時間調整
まやの
時間調整
『時間調整の為、3分ほど停車いたします』
早口のアナウンスに思わず床を蹴った振動が駆け巡って苛立ちが全身に分散される。ドア横の僅かな壁に乱暴に寄りかかった。定位置とは反対側。向かいのホームには背を向ける位置。
すぐに動き出してしまえば景色と一緒にこの感情すら流れて行ったに違いないのに、タイミングってやつが3分間の猶予を俺に与えた。
だから思い出す。
霞がかった春、ぼんやりと車窓を流れる景色を見てるだけだった。雨に煙る6月、いつの間にか見つけていた。向かいのホームのいつも同じ場所で下り電車を待つあいつが携帯をいじる姿、俯いた頭のてっぺん。
期末テストが跳ねた夏、動き出した電車の中から初めて目が合ったときは驚いた。目が合ったことにじゃない。それで自分の心臓が反応したことにだ。
その正体が何なのか、怖いもの見たさで次の日もそこを見つめた。そしたらあいつは、待っていたようににやりと笑って俺に向かって片手を上げた。それはその日からそのまま習慣になった。
残り2分
部活が同じだから一緒に帰る。方向が違うから階段下で別れる。それだけだ。
口を開けばオンナ欲しいだのこんな地味な青春は嫌だのと愚痴りあう。そういう仲だ。
それで2年目の秋。
「告られたんだけどさ、オマエ置いてくの可哀相だから断っといた」
あんな言葉、鼻で笑って飛ばしておけばよかったんだ。
むきになって突っかかって。馬鹿にすんな、なんて息巻いて。それでお互い気分悪くしてりゃ世話ないよな。
残り1分
定位置を取られるのが落ち着かなくてなんとなくそこに移動した。ここからはまだ見えない。
もしあいつがこっちを見てなかったら、すかさずメールを送ってやろう。
『シカトしてんじゃねぇよ、ガキ』
それぐらいの文句を言う筋合いは多分、ある。
通り過ぎたら間髪入れずに送らないと間が悪いから、文字を打ち込んで準備をしておく。その手の中で小さな端末がブブっと震えて着信を知らせる。
『腹減った マック行くべ』
残り15秒。発車のベルが鳴る。
勢いをつけて壁から背中を引き剥がした。
分かれ道の階段の下で、俺たちはもう一度ふたりになる。
迎える冬は、そのままで。
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