第43話 願いは流星とともに

「はぁ~、良かった」


 洋介は安堵の息を吐いて、その場に座り込む。立っているのが限界だったのもあるが、緊張していた体が一気に弛緩しかんしたせいで気力も萎えてしまったのだ。

 洋介の足の違和感はまだ残っているが、じわじわと元に戻っていっている感覚もある。これも、『桔梗紋』が正常に力を発揮できた効果であろう。


「おっ、おおう?」

 ライツは変な声を出して、自分の手を見つめていた。


 自分の体に起きた変化にライツは戸惑っている。

 末端にいたるまで、未知の流れができていた。それは、指先から外に溢れ出ようとしている。右手に握られた、今にも折れそうだった杖が再び強固な輝きを放っていた。

 さきほどまで羽虫のそれのように透き通っていた二対の羽根は、それぞれ別の色にきらめいて自己主張している。そこからこぼれ出た無数の星達が、彼女の周囲を飛び回っていた。


 光量は上がったり、下がったり。きらびやかにまたたいている。その光る様を見て、昔映画で見た蛍みたいだな、と洋介は思った。


 洋介は、ニッカリと笑顔を作ってライツを見上げる。

「どう、ライツ。いけそう?」

 洋介の声で戸惑いが払拭されたのか。澄んだ瞳で彼をしばらく見つめた後、洋介と同じ顔でライツは笑う。

「うん、いってみる!」


 そんな光景を、カーラは焦燥を隠せずに上空から見下ろしていた。

「くっ、もっと早く気づいていれば」

 カーラは自らの悪手を認める。


 今までコツコツと積み上げてきた有利を完全にひっくり返された。単純に振り出しに戻ったわけではない。それ以上の不利をカーラは悟っていた。


 実は、ライツはカーラと対峙した時からのだ。


 急激な成体への成長に力を費やし、墜落ついらくしていく洋介を助けようと全力を振り絞って空を駆け、慣れていない体を駆使した後にカーラとの戦闘状態に入った。

 カーラの思惑通り、彼女の結界内ではライツへの供給はない。ライツは初めから枯渇こかつしていた。


 それがどうだ。眼前のライツを見よ。

 羽根の輝きは最高潮に達し、視認するのが困難なほどに光が集っている。


 今、カーラが目にしているものが本当の伝説。『星使いティンクル』の力を受け継いだ、ライツの本領発揮だ。


「ここまでか」

 カーラは結界を放棄しようと上空に羽ばたく。その途中で、その羽根に何かがぶつかった。

(えっ)

 認識するが早く、カーラの視界がぐらりと揺れる。


 全身の動きが鈍い。何が起こったのか、カーラは首を動かして衝突した物体を確認しようとする。その正体が目に入った時、彼女の瞳孔はいっぱいに開ききる。

「……これは!」

 カーラは絶句した。そこにあったのは己の羽根に張り付き、膨らんでは萎む赤い球体。


 それは紛れもなく、ライツが放った『朱き凶星アンタレス』。綺麗な光だったはずのそれは、まるで悪魔の心臓のように禍々まがまがしく鼓動していた。

 その一拍一拍がカーラの体に痺れるような痛みを送り込んでいる。まるで全身を縛り付ける鎖のように、動きが抑えつけられていく。


(やつめ、まさかこんな罠を)

 舌打ちすら動きが遅い。


 カーラの認識は間違っていた。ライツの指先から『朱き凶星アンタレス』に送り込まれていた意思は、相手を打ち破るものではない。


 失われていく力を把握しながら、カーラによって追い詰められていた時。ライツは明らかに苛立っていた。


 自分は真正面からぶつかりたいのに、カーラは受けては流し、撃っては逃げる。カーラの思考は時間を費やすことに使われ、再びライツ本人を見なくなっている。そういうのが、とてつもなく嫌だった。

 そのじわじわと心を締め付けてくる嫌悪感と、ライツが洋介と出会ってから感じた一番の忌避感が重なった。


 自分からは動かず、獲物が現れるのを待ち構えて毒を撃つ。出来上がったイメージは、正直ライツの好みではない。

 それでも、カーラがずっとライツを見てくれないのであれば、使ってやろうと決心した。目には目を、歯には歯をだ。


 それが、『暗夜に紛れし狡猾な毒針スコーピオ』。心臓を起点にして、相手を捕らえる邪法だ。


 術の発動を確認したライツは上空のカーラを見上げた。

 逃げ出そうにも逃げ出せない、そんなカーラの姿を見て「ふぅ」と小さく嘆息する。やっぱり、気分の良いものではない。サソリをイメージするのも、今回限りにしたいとライツは願う。


 ライツは右手に杖を握ったまま、左手を天高く掲げる。


 自分に生まれた負の感情を拭い去るために、そして、カーラに自分の想いをぶつけるために。何より、洋介の願いを叶えるために。

 ライツは、その左手に自分の全身全霊を表現しようとしていた。


「流れる星のキセキをここに」


 ライツの声に応えて、周囲の星達は螺旋らせんの軌跡を描きながら彼女のてのひらに集う。光は幾重にも重なっていく。恒星を思わせるほどにまばゆく、それらは一つの輝きとなってライツの左手で時を待つ。

 ライツはギュッと、その光を握りしめる。周囲に弾けたそれは、洋介が思わず目を閉じてしまうほどの明るさで飛び散った。


 周囲が落ち着いてから、洋介はゆっくりと目を開けていく。


 徐々にはっきりしていく視界の中で、洋介の視線はただ一点に集中していく。ライツの左手に握られた、それに目を奪われた。ライツの髪色のように、金色に輝くそれは、ただ単純に美しかった。

「……弓?」

 ライツは大弓を手に、真剣な面持ちで空を見つめる。後ろばっかり見ていたカーラとようやく視線が交わった。


「いくよ。あたしの全部、ぶつけるから!」


 生むは流れ星。運ぶのは願い。

 ライツの願いは流星とともに、今まさに闇へと放たれようとしていた。

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