第28話 絶望の果てに
片田舎の小さな町。そこで一人の少女が日々を過ごしていた。
彼女の名はカーラ。幼い頃に親に捨てられたという境遇にありながら、いつも
彼女の日課は、自分が育った教会で神に祈りを捧げること。
いつの日か母親が自分を迎えに来てくれると、カーラはそう信じていた。
しかし、その
もともと、その土地では珍しい彼女の艷やかな黒髪には好奇の視線が注がれていた。美しく成長した彼女に対して、同世代だけではなく、数多の男性が恋に落ちた。
それだけではない。彼女へ歪んだ欲望を向ける者もいた。
その中の一人が実際に行動してしまう。
――ああ、本当に綺麗になった。
彼女にとって一番の不幸。
それは、その相手が信頼していた育ての親だったことだ。
カーラは無我夢中で抵抗した。だから、気づかなかった。自分を制しようとする彼の力が、どんどん弱くなっていったことを。
あるタイミングで、彼の体を簡単に押しのけることができた。横に転がった彼の、その幼い頃から知っていた顔からは血の気がなくなっていた。
恐る恐る、先程まで彼を突き放そうと動かしていた手を伸ばしてみる。
確認せずとも、分かってしまう。彼の息はすでに絶えてしまっていたのだ。
あまりの出来事に呆然とするカーラを、通報を聞いて駆けつけた警察が取り押さえた。
――ああ、やっぱり彼女は人を惑わす悪魔だったんだ。
――傷跡無いのに死んでるって。命を吸い取る化物じゃないか。
集まった野次馬が口々に心無い言葉をカーラに浴びせてくる。空っぽになった彼女に、悪意の槍が次々と突き刺さってくる。
カーラの目に涙はない。今も、何が起こっているのか理解できていない。
ただ、修復が不可能なほどに彼女の心はズタズタに切り裂かれていた。
ずっと下を向いたまま連行されていたカーラは、ふと顔をあげた。
暗く淀んだ彼女の目に、自分を捕らえている警察官の姿が映る。彼はぐらりと頭を揺らすと、そのまま後ろに倒れて昏倒してしまった。
突然の出来事に騒然となる町人を背に、カーラは逃げ出した。
どこにも行く場所なんて無い。
帰る場所はそもそもなかった。
ただ、まだ微かに希望は残っている。
きっと、こんな辛いときこそ母が助けに来てくれるはずだと。
母だけは、自分を愛してくれていたはずだと。
走りに走った彼女は、いつしか深い森の泉にたどり着いた。いつしか、日は落ちて、空には月が昇っている。
夜になっていることを、カーラは気づいていなかった。
なぜなら、彼女の見る夜はとてつもなく明るかったから。
それでも、闇は闇。異常なほどに乾いた喉を潤そうと、泉に顔を近づけても彼女の顔は映らない。それを不思議に思う余裕も、カーラにはなかった。
そして、月が中天に昇る。その光が泉に届いた時、カーラは息を飲んだ。
泉に映る女性の姿。それは誰なのだろうか、と一瞬思ったが、すぐに自分自身の姿だと気づいた。
そして、同時に
鮮血のように朱く染まった瞳。口に手をあてると、刺さりそうになるくらいに鋭い犬歯がそこにあった。
そして、背中にはコウモリを思わせる羽が生えている。
悪魔、化物。住民の罵声が蘇ってくる。
ああ、確かに悪魔だと納得してしまう自分がそこにいた。
「はは、ははは、ハハハハハハ」
今まで我慢していたものが破裂してしまった。カーラは大声で笑いながら、目から大粒の涙を流す。その涙は、彼女と瞳と同じく朱く輝いていた。
「神よ、本当にいるのなら教えてほしい。私は、いったい、貴方に何を願っていたんだ」
きっと、母親が自分を迎えに来てくれると純粋に信じていた。何か事情があって自分を捨てていったが、自分が負担にならないような人間になれば一緒に暮らせると思っていた。
「迎えに来るって。来るわけがない」
そもそも、前提が間違っていた。自分は人間ですらなかったのだ。
「こんな私を、愛してくれるものなんていなかった」
ずっと、母に会う日を夢見て生きてきた。そもそも、その夢が間違っていたと言うなら自分は何のために生きてきたのだろう。
ずっと、悪夢の中をさまよっていた。それは今も続いている。
そんなカーラに何者かが語りかけてくる。
――自分を愛してくれない世界なら壊してしまって、幸せな悪夢の中で生きましょう。
「ああ、そうか」
それは目覚めた力に揺り起こされた自分自身の願い。そして、それを成し遂げる方法もカーラは理解していた。
「全てを夢の中に」
カーラはゆっくりと立ち上がった。目に妖しい輝きが灯る。
かつて神の
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