春の日

 期待ってやつはどうやら裏切られたときにこそその全貌を現すものらしい。


 びびるよな実際。俺のこの落胆振りはどうだ。わかってたことじゃないか。

 いくら選択科目がほぼ同じだって、日本史受験の英語選択なんて一番ありきたりな組み合わせ、二クラスは編成されるんだから確率は良くて五分、ましてや部活でつるんでるような奴は離されるなんて常識だ。そんな会話をそれとなくあいつとも交わしたはずだろ。

 だから期待なんてしてない、とほんの数分前なら誰かに聞かれてもそう言えたのに。

 張り出された名簿を目の前にしたこの落胆振りは一体なんだ。どうやら俺はそれでも五分以上の期待を抱いていたらしい。

 期待してなかったなんて言ったら大嘘になるな。期待してたんだろなんて聞いてくる奴は恐らくいないから、嘘はつかずに済みそうだけど。


 掲示板に背を向け新しい教室に向かう。

 何を凹む必要がある、何も変わらないだけだ。同じ教室にあいつがいないことも、きっと、部活の前にあいつがそこに顔をだすであろうことも。

 また季節が巡っても、きっとこうして俺たちは何も変わらない。

 そして、俺はどこかでそれを望んでるじゃないか。



 あいつの名前は隣りのクラスの名簿にあった。だから通りがかりになんとなくそこを覗いたら、珍しく早く登校していたあいつと目が合った。

 俺を見つけて待っていたかのように教室から出てくるから無視するわけにもいかずに脚を止めた。

 そして俺は性懲りも無くこいつの言葉を期待する。多分、期待している。

「おまえ、何暗い顔してんだよ、凹み過ぎじゃね?」

 恐らく期待していた。どこかで、新学期早々沈みがちなこのどうしようもない気分を共有できるんじゃないか、とか。

 だから、至極朗らかに言われて言葉に詰まった。どう返すべきだ。

「うるせぇよ」?それとも「おまえのそれはカラ元気か」とでも言ってやるか。

 考えてるうちにも俺の相棒はあくまで明るくまた話し出す。

「仕方ねぇだろわかってたことじゃん。あっちは全国区。こっちはよくて県大会」

「…?」

 何の話だ。少なくともクラスの話じゃなさそうだ。

「あっれ、おまえその顔は連絡板チェックしてねぇな?困るね最高学年がそんなだと」

「…バレー部?」

「そゆこと。今年は火曜と金曜があっちの全面使用だってさ」

 放課後の練習の、体育館の利用制限の話だ。追い出された俺らバスケ部は週2日、ゴールポストの無いトレーニングルームでみっちり基礎練習に打ち込む羽目になる。

 って、そんなの毎年恒例わかりきってたことだろ。今更そんなことで凹むかよ。

 なんて言い返したらやぶ蛇だ。そんなことじゃなければどんなこと、と聞かれてまごつく姿なんてこうなったら意地でも見せてやるものか。

「で?」

「あ?」

「何そんな凹んでんの」

「…別に」

 どうやら藪をつつかなくても蛇は出てくるものらしい。不意を突かれたら逃げるしかない。

 そのまま自分の教室へ向かいかけた俺の肩を、あいつが掴む。

「けど、ま、隣りじゃん?体育と長文読解は合同らしいぜ、悪くないだろ」

 俺の肩を一度叩き、そう言い捨ててまともに視線も合わせずに教室の中へ戻っていく。

 蛇に睨まれた蛙、なんて反応は期待していないらしい。

 視線の先には背中が見えるだけ。



 なんだよそれ。ずるくねぇ?

 


 形を成さない問いかけは結局また胸の内の定位置にすっぽりと収まってなりを潜めて、まるで邪魔されたうたた寝の続きでもしてるみたいだ。

 そう思ったらその心地よさに思わず欠伸が出た。



 ―――悪くないだろ。

 …そうだな、確かに悪くない。



 少し軽くなった心の隙間でふと思う。

 あぁ、あいつが早く登校したんじゃなくて、今日は俺が遅かったんだ。

 


 なんとなく寝付けなかっただるさを引きずって、あと五分、あと五分とか思いながらほんの少しの焦燥感と闘いつつ布団の中でうとうとして過ごしたんだった。

 


 春眠暁を覚えず。

 


 こんな季節が変わらないことを、俺はやっぱりどこかで望んでいる。




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