第6話【鈴香という少女】4
何だと言うんだ。
苛立つ気持ちを抑えながら、男は砲火を走らせていた。弾丸は自分の弾も部下の弾も全て女に当たらず空を切る。
「ちっ」
無意識の舌打ち。
小僧を撃った部下も全弾外したのを横目に見ながら内心で毒づく。
──
小娘を一人拉致、若しくは殺害するだけの簡単な仕事だった筈だ。それにこんな頭数で当たってこの体たらく。しかも実弾が入った
日本の間抜けな
「出てこいよ、お嬢さん。素人じゃねぇなら自分の不利は分かってんだろ。あの小僧の始末がつけば四対一だ。なぶり殺しにされたくなきゃ大人しく投降するんだな」
そう言いながら
実弾を使いすぎている。これじゃ赤字も良いところだった。
小僧の方は分からないが、自分の相手は丸腰の雌餓鬼だ。上前をはねて特別ボーナスを貰うくらい罰は当たらないはだろう。
必ずとっ捕まえた上で、存分になぶり、痛めつけてたっぷりと楽しんでやる。
そう心に誓いながら、男は獲物に近づいていく。
それが、間違いだった。この時点で自分の方が獲物に変わっていることに気づいていない。
(来る)
自分に迫る
不思議な感覚。知っていて、だが、知らなかった、激しい高揚感。
コレが、本物の戦場か!!
ドクン……ドクン……と耳朶に響く心臓音。さっきまであれほどやかましく感じていたというのに、今ではそれが心地いい。
(俺、頭おかしくなったのかな)
茂みの中を低く移動しながら、なんとなくそんな暢気な言葉が思い浮かんだ。
頭の中でいくつかの作戦をシュミレートする。無茶なもの(この状況に首を突っ込んだことそれ自体が相当な無茶なのだが)から堅実なものまで、幅広く。
何度かの発砲。
多分、向こうはそれ程
なら、狙いは一つ。弾切れを誘う。
作戦は固まった。
それに加えて、一人くらいなら戦闘不能に追い込める。健は冷静にそう考えていた。
タイミング計りながら何度も木陰から飛び出し発砲を誘う。
右へ、左へ。
その度にパンッ! パンッ! と火薬の乾いた音が響いた。
『どうした、小僧。撃ってこないのか? ほら、当たっちまうぞ!』
『おい、あまり挑発するな。油断は命取りだぞ。こんなつまらん仕事で死ねば良い笑い物だ』
『ハッ! 馬鹿言うなよ! お前も見てたろ? 今にもデカいヤツをひり出さんってあの
英語でやりとりを始めた二人の敵。内の一人の言葉は明らかな侮蔑が混じった挑発だ。英語が赤点の健にだって「
撃てばこちらの手の内を晒して
だが、
(持ち時間もそろそろいっぱいだ。 そんなにやられたいんなら、やってやるよ)
健の瞳に闘志が揺らめいた。
ギリギリまで敵を引きつける。息を殺し、タイミングを読む。
『オラ、糞餓鬼! 追いつくぞぉ?』
油断だった。敵の銃口が上を向いている。
(舐めるなよ)
銃口は、相手に向けない時は下に向けるものだ。上なんか向けたら、反応速度が各段に落ちる。
──いける。
胸中の不安は消えていた。
地面を蹴る。
全てがスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。
真横に走りながら両のトリガを引く。
タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!タンッ! タンッ!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!」
耳をつんざく絶叫。
銃を取り落とし顔を両手で覆っている。
もう一人の男は仲間の心配もせずに火線で健を追った。
『馬鹿が! 言わんこっちゃねぇ!』
罵声を吐きながらの連射を余裕をもって躱し発砲する健。だが、相手は正確に健の銃の正体を見抜いていた。片手で顔を庇いながら立て続けに発砲。マズル・ファイアが弾切れになるまで続く。
健は身を翻しながら猛火を躱し続け木陰に飛び込んだ。ぜぇぜぇと肩で息をしながら背中を木に預ける。
男はのたうち回る仲間には目もくれず、
『なかなかやるじゃないか、小僧。だが、これまでだ。これ以上ガキの玩具で好きにはさせない』
低く唸るような獰猛さで、静かに言い放つ。
絶体絶命。そんな状況でさえ、健の心に絶望は浮かばなかった。
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