祝勝会

 街に戻ってきての祝勝会。

 やっと自分の名前を手に入れた、僕は望まれない子ではなかった。

 しかし、それならなぜ僕はここに来てしまったのか?

 ここは救済場所と言われていたのに、愛されていたのであればここに来る事は無いはずだ。

 ユキとサリナが二人で楽しそうに話している中、どうしてもそれを考えてしまう。

「マスター、そんな難しい顔をしてどうしたのですか?」

 ふと顔を上げると、ユキもサリナも心配そうな顔をしてこちらを見つめていた。

 どうやら相当難しい顔をしていたようだ。

「ごめんごめん、何でもないよ」

「そうですか?それなら良いのですが」

「せっかくの祝勝会だニャー、マスターも楽しまないと損だニャ」

 確かにユキの言う通りだよな、せっかく記憶を取り戻したんだからもっと喜ぶべきだよな。

「もしかしてマスター、優人と呼んで欲しいのですか?」

「はぁ!?」

 予想の斜め上の質問が来た。

「これは失礼致しました。せっかくの素敵なお名前ですもんね、以後優人マスターとお呼びしますね」

「待って待って!そんな事で悩んでたわけじゃないから!」

 するとユキが何かに気がついたようにこちらを見つめてきた。

「ゆ、ゆうと♡」

 甘い声でユキが僕の名前を呼ぶ。

「これでどうだニャ?」

「グハッ!」

 これはボスの一撃よりも重いぞ。

「マスターどうしたんだニャ?」

「ユキ様の言葉におそらくマスターは萌えましたね」

 そこ、冷静な分析やめてくれ。

「もしかして、マスターは私にも優人と呼べと言うのですか?」

 少し想像してみたが、恥ずかしい上にドキッとしてしまいそうだな。

「ゆ、ゆうとマスター、大好きです」

「ふぁっ!?」

 ほんとにドキッとしたぞ。

「いかがでしたかマスター?満足いただけました?」

 ほんとに心臓に悪いからやめて欲しいよ。

 思春期真っ盛りの男の心を弄ばないでくれ。


「今日は少しはしゃぎすぎたかな」

 闇が街を覆い尽くして、動くものがほとんどなくなった時間。

 そんな真夜中にも関わらず、僕は寝れないでいた。

 二人はこれまでの疲れもあったのか、気持ち良さそうに眠っている。

「夜風にあたれば寝れるかな?」

 そう思い宿から外に出る。

 人々が休む真夜中、いつも賑わってる街中も、商店も、武器屋もすべてが眠っている。

 人の活動が無い時間は、世界が変わったかのように静かであった。

 聞こえるのは名前も知らない虫達の声。

「優人か…」

 親や周囲の人が、様々な思いや願いを込めて付けてくれた【優人】の名前。

「素晴らしい名前だよな」

 自分に向けての言葉。

 しかし、腑に落ちない事がある。なぜ僕はそんなに愛されていたのに、この世界に来てしまったのか。

 いくら考えてもその答えは出ない。

「そろそろ戻ろうかな」

 そう考えた時だった。

 いきなり目の前が真っ暗になった。

 先程までも暗かったが、それ以上の何も映さない暗闇。

「記憶を取り戻したようだな」

 この声に聞き覚えがあった。

「そこでお前は考える。なぜあんなに幸せだったのに、この世界に来てしまったのか。その答えは簡単だ、報われなかったからだよ。必要が無い、存在する意味が無い、だからここに来たのさ。少しでも報われるようにな」

 その言葉に腹が立ってきた。

「だから、お前は誰なんだよ。この前もそんな感じの意味不明な事言っておいて、報われない?意味が無い?ふざけんなよ!僕は意味を自分で見つけるために生きてるんだ!それを勝手にこんな世界に連れてこられて迷惑なんだよ!」

 闇が笑った。

「まったく威勢だけは変わらないな。確かにお前は望まれて産まれてきた子どもだ。しかし、まだお前は産まれたまでの記憶しか無いのに、なぜ幸せだと言い切れるんだ?」

「望まれて産まれてきたんだ、それだけで幸せなんだよ」

「確かに望まれて産まれるのは幸せだ。産まれるまでだがな」

 こいつは何が言いたいんだ?

「この先は自分のその目で確かめるんだな」

 そう言った途端、闇はすっかりと消え去り元の街に戻ってきていた。

「あいつは何者なんだよ」

 悩んでも仕方が無い、あいつが言ったことが真実なのか確かめないといけないな。

 でも、確かめてどうなるんだ?

 それで、何が得られるんだ?

 僕はあの闇の言葉に呑まれてしまったのかもしれない。

 不安と疑心が心に襲いかかってくる。

 俺は幸せだったのではないのか?

 考えている間に宿に到着した。

「マスター、どこに行ってたのですか?心配しましたよ」

 部屋の扉を開けるなりサリナがとても心配そうな顔でこちらを見てきた。

「ごめん、ちょっと夜風をね」

 ギュッ!

「あの、サリナさん?」

「心配しましたよ。いきなり居なくなるし、愛人にでも会いに行ってるのかと」

 サリナに抱きつかれて、女性の二つの丘が押し付けられる。

「サリナ、苦しいんだけど」

「はい?それは下の事ですか?」

「そうじゃないよ!!てか脱がそうとしないで!」

「なるほど、マスターは着たままが好きと」

 なんだか全く話が通じないな。

 でも、ありがとうサリナ。報われるとか報われないとか、そんなのどうでも良くなってきたよ。

 声に出すのは恥ずかしいから、せめて心の中だけで伝えさせてくれ。ありがとう。

「いえいえ、マスターのお力になれて私も嬉しいです♡」

「だから、心を読むなって!恥ずかしいだろ!」

 ユキは寝ていたので、部屋には楽しそうな二人の笑い声が響く。

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