雪の日
昼過ぎから降り出した雪を眺める。
灰色の空から落ちてくる無数の綿みたいなぼたん雪が誰もいない校庭を徐々に白に染めていく。
外に出たらきっと息も白いんだろう。教室の中は40人分の体温で十分暖かいけれど。
放課後の部活のことを考える。6時間目、どっかのクラスで体育館が使われてりゃいいな。こんな日の体育館の底冷えはかなりキツイ。
思わずついた溜息はやっぱり白くはなくて、きっと今あいつも同じようなことを考えてるんだろうとなんとなく思った。
「大雪警報が出たので、今日の部活動は全面的に中止です。ホームルームが終わったら速やかに帰宅するように」
授業後のホームルーム、担任の言葉にクラス全体がどよめく。それはほとんどが歓喜の声だ。
---マジか?
俺は何を思うべきか決めかねて眉を顰める。喜ぶのはどうかと思う。
部活がなくても多分、あいつは放課後ここに来て。
部活がなくてもいつも通り一緒に帰る。
電車が遅れればきっと、ラーメンでも食いに行くだろう。
それは二人でいる時間がいつもよりずっと長いってことで。
だから、そんなことを喜ぶのはどうかと思う。どうかと思う、こと自体が既にどうなんだ?部活でしごかれるよりラーメン食う方がいいに決まってる、嬉しくて当然だろ。どっちにしろあいつは俺の近くにいる。…ってだから、それがどうなんだよ?
思考のスパイラルに陥った俺を残し、ホームルームはいつの間にか終わっていた。
ベランダに出てひとしきりはしゃぎ、ストーブを囲っていたクラスメイトたちがひとり、ふたりと教室を後にする。俺はなんとなくタイミングを掴めずにそこに居座っている。そのうちガラっと戸が開いて、あいつが顔見知りと適当に挨拶を交わして、そしてなんとなく一緒にここを出る。そのイメージ以外俺には席を立つきっかけがない気がした。
--- 遅ぇな。
何してんだ、あいつ。いや、でも待てよ。
何度目かの溜息を飲み込む。
そもそも約束なんてしてただろうか。してねぇよな。でも。
あいつと一緒にいるのに約束が必要だったことなんて今まで一度もない。
それがすごいことなのか当たり前のことなのか、俺にはよくわからないけど。
最後のひとりが俺を置いて、迎えに来た彼女と共に教室を出る。哀れみの視線にはもう少し雪見てくとか不思議な言葉を返してやった。
外はすっかり雪化粧。積もる雪。教室にひとり。した覚えのない約束を守り。
…もう帰ったほうがいい、と、思考を止める為にわざと音を立てて立ち上がった。
ドアを開けようとしたら勝手に開いた。今更当然のようにそこに現れた見慣れた顔。
「お、帰んのか?俺もちょうど帰るとこ、一緒に帰ろうぜ」
何だその言い草は。ちょうど帰るとこだからここをちょっと覗いてみたって?…それでも俺がいると思ってたから来たんだろ。
「何してたんだ、こんな時間まで」
口調は知らず責める響きになる。それに気付いた奴がむっとして言い返す。
「おまえんとこのが先に終わってただろうが」
「あ?」
だから俺が迎えに来いってか?意地になって今まで待ってた、とか。
……んなわけねぇ、よな。
外に出る。雪を孕んだ白い風が頬を撫でる。
「うわ、寒ぃー」
首を竦めるから、形のいい顎のラインがマフラーに埋まる。
「な、ラーメンでも食ってこうぜ」
「いいけど」
「…けど?」
「食うときはマフラー外せよ」
「あ?」
勿体無いだろ。顔が見えないなんてさ。
別に全部を知らなきゃ気が済まないわけじゃない。そんな関係じゃない。
だからお互いの言葉の意味なんて探らない。
そういう関係だ。
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