クリスマス・イブ
12月24日、クリスマスイブ。
終業式が終わり部活も終わり、彼女と過ごすと急ぎ足で帰って行ったのが3人、やってられねぇカラオケだと自棄になって繰り出して行ったのが4人、小学生の妹がホームパーティを開くからと言い訳がましく去って行ったのがひとり。
残ったのは3人。俺とあいつと、山内と。
「どうする」
「どうすっか」
「そうだなぁ…」
捗らない会話を何度となく繰り返しながら駅に向かう。
割り切ってはしゃぐ気にもなれない微妙な奴らが3人も集まってるせいか空気は晴れない。駅が近づくにつれ足取りも重く、口数も減ってくる。町中に響く陽気な音楽が白々しい。
ジングル・ベルならぬシングル・ヘルだなんて言い出したのはどこのどいつだ。こんな日があるから意識してしまう。俺もあいつも未だ彼女のひとりも作れずにいるということを。そして、もしこれがいつも通りのふたりきりだったらどうなんだろうなんてことを。
「悪い」
3人無言のまま自動改札を通る直前、突然山内が俺に切り出した。
「あ?」
「俺、実は約束あるんだ」
何故俺に向かって言うのか一瞬考える。あぁそっか、こいつとは同じ方向の電車だ。考えてなかった。俺が考えてたのは、このまま行ったらあいつとここで別れるってことだけで。
「一緒には帰れねぇ」
「別に頼んでねぇよ」
即答したらあいつが笑った。
「そうだよ別に頼んでねぇよ」
なんでだ誰だと突っ込まれることを期待していたらしい山内が凍りつく。
可哀想な山内。嬉しそうに便乗するの、やめろよな。
山内が駅から遠ざかるのを見送って、あいつがいじってた定期をポケットにしまった。
「今日はチキンだよな」
「だな」
まるで決まっていたかのような会話。
原因不明に思えた胸のつかえはもしかしたらあの友人の存在だったのかなんて疑問を見ない振りで胸に仕舞い込んだら、冷たい空気と一緒にジングルベルが素直に流れ込んできた。やっと街の構成員になれた気分だ。
迷わず駅裏のチキン専門のファーストフード店に向かう。マックのクーポンをひたすら愛用している俺らにとってそこはいつもよりほんの少し贅沢を出来る場所。
背筋を伸ばす気分で辿り着いたそこはだけど、思いつきで立ち寄った俺らをあざ笑うかのような混雑具合だった。水を差された、なんて感じたかどうかは知らないが怒りすら覚えた様子の相棒は思い切り舌打ちをして浮かれた客たちに背を向ける。
「ラーメン食いに行こうぜ」
「…結局そこかよ」
結局、そういうことだよな。
行きつけのラーメン屋はいつもに増して冴えない男の一人客が多く、いつも並んで座るカウンターは埋まっているから狭いテーブル席に通される。
いつもの店、考えることもなくいつものメニュー。だけどいつも通りじゃないことは思いがけないところにあった。
真向かいにあいつがいる。後から無理に設置したような小さなテーブルはマックのそれほどふたりの間に距離を作ってはくれない。
きっかり5分、いつものタイミングで運ばれてきたラーメンのスープをひとくち啜ったあいつが、うめぇ、と大袈裟に言った。
つむじを見つめながら考える。同じように食い始めたら前髪が触れ合うんじゃないだろうか。その瞬間を想像しながら箸を割れずにいる俺。
「あーやっぱうまいな。…いいじゃねぇか別に、いつも通りで」
貪るように食いながらほとんどひとりごとのように。別に俺に聞かせたかったわけじゃないとは思うけど。
「いつも通りじゃねぇだろ」
そう返したらあいつが顔を上げる。たぶんあいつにとっては予想以上の至近距離で目が合う。驚いた顔で瞬きをしたのと俺の心臓が撥ねたのとは同じタイミングだったかもしれない。
目の前の奴が妙なことを考え始める前に、今度は自分のどんぶりに視線を落とした。
「チャーシューが一枚多い」
「え、マジ?」
そう言って、箸で分厚いチャーシューをめくる。艶やかに油を乗せたそれがもう一枚顔を出した。
「うわ、マジだ。やるなオヤジ。あ、これってもしかして鶏肉?」
「アホか、チャーシューなんだから豚だろ」
「あぁ…そっか」
「バカだろおまえ」
「うるせぇよ」
いつも通りの会話を交わしながら思うことは。
俺がいてこいつがいてラーメンを食う。それでいい。
いつも通り、俺たちはふたりでいる。
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