一瞬だけ後ろを振り返る。そこには、先程の刃が突き刺さっていて自己主張も激しく輝いていた。


 クナイ、という単語が洋介の頭に浮かぶ。幼い頃、母に連れて行ってもらった時代劇のテーマパークで、忍者がこれを使っているのを洋介は見た覚えがあった。

(なんで、そんな古風なものを!)

 思考の混乱で、洋介はどうでもいい疑問を覚えた。

 レイラの見た目は、どちらかというと都会の町中にいそうな女性のそれだ。そんな彼女が純和風な武器を使っているチグハグさ、そして露わになった死への恐怖が洋介の思考をさらにかき乱す。


「そうそう、その顔。いいんじゃない」

 初めて見せた洋介の恐れを見て、レイラは満足げに頷いている。

「すぐに消しちゃってもいいんだけどさ~、どうせなら楽しまないと損でしょ」

 レイラは心底楽しそうに笑っている。ますます洋介は気分が悪くなるが、意識が遠ざからないように大きく息を吸い込んだ。

 

(こいつ、初めて見るタイプだな)

 精一杯の強がりで、洋介はじっとレイラを睨み付ける。

「えー、もうちょっと怖がってくれないと楽しめないじゃん」

 どうやらレイラには、そんな洋介の強がりが効いたようで不満げに口を尖らせていた。


 レイラの余裕と、洋介の微かな抵抗。それが生んだ、わずかな時間。


 その時間はほんの少しだったけれども。

「レイラッ!」

 蒼い光がたどり着くまでには十分であった。

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