第10話 思い出を巡る
「やっぱり、探すって言っても限度があるよな。どこにいるのかも分からないし、そもそもたぶん陸にはいないんだろうし。それに、世界が違う可能性だってあるのに」
洋介は自分の行動の意味を否定しながらも、それでも足を止めずに歩き続ける。色々と思うところはあっても、じっと黙って座っている選択肢が洋介にはないのだ。
向かう先は色々。誰かと一緒だったり、アルバイトに向かう時だったり、必要な時以外では一人ではなかなか来ることのない駅前の街道。誰もいない時間帯を狙って訪れた前回の来訪時よりは人気の多かった図書館。別に行ってもいいのだが、用事がないと行きにくいので、卒業以来足を運ぶことのなかった中学校。
思い思いの目的地を、洋介はさまよっている。足取りはふらふらと、眼差しはしっかりと。ライツと共に訪れた場所を、とにかく歩き回っている。
それに意味があるのかと言われたら、先程洋介自身が呟いたように意味なんてないと彼も思っている。しかし、動かないわけにはいかないのだ。
(井上さん、たぶん気づいてたよなぁ)
洋介は相対していた優香の表情を思い出す。極力顔を崩さぬように彼女は洋介と接していたが、色々と聞きたいことを飲み込んでいる、そんな眼を優香はしていた。
別に隠すことではない。むしろ、優香にはしっかりと伝えなければならない。かつて、ライツが地上界で迷子になっていた時に「自分以外に助けになる人がいれば」と声をかけたのは洋介だ。ライツのことであれば、当然優香は部外者ではなく当事者になる。
――ん、いや、何でも無いよ。
それでも、とっさに洋介はごまかしてしまった。あの時、明らかに優香は洋介の返答に不満げな顔を見せている。
自分でも、なぜ素直に自身の悩みを
(僕自身も、まだ迷っているからだろうな)
目を閉じれば、昨夜のライツの姿が思い出される。凍り付いた表情、黒の混ざった濃い虹色の
こんな状況で、優香に詳細を話すことができなかったのだ。
(慌てすぎだよ、僕は)
今日の授業はずっと上の空だった。気づけば洋介は、窓の外の青い空を見つめていた。そのどこかに、虹の軌跡がありはしないかと。放課後になったら、色々なことを置いておいてすぐに外に飛び出したのだが、それがいけなかった。
(まさか、鞄ごと置いていくとは)
そんな大きな忘れ物をしなければ、優香に会うことも、彼女に下手なごまかしをすることもなかったのだ。
洋介は立ち止まって、大きく息を吸った。とにかく、焦っても仕方が無いのだ。急かしてくる心を落ち着かせようとする。
しかし、そんな深呼吸は焼け石に水で。ほんの少しの安らぎも、洋介に許してはくれなかった。
足取りは重い。それでも何とか足を動かす。
「……まぁ、やっぱりここに戻るよね」
町を二分する大きな川。そこに通る橋の上で、洋介は大きく息を吐いた。
夜とは違って、落ちてきたと言ってもまだ明るい太陽に照らされているからか。昨夜はよく分からなかった細部が見えてくる。おそらくルーミが落ちてきたであろう、倒された草の跡がそのまま残っていた。それを見て、ようやく洋介に現実感が戻ってくる。
「あー」
同時に、忘れていたことを思い出して洋介は短く声を出した。
「そっか、忘れていた」
今まで頭を支配していた虹色の
「あいつ、大丈夫だったのかな」
ここでようやく、ルーミのことを案じている自分のことを洋介は情けなく思った。ライツのことで頭がいっぱいだったとはいえ、さすがにそれはひどいだろう。昨夜の満身創痍なルーミをしっかりと覚えているというのに。
「ちゃんと、向こうに戻れてたらいいんだけど」
ルーミのことを案じながら、洋介は橋の手すりに体重を預けた。
しばらく、じっと川の流れを眺めている洋介。ここで時間を使っていても仕方が無いが、水を見ることでようやく落ち着いてきた思考で今後のことを考え直している。
(もし、ライツを見つけたとしても。どうやって手を伸ばせば良いんだろう)
高いところから見下ろしていると、洋介の背筋に冷たいものが走った。空から落とされる、なんて経験をして生き残っている者は数少ないだろう。その記憶が、その時に見た虹の軌跡を洋介に思い出させてくる。
ライツは、落ちていく洋介の手をとってくれた。今、ライツは暗い中に落ちていっている、洋介はそんなイメージを抱いていた。そんな彼女の手をつかむには、いったい自分は何をすればいいのか。
ずいぶん、長いこと考え込んでいたのだろう。
「考え事、かな?」
洋介は、背後に人が立っていることに声をかけられるまで気づかなかった。
洋介は驚き、振り返る。そんな彼の目に、宙を舞う朱い粒子が映った。
「ずいぶん長いこと、そこにいるけど。飛び降りるともりじゃないよね?」
明るい声で、親しげに洋介に話しかけてくる彼女の顔を洋介は知らなかった。
ふんわりとボリュームのある桃色の髪。その色にしっくりと合った薄紅色の瞳に洋介の顔が映っている。口角は上がって、ぱっと見、とても楽しそうに見えた。
「おまえ、星妖精の誰か?」
「わっ、すごぉ~い。一目で分かっちゃうんだ」
少女はケラケラと声を出して笑った。何の変哲もない仕草なのに、洋介はそこに不快なものを感じ取った。
「ウチは、そうだなぁ、レイラって呼んでくれればいいよ」
初手から馴れ馴れしく自己紹介をしてくるレイラに、洋介は眉根を寄せる。
「そう、警戒しないでって。妖精界で大変なことが起こったってこと、ルーミの代わりに伝えに来たんだから」
「大変なこと?」
人見知りが表に出ていた洋介は、レイラの言ったキーワードに反応する。妖精界で大変なことが起こった、それは確実にライツとは関係が無いことではないはずだ。
「そう、だからルーミは来れなくなって。ほら、あの子ってば、妖精王の側近じゃん?」
それは洋介も知っている。ルーミが本来、星の妖精王の領域で与えられている職務は、その妖精王の護衛なのだと聞かされたことがあるのだ。どこかのタイミングでライツの側にいることが仕事になったのだが、有事となれば妖精王を護らなければならないのだろう。
「だから、ウチが代わりにルーミから聞いたことを伝えよっかなって。急いできたんだぞ、これでも」
彼女の言っていることにつじつまの合わないところはない。ないのだが、それでも洋介は警戒を解こうとしない。
そんな彼に、あくまでも軽い調子でレイラは話しかける。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃん。ウチも忙しいからさ、早く戻んないと。さっさと要件終わらせたいんだってば」
彼女がルーミから何かを託されていたのだったら受け取らなければいけない。それでも、洋介はじりじりと、レイラから距離を取ろうとしていた。
「え~、なに。ウチ、そんなに怪しい?」
洋介の本能が言っている。その通り、おまえは怪しいと。
「だって、おまえ、目が笑ってないでしょ。ずっと」
最初に洋介を見ていた瞳の光。それは
「へぇ」
洋介にそれを指摘されると、レイラは慌てることなく、ただ口端を歪めて笑うのだった。
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