不在
何でも知ってるはずだなんて一体いつから思ってたんだろう。
通学に1時間近くかかるあいつが、自主参加の朝練に顔を出さないのは何も珍しいことじゃない。
ただその場合、寝坊したとかだるいとか言い訳がましいメールが朝イチで俺に送られてくるってだけで。
昨日の朝体育館にあいつの姿がなくて驚いたのはそれが理由だ。昨日は何も連絡がなかった。
「あいつ、休みか?」
思わず呟いたのは答えを求めたわけじゃ無かったのに。
「あぁ、法事で明日まで欠席だろ。聞いてねぇの?」
奴と同じクラスの山内が俺の知らない答えをあっさり寄越した。
『聞いてねぇの?』
…聞いてねぇな。
「日曜から出てくるって。先週ぐらいから言ってたけど」
そりゃ法事なんだから、先週どころかずっと前から予定は決まっていたはずだ。毎日一緒に帰ってるのに俺はそれを知らされていない。
別に何でも知ってるはずだなんて思ってたわけじゃない、と思うのになんとなく釈然としなくて、だから電話ひとつするのにもう何時間も迷っている。いや、何時間どころじゃない、昨日の夕方から迷い続けて本当はもうそろそろタイムリミットだ。
明日の練習試合の集合時間が変わったことを知らせるのは果たして俺の役目なんだろうか?
電話ぐらい思いついた時にいつだってしてる。簡単な用事ならメールを打つより電話してしまったほうがよっぽど早い。明らかに家でだらだらしてるであろう、夜のこんな時間なら尚のことで。だから、メールなんか打つのはなんだかよそよそしい。
こんなふうに。
延々と「だから」とか「なのに」とか理屈ばかりが浮かんでこんがらがっていくのは本当は単純な問題を難しく考えているせいで、つまり率直な話、俺は何かを恐れている。
電話したとして、もう聞いたよ、と言われたら。
例えばこのまま伝えずにいて、明日、あいつが責めるのが俺じゃなくて山内だったとしたら。
既に他の誰かから聞いていてそれが俺じゃなかったことさえ何とも思われずに流されていくとしたら?
次に自分に浮かんでくる感情を知ることが怖い。
何よりも恐ろしいことに、たった二日間のあいつの不在が、こんなにも俺に波紋を投げかけている。
その波紋を一気に波立てたのは他ならぬあいつからの着信だった。
考えていたことがばれるんじゃないかとひやりとして、着メロがワンフレーズ鳴り終わるのを待ってから電話に出る。
『よぉ、何してた?』
「…別に」
おまえに電話しようと思ってた。昨日放課後の練習で時間の変更を知らされてからずっと。
なんて素直に言ったらどうするつもりだよ。
『ふーん』
「何だよ」
『別に。なぁ、山内、ノート取ってくれてた?』
「知らねぇよ」
その名前を聞いたからムカついたってわけでもないけど、そんなこと本人に聞けよと思う。
『ふーん。ま、明日からは出れるからさ』
「知ってるよ」
何もったいぶってんだよ出てこないことは言わなかったくせに。
『あ、知ってんの?何で?』
「山内」
『山内?なんだよあいつ、口軽いなぁ』
なんだそれ、口止めでもしてたのか?うわ、なんかすげぇ気分悪ぃ。これって結構最悪な結果じゃねぇ?
『なんだよ、そっか。な、明日、試合前にどっかで昼飯食ってくだろ?』
「時間、変わったろ。集合9時」
『え、まじで?そうなの?』
「…聞いてねぇの?」
『はぁ?なに言ってんだよ、おまえから聞かなきゃ聞いてるわけねぇじゃん』
いけしゃあしゃあとよくそんなことが言えるよな。
あまりに当たり前のように言うから、一瞬カッとなったあと感情の波がすっと引いていく。
そう、実際それは当たり前のことだ。冷静に考えてこいつと一番一緒にいるのは俺だし、今回のように何かあったときは俺が連絡を取ってきたしチームメイトたちは皆俺から伝わるはずだと思っているから誰も教えなかったんだろう。
それは本当に自然の成り行きで、だとすればこいつが俺に黙ってたことはやっぱり不自然だ。
だから、聞いたっていいよな。
「おまえ、何で言わなかったんだよ、法事のこと」
『んー。どうすんのかなぁと思ってさ』
「なにが」
『おまえが。…メールひとつ来やしねぇ』
「えっ…?だってそれは、」
『まぁ別にいいけど?とりあえず明日マック奢れよ』
「は?なんでだよ」
『罰だ、罰。じゃぁな』
一方的に言って、電話が切れた。
わけがわからない、何だよ罰って。俺が悪いのか?違うだろ元はと言えばおまえが。
ますますこんがらがっていく思考の中にふと浮かんだ、なんだかんだ言って体よく明日の約束を取り付けたかっただけなんじゃねぇの、なんて強気な言葉は。
答えなんて求めちゃいないから、呟かずにしまったままにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます