エピローグ - 3 そして、新たな序章へ
リッツの語った真実を聞いた時、桔梗は自分の耳を疑った。その後、思うままに叫びだす。
「なんと! 汝、正気か!?」
あまりの声量にリッツは両耳を手で抑える。そんな彼女の態度を気にもせず、桔梗は続けて言い放つ。
「成体の力を幼体に封じ込めるなど、無茶もたいがいにせいっ!」
闇妖精にも似たような術があるから、桔梗にも想像できる。おそらく術者にも、術の対象者にも相応の苦痛が生じる術式だ。
本来、老い先短い者が無理をして若返るために使うものを応用したのだろう。それができるリッツの対応力には舌を巻くが、それとこれでは話は別だ。
しばらく桔梗の怒声に耐えていたリッツであったが、ゆっくりと口を開いた。
「あの少年の影響か、ライツの成長は私の予想を超える素晴らしいものです。今後も是非、力を貸してほしい。そうすればライツは私という殻を破ることができる」
殻を破る、とても比喩的な表現である。ライツがリッツの複製品以上の存在に、やっとそこでなれるという意味ではないかと桔梗は推測する。
「それは大変喜ばしいこと。でも……」
すっ、とリッツの目から光が消える。彼女がまとった冷たい空気は、多種の脅威を退けた経験のある桔梗ですら威圧してきた。
「それでも、まだ早すぎるんです」
桔梗は、ぶんぶんと振り回していた右の手を下ろす。行き場のなくなった感情を逃がそうと天井を見上げた。
(こやつ、何を察しておる?)
リッツには、何かしらの未来が見えている。それは確実だ。
おそらく、そのためにはライツの力が必要で。その時には自分がいないことをリッツは悟っている。
星妖精は大人になってしまうと、本人が意識してもしなくても、自分の力を使い続けて緩やかに死に向かっていく。だから、子どもの体に戻すのだという理屈は理解できた。しかし、納得はできない。
リッツの自己犠牲に巻き込まれたライツはたまったものじゃないだろうと桔梗は思う。それに、幼少時から知っているリッツの悲壮な覚悟を桔梗は見たくなかった。
「ほ~、後先考えず猪突猛進じゃった小娘がたいそうな物言いじゃて」
だから、とりあえず今はリッツを茶化すことにした。
「勉強が嫌になって、逃げ出して、迷子になって、しまいには地上にいるわしのところに落ちてきたんじゃったな。そんな者が未来を
明らかに旗色の悪くなった様子のリッツが慌てだす。
「あの、子どもの頃の話はしないでくださいとお願いしたじゃないですか」
彼女の目に光が戻ったのを確認して、桔梗は更にニコニコとした顔で話を続けていく。
「家主秘蔵の金平糖をの、盗み食いしようとして壺の中に頭突っ込んで、抜けなくなって助けを呼んでいたのはどこの誰じゃったかの~」
「それも早く忘れていただけると嬉しいです……」
リッツをからかいながら、同時に桔梗は思いを巡らす。
(ふむ。こやつが認めるほどじゃから、
思い出すのは、二回目に洋介と会った時。彼の顔にびっしりと小鬼が張り付いていたのを見た桔梗はさすがに焦った。
洋介は良くも悪くも、幻想の存在に好かれやすかった。小鬼のように、洋介が視覚できない者も例外ではない。
これは後々苦労するなと桔梗はおせっかいにも彼に魔除けを
(わしも相当入れ込んでおる)
彼の顔が見たくて、しかたなくなった。こうなったらリスクというリスクを全て潰して、洋介の存命中に一度顔を出しに行こう。
ついに怒って杖を振りつつ追いかけてきたリッツから走って逃げながら、桔梗はそんなことを思っていた。
同じ頃。
洋介はライツの口から体がまた小さくなっている理由を聞いていた。
初めは興味深く聞いていた洋介の顔が、段々と曇っていく。
「なんだよ、それ」
語彙力に乏しいライツの口から、苦しいだの気持ち悪いだのといった単語が飛び出してくる。ライツ自身は洋介と会話するのが嬉しいのだろう、笑顔で話してくるのが洋介には余計に痛々しい。
「慣れるまで、ちょっと大変だったんだ。でも、今はだいじょーぶ。やっと、時々ならヨースケのところに行っていいって言われたんだよ」
「……そっか」
それでも、ライツが胸を張るものだから洋介はその努力を讃えてあげようと決めた。
「よし、頑張ったご褒美にアイスクリームをあげよう」
「え、アイス!?」
明らかにライツの顔色が変わる。すでに全開だった喜びが、頂点を越えて爆発している。
そんな彼女が洋介には微笑ましかった。
「分量間違えて作っちゃって1リットルくらいあるんだよな」
正直な話、消費できるとは思えなかったのでライツが来てくれて助かった。味見した洋介の判断では、味に問題ない。きっと気に入ってくれるだろう。
「いちりっとる?」
「ライツなら箱に入れるくらい」
「おふろ?」
「いやだなー、アイス風呂。ベタベタしそう」
いつかの時のようにライツは洋介の頭に飛び乗って、一緒に笑っている。久々の時間が、ライツはとても愛おしかった。
いつかはこれも思い出になってしまうのだろう。二人が本当の意味で別れてしまう時もくるであろう。
でも、それはまだまだ先のお話。
『
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