雨の日

 部活を終えると外は大雨だった。


 驚きはしない。天気予報は昨日から午後の降水確率は80パーセントだと言っていた。だから驚くべきなのは、傘を持ってこなかったと平然と零している俺の相棒に対してだ。

「適当にパクって来る」

 そう言い残して各学年の傘立てを見に行って数分後に戻ってきて、自分のことは棚に上げてまともな傘が残っていないことに腹を立てていた。

 仕方なく、そう、本当に仕方なく、俺の狭いビニ傘の中ふたりで肩を寄せ合い帰る羽目になった。

 鬱陶しいほどの雨の中、溜息を吐きつつ傘を広げる。途端に隣から傘を奪われた。並んで歩き出すのを一瞬躊躇したけど付いて行かなければずぶ濡れになる。

 なんとなく釈然としない。こういう場合、背の高い方が傘を持つもんだってそれは当然のことだと思うけど。思うけどさ。けど何なんだ?

 雨音がうるさくて思考は上手くまとまらなかった。




「な、バンプのアルバム聴こうぜ」

 歩き出してすぐ、奴が言い出した。カバンから愛用のプレーヤーを取り出しながら考える。

 聴こうぜって誘うからには一緒に聴こうってことだよな?

 上手い方法を思いつく前に奴の手が伸びてきた。片側のイヤホンだけを俺の手から取り上げそれを自分の右耳に捻じ込みながら、5曲目がいいらしいぜと俺に促がす。

 意図を汲んで、手に残ったもうひとつのイヤホンを左耳に付けてプレーヤーを操作した。

 気が紛れると思ったのに片耳だけで聴く音楽はいまいちで、しかも傘を叩く雨音がうるさくて歌詞も聞き取れない。会話も無くなって自然に意識は身体の左半分に集中する。




 殆ど密着している肩に感じる体温。近づき過ぎだと感じるのは錯覚だろうか。もう少し離れろと言ったら濡れるだろと平然と言うんだろうか。




 いつもの道のりがやけに長く感じた。屋根のある駅のロータリーに着いたら何故かほっとしてまた溜息をついた。奴が傘を畳みながら俺に手渡す。

「サンキュ」

「あぁ」

 視線を上げて、目を見張った。奴は傘を差していたとは思えないぐらい頭からびしょ濡れだった。俺はと言えば触れてなかった右側の袖がほんの少し湿っているだけだと言うのに。

 驚いた俺ににやりと笑いかけ、外したイヤホンを俺の右耳に突っ込んできた。両耳を通すと思いがけず大音量が流れ込みまたも思考を打ち砕く。面食らってる間に奴は電工掲示を見上げ、やべ、電車来る、と改札の中に駆け出していく。

 待て、と言おうとして。

 ―――振り向かれたとして言うべきことなんて何もないだろ?





 そして俺たちは今日も相変わらず、何も変わらず、動き出す電車の中と外で互いに向かって手を挙げる。

(じゃあな)

(また明日な)

 届かない声は、きっとそれだけだ。




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