第6話【鈴香という少女】4

 何だと言うんだ。

 苛立つ気持ちを抑えながら、男は砲火を走らせていた。弾丸は自分の弾も部下の弾も全て女に当たらず空を切る。


「ちっ」


 無意識の舌打ち。弾倉マガジンを交換しながら女を追う。

 小僧を撃った部下も全弾外したのを横目に見ながら内心で毒づく。


 ──糞ったれがファッキン・シットッ!


 小娘を一人拉致、若しくは殺害するだけの簡単な仕事だった筈だ。それにこんな頭数で当たってこの体たらく。しかも実弾が入った拳銃M1911が、部下のも含め四丁もあったのだ。小娘一人を連れ去るのには豪華すぎる装備だ。弾倉マガジンの替えは自分が持っていた一つだけ。コレも、保険程度の意味しか無かった筈だった。

 日本の間抜けな民警ポリスでもこれだけの騒ぎは流石に嗅ぎつけるだろう。残された時間は短い。


「出てこいよ、お嬢さん。素人じゃねぇなら自分の不利は分かってんだろ。あの小僧の始末がつけば四対一だ。なぶり殺しにされたくなきゃ大人しく投降するんだな」


 そう言いながら茂みブッシュに向かって発砲。

 実弾を使いすぎている。これじゃ赤字も良いところだった。

 小僧の方は分からないが、自分の相手は。上前をはねて罰は当たらないはだろう。

 必ずとっ捕まえた上で、存分になぶり、痛めつけてたっぷりと

 そう心に誓いながら、男は獲物に近づいていく。

 それが、間違いだった。この時点で自分の方が獲物に変わっていることに気づいていない。




(来る)


 自分に迫る本物M1911を手にした男達に対し、健の精神はますます落ち着き始めていた。

 不思議な感覚。知っていて、だが、知らなかった、激しい高揚感。

 か!!

 ドクン……ドクン……と耳朶に響く心臓音。さっきまであれほどやかましく感じていたというのに、今ではそれが心地いい。


(俺、頭おかしくなったのかな)


 茂みの中を低く移動しながら、なんとなくそんな暢気な言葉が思い浮かんだ。

 頭の中でいくつかの作戦をシュミレートする。無茶なもの(この状況に首を突っ込んだことそれ自体が相当な無茶なのだが)から堅実なものまで、幅広く。

 何度かの発砲。

 多分、向こうはそれ程弾倉マガジンを用意していないのだろう。こっちに近づく男達は無駄弾を避けているようだった。

 なら、狙いは一つ。弾切れを誘う。

 作戦は固まった。

 それに加えて、一人くらいなら戦闘不能に追い込める。健は冷静にそう考えていた。偽物エアガンり合うなら、顔を撃つしかない。鍛える事が出来ない急所の一つ。上手く目に当たれば失明させられる。それだけの危険があるから、サバゲーではゴーグルが欠かせないのだから。

 タイミング計りながら何度も木陰から飛び出し発砲を誘う。

 右へ、左へ。

 その度にパンッ! パンッ! と火薬の乾いた音が響いた。


『どうした、小僧。撃ってこないのか? ほら、当たっちまうぞ!』

『おい、あまり挑発するな。油断は命取りだぞ。こんなつまらん仕事で死ねば良い笑い物だ』

『ハッ! 馬鹿言うなよ! お前も見てたろ? 今にもをひり出さんってあの表情かお! ありゃどう見ても素人さ。何で腰抜けの糞日本人ファッキン・ジャップが銃を持ってるのかは知らねぇが、こっちは簡単な鴨撃ちダック・ハントだよ!』


 英語でやりとりを始めた二人の敵。内の一人の言葉は明らかな侮蔑が混じった挑発だ。英語が赤点の健にだって「腰抜けの糞日本人ファッキン・ジャップ」位は解る。

 撃てばこちらの手の内を晒して偽物エアガンだと露呈してしまう。どれだけ馬鹿にされたところでおいそれとトリガを引くわけにはいかない。

 だが、


。 そんなにやられたいんなら、よ)


 健の瞳に闘志が揺らめいた。

 ギリギリまで敵を引きつける。息を殺し、タイミングを読む。


『オラ、糞餓鬼! 追いつくぞぉ?』


 油断だった。敵の銃口が


(舐めるなよ)


 銃口は、相手に向けない時は下に向けるものだ。上なんか向けたら、反応速度が各段に落ちる。


──いける。


 胸中の不安は消えていた。

 地面を蹴る。

 全てがスローモーションのようにゆっくりと動いて見えた。

 真横に走りながら両のトリガを引く。本物M1911がマズル・ファイアを噴くより先に、健のベレッタM92Fエアガンのモーターが猛然と唸りを上げた。


 タンッ! タンッ! タンッ! タンッ!タンッ! タンッ!


 弾倉マガジンから高圧で弾き出されたプラスチック弾が健を腰抜けの糞日本人ファッキン・ジャップと謗った男の顔面を捉え、で眼球を貫いた。


「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!!」


 耳をつんざく絶叫。

 銃を取り落とし顔を両手で覆っている。

 もう一人の男は仲間の心配もせずに火線で健を追った。


『馬鹿が! 言わんこっちゃねぇ!』


 罵声を吐きながらの連射を余裕をもって躱し発砲する健。だが、相手は正確に健の銃の正体を見抜いていた。片手で顔を庇いながら立て続けに発砲。マズル・ファイアが弾切れになるまで続く。

 健は身を翻しながら猛火を躱し続け木陰に飛び込んだ。ぜぇぜぇと肩で息をしながら背中を木に預ける。

 男はのたうち回る仲間には目もくれず、弾倉マガジンが空になったM1911をハーネスに押し込むと地面に転がる仲間の銃を拾い上げた。


『なかなかやるじゃないか、小僧。だが、これまでだ。これ以上ガキの玩具で好きにはさせない』


 低く唸るような獰猛さで、静かに言い放つ。

 絶体絶命。そんな状況でさえ、健の心に絶望は浮かばなかった。

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