第44話 運命を拓く
ライツは右手で杖をくるくると回し始める。バトントワリングのように軽やかに、回転数が徐々に増えていく。その残像が光の輪を作り出した頃を見計らい、ライツは杖を上空に打ち上げた。
キラキラと粒子を散らしながら、やがてライツの元へと下りてくる。それが目の前に来た時、彼女はそれを掴み取った。
杖は、左手に持っている弓と並び映える金色の矢へと変化していた。
弓に矢をつがえる。ビリっとした感覚が腕に伝わってきて、ライツはそっと目を閉じた。
それは周囲の者から見たら一瞬のこと。ライツが次に目を開けるまで、それほど長い時間は費やしていない。
しかし、その刹那に様々な想いがライツの心中を駆け巡る。
――お前のすべてで、あいつをぶっ飛ばしてこいっ!
洋介にそう言われた時、真っ先に作り上げられたイメージがある。おそらく洋介から託された、カーラを止めたいという願いを叶えるには最適の術。
しかし、自信がなかった。ライツ自身が制御できるのか、不明瞭だった。それもそのはず、ライツは自分で自分の心というものが分かっていない。
(無理なものは無理)
少なくとも、今後も理解は不可能なものだとライツは察している。
『
しかし、だからこそ見えてきた。誰にだってマイナスの気持ちがあるのだ。知っていないと、怖れることもできない。
(やってみないと分からない)
自分の心がどう動いてくるのか、ライツは少々楽しみでもある。持ち前の好奇心が、こんな場面でも顔を覗かせていた。
(あたしも洋介みたいにやってみる)
背中に洋介の気配を感じる。きっと、いつもみたいな優しげな目で見ているだろうとライツは思う。
そんな彼にも暗い感情は当たり前にあるのだから、怖がってばかりではいられないとライツは気を引き締める。逆に、そういう感情を知っているからこそ、彼は優しいのだとライツは確信している。
あれは洋介が優香と対峙していた時、時折彼から感じた尖った冷たい感情。ずっと穏やかで暖かい感じを彼の心から感じ取っていたライツは、その冷たさが珍しかったのだろう。ほんのちょっとだったのに、はっきりと覚えている。
それは、ライツが知らない洋介の辛い記憶が生み出す痛み、苦しみ、悲しみだった。
今なら、はっきりとは分からなくても何となく理解できる。そういう感情を持てるからこそ、洋介は優香を冷たいところから引っ張り出し、ライツを歪ませることなく導いてくれたのだ。
(洋介は、あの子がずっと一人だと言っていた)
きっと、歪んだまま導いてくれる人に出会えなかったのだ。もし、自分が洋介と出会わずに洋介達に仇なす存在になっていたらと想像するとライツはゾッとする。
だから、ライツは届けたい。
自分がここに落ちてきてからずっと感じていた暖かいものを。ライツを真っ直ぐなまま導いてくれた、カーラは出会うことができなかった想いを。
パチッと目を開けて、ライツは弓を引き絞る。
「くっ」
途端に、弓矢に込められた意思が暴れだす。弓を握る左手が痺れ、矢を引く右手が震える。
ライツの心全てを載せたそれは、すでに彼女の外へと出てしまっている。少しでも油断したら爆発しそうなそれを、ライツは必死に己の手に繋ぎ止める。
怖い。
そんなの当たり前。みんな、それでも何とか進もうと頑張っている。
逃げ出したい。
ずっと護ってもらっているつもり? あたしだって、みんなを護れる。護ってみせる。
殺してしまえばいい。
止めて。今は怒りは出てこないで。手元が狂う。あたしはそんなこと望んでいない。
あの子は洋介を殺そうとしたのに?
その洋介が言っていたんだ。あの子を止めてって。それは命を奪うことじゃない。
ぶっ飛ばそう。
そうそう、あたしはそうしたい。でも、狙いは間違えないで。
(ぶっ飛ばすのは、悪いことだけだっ)
理性と本能がようやく一つにまとまった。いつしか、痺れも震えもなくなっている。
濁った視界も澄んできた。カーラの姿がはっきりと見える。『
それでも、届かせてみせる。ライツは口を開き、叫んだ。
「『
流れ星は地から天へ。
絶望を切り裂くように、暗き空へと打ち出される。
(くっ)
カーラは為す術なく、その光に飲み込まれた。
予期していた痛みは無い。体の損傷もない。カーラはただ膨大な熱量を感じていた。
(なんだ、これは)
カーラの戸惑い、恐れ、諸々の感情が全てその熱に飲み込まれていく。
視界も白く、どこまでも真っ白に染まっていく。カーラの意識も、同じ色に染まっていった。
そんな、純白の世界で。
カーラは記憶にない、でも、どこか懐かしい声を聞いた。
――ごめんね。
誰かが謝っている。その声を思い出そうとしても、記憶に
次に感じたのは、穏やかな暖かさ。カーラは体全体がそれに包まれていることに、妙な安心感を覚えた。
これもカーラは覚えていない。それでも、この心地よさをずっと求めていたような気がする。
ぼやけた視界の中、必死に手を伸ばす。体も動かない。それでも、今動かなければ取り返しのつかない悔いが残る気がしてカーラは全力で繋ぎ止めようとする。
見えなかった、その手の奥。指が何かに触れる。瞬間、パアッと世界に色が戻った。
最初に目に入ったのは、こちらを見る瞳だ。カーラが自分を見ていると気づいた彼女は大粒の涙を流している。
どうにかして、その涙を拭いたいと思ったカーラだったが自分の手を見て驚いた。
とても小さく、指を伸ばすのすら大変なほどのか弱い手。
何もできない。そう、これはすでに過去に起こったこと。今、カーラはその映像を見ているに過ぎなかった。
――私では、あなたを幸せにできないから。
美しかったその顔は、そうとうな苦難の道を歩んだのだろう、すっかりやつれてしまっていた。
彼女はカーラと共に生きたかった。それでも、世間が、時代が、なにより彼女自身の境遇がそれを許してくれなかった。
選択は間違っていたかもしれない。それでも、彼女はカーラを愛していた。それだけは、間違いではない。
――ごめんね。許して。
彼女の顔が薄れていく。遠ざかっていく。視界は再び白に染まっていく。
(だめ、もう少し見せて、お願い)
カーラは叫ぼうとするも口が開かない。呼び止めたい、その想いが喉に引っかかっているのがもどかしい。
彼女に届かぬとも言いたいのだ。
一度も言うことなく、別れてしまった相手へ。力いっぱいの想いを込めて。
「
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