第5話【鈴香という少女】3


「待て!」


 そう叫びながら飛び出してきた少年に、鈴香は少なからず驚いていた。


(誰?)


 見覚えがあるような気はするのだが、どこだったか?


「そこまでだ! 大人しく武器を捨てろ!!」


 まるでつまらない映画のワンシーンのように少年はあらん限りの声で吼える。その少年の登場を訝しんだのは自分に銃口を向けた男も同じのようだ。微かに、だが確かに男の片眉がピクリとも動いた。

 平静を装い何事も無いように部下に尋ねる男。


「何だ」


 平坦な語調。

 予定外の闖入者に苛立ちを押し殺しているであろうと容易に想像できた。

 鈴香としてもあの少年は厄介だった。

 自分と変わらぬであろう彼が警察関係者な訳がない。かと言って、どれだけ自分や目の前の敵のような玄人プロには到底見えない。

 今件で一般人は巻き込むなと、養父であり主であるミスタ・Ptプラチナからキツく言われているのだ。ミスタ・Ptプラチナの意向に従うためには、あの少年の存在は非常に厄介極まりない。


「さぁ? 女の仲間じゃないですか? ガキが生意気に銃を持ってますぜ」


 部下の一人が返してきた返答にもやはり困惑が色濃く滲んでいる。


「仲間? そんな訳が無い。コイツに仲間なんかいない。単独行動の筈だろう」


 銃口は反らさない。流石にこの程度のトラブルで集中力を切らすような柔な相手ではないが、それでもトリガに掛かったままの指先がストレスからか僅かに動いている。

 こちらの内情もしっかりと調べ上げているようだ。

 どうする? 仕掛けるべきか。しかし、このタイミングで仕掛ければ、あの少年の命はどうなるかわからない。

 自分一人ならどうにでもできるものを。そんな考えが頭を過ぎた所で相手に悟られぬよう小さな溜め息を一つ。あの闖入者に苛立っているのは自分も同じか。


「黙れ!!」


 男達の短いやりとりに対して少年が更に一喝。あの少年からは僅かな余裕も感じられない。


「こっちも銃で狙ってるんだぞ! そんなに撃たれたいのか!!」


 脅しのつもりだろうがその程度でどうにかなる筈がない。この男達は自分達の圧倒的有利を理解している。その上で苛立っているのは、先程の発砲で警察が来ることを厄介がっての事だろう。

 奴らの首魁ミスタ・Agシルバーにとっても今は大事な時期。余計なトラブルで計画に障害ノイズが入れば、そこから生じた波紋がどんな大きな災害ハザードを起こすか分かったものでは無いのだから。


「お前、何者だ?」


 部下の男が少年に銃口を向けながら尋ねた。

 もしかしたらミスリルの陸戦ユニットなのかも知れない 。もしそうなら、あの少年も私の敵だ。むしろ好都合。立ち回りは楽になる。

 そんな鈴香の淡い期待は少年の言葉で脆くも崩れ去った。


「俺は【オリハルコン】の乾だ。その銃を捨てろ」


 飛び出した名前に鈴香は我が耳を疑っていた。

 これは、何の冗談だろうか? あの少年は今、なんと言った?

 鈴香はまるで虚仮にされているような、馬鹿にされているようなそんな気分だった。

 水銀合金アマルガムでも破邪の魔法銀ミスリルでもない。

 オリハルコンとは、古くは神話の時代から語られ現実の合金の呼称と推測される金属の名だ。だが一方で、同時にミスリルと並び称されるほど有名な魔力を帯びた超硬度の架空の金属の名称でもある。

 魔法合金オリハルコン。これほど皮肉じみた名を冠した組織など存在し得るだろうか? 在る訳がない。いや、あってたまるか。


「オリハルコン? 聞いたことのないな」


 鼻で笑うように言う男の部下に、敵対した相手とはいえ今ばかりは同意をしたかった。


「だろうね。まだ創設して日が浅い。おたくらが知らないのも無理ないさ」


 はったりにしては酷すぎる。

 そう決めつけるには、少年の言葉に自信がありすぎた。

 おかしい。何から何まで全て。


 ──なんなの。


 心がざわめいた。

 駄目だ。冷静さは保たなければいけない。私は、専門家スペシャリストなのだから。

 あんなふざけた子供の為に、心を乱して屍を晒すわけにはいかない。


「俺達はあんた達と事を構えるつもりはない。銃を捨ててそのをこっちに渡してくれればそれでいい」


 なんのつもりなのか。存在し得ないであろう組織が、何故自分を欲しがるのか。

 そんな苛立ちから生まれてくる心の小波を余所に、少年の言葉が意外な結果を引き出した。


「話にならんな。構わん。二人で片付けろ」


 訪れた千載一遇の好機チャンス

 二対一なら確実だ。二人ぐらいなら

 あのの身は危険に晒されるだろうが、自ら進んで突っ込んだ首だ。己の言葉と行動には、自分で責任を持って貰うしかない。


(そうだ。私が何かする訳じゃないし、私が巻き込んだわけじゃない)


 鈴香がそう結論づけたその時だった。


 ──パンッ! パンッ! パンッ!


 少年に向けた発砲が合図だった。


「ふっ」


 鋭く呼気を吐き出しながら、自分も真横に跳んだ。


「ちっ、ガキが!」


 こちらに対しての発砲を躱しながら茂みブッシュに飛び込むと手近な木に背中を預けて学生鞄の中から武器を取り出す。

 デザートイーグル.44マグナム。

 グリップの冷たい感触が手に馴染む。

 あぁ、感覚が研ぎ澄まされていく。


──さぁ、戦争の時間だ。

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