自分の断片

 腕から流れる血が止まらない。

 ものすごく痛むし、痺れて思い通りに動かせない。

 僕は予測が甘かったかもしれないな。ボス戦なのに、どこか油断してたんじゃないか。

「マスター、大丈夫ですか?」

 サリナに言われて傷を見ると、全身から血の気が引いていく。

 相当深くまでえぐれてしまっている。

「ごめん、血が止まらない」

「とりあえず回復魔法で回復させます」

 サリナがそう言うと、目を閉じ何かを唱えた。

 水色のサークルが広がり、みるみる腕の傷が塞がれていく。

「ユキもそろそろ限界だニャー」

 なんとか堪えてたユキもだんだんと敵に押されてきている。

 サリナのおかげでなんとか傷は塞がったが、さっきまでのダメージが残っているのか腕が重い。

「マスター、ここで長期戦は厳しいかと」

「わかってる。サリナ雑魚の相手はもういいからボスを倒すよ」

 そう言ってる間にも、モンスターがどんどん集まってくる。

「わかりました。何をすればいいですか?」

「僕に最大の攻撃アップの魔法をかけて」

 一撃であいつを倒さないと、疲労でみんな限界だ。

 もうこのチャンスしかない。

「しかしマスター、そんな事してしまってはマスターの腕が」

「大丈夫だよ。絶対に倒すから」

「しかしマスター!」

 僕の体を気にしてサリナが止めてくれる。

 でも、そんな事を言ってたら最悪誰かが死ぬ可能性だってある。

 僕達には、継続した戦闘を続ける戦力は無い。だから、早く決着をつける事が必要だ。

「お願いサリナ、絶対に倒してくるから」

 サリナに頭を下げてお願いした。仲間が傷つくのを見たくはない。

「わかりましたマスター。でも一つだけ約束してください」

「わかった」

「絶対に無理せずに無事に帰ってきてください」

「もちろん、みんなで街に戻って温泉行こうね」

 そして僕は相手に向かった。


 ますます相手の攻撃が激しさを増してきた。

 早く決着をつけないとな。

「頼むからあと少しだけ動いてくれよ」

 血が流れ出ていた腕を撫でて、僕はサリナに合図を送った。

 この合図で相手の気を引いて、僕がその間に攻撃支援を受けて全力で倒す。

 合図を受けて、ユキが遠距離攻撃してボスの気を引いてくれた。

「さあ、これで死んでくれ」

 全力で駆け出し、ボスの頭に向けてジャンプ。

 後ろから不思議な感覚がして、サリナが魔法支援してくれたのだと理解した。

「倒れろぉぉぉぉ!!」

 ボスの頭を狙い、全力攻撃。

 そして、僕はそのまま地面に叩きつけられた。

 ボスは...

 まだ戦わないと…

 僕の意識はそこで途切れてしまった。


 どこかの建物の中、長椅子に座る一人の男。

「ここはどこですか?」

 その男に話しかけてみるが、返事は無い。聞こえなかったのかと近付いて話しかけてみる。

「あの、すいません。ここはどこですかね?」

 男は願うように手を組み、拝むように頭を下げていた。

 やはり聞こえていないようだ。

 周囲を見渡してみると、部屋みたいなのがあった。

 部屋の中に何かあるのだろうか?

 とりあえずその部屋を開けてみよう。

 ガチャガチャ

 内側から鍵がかけられている。

 諦めてもう少し辺りを捜索してみようとしたところ、先ほどの部屋の中から白い服を着た女性が出てきた。

 女性が出てきて、男が頭を上げる。

「おめでとうございますお父さん。元気な男の子ですよ」

 不安に拝むような顔の男が、とても嬉しそうな顔になった。

「ありがとうございます」

 続いて、違う女性が出てきた。

「あなた見て、私たちの愛の結晶よ」

「あぁ、よく見えるよ。世界で一番かわいいよ」

 何のことだかわからない。

 しかし、男は涙を流して喜んでいる。

「そうだ、俺この子の名前を決めたんだ」

 また嬉しそうに話している。

「あの、ここはどこですか?」

 白い服の女性、子供を抱えた女性、嬉しそうな男の全員に聞こえるように尋ねてみた。しかし、僕がさも居ないかのように無視である。

「この子の名前は【優人】優しく周りの人から慕われて欲しいとの願いを込めて、ゆうとにしたんだ。どうかな?」

 子供を抱えた女性に、それは嬉しそうに聞いた。

「あら、素敵じゃない。これからよろしくね優人」

 僕は子供の顔を見たくて、のぞき込んだ。

 その子供は僕の顔をしていた。


「...ター」

「...スター」

「マスター!」

 はっ!

「良かった。目が覚めたようですねマスター」

 僕はいったい?何が起きてたんだ?

「マスターがボスを倒したのですが、その時に相手に吹き飛ばされたのです」

 なるほど、だから意識を失っていたのか。

 えっ、ならさっき見ていた夢みたいなのは僕の過去?

「なあ、ユキは記憶が戻ったか?」

「少しだけ戻ってきたニャー。でも詳しい事まではわからなかったニャ」

 記憶が戻ってもその語尾なのか。

「マスターは戻ったのかニャ?」

「少しだけね」

 僕は、ちゃんと両親の愛を受けて産まれたんだ。

 嬉しいことではあったが、なんで僕がここに来たのかわからない。

 ここは救済場所みたいな事を言われた気がするし。

「マスターは名前を思い出せましたか?」

「しっかりと思い出せたよ」

「教えて欲しいニャー」

 二人に聞かれる。

「ゆうとだってさ。優しい人と書いて優人」

「素敵な名前ですねマスター」

「マスター良い名前ですニャ」

 あれ?

「名前がわかっても結局マスターなの?」

「私にとって、マスターがどんな人でもマスターに変わりありませんから」

 嬉しいような悲しいような、なんだか複雑だよ。

「マスターはマスターだニャ」

 僕は僕か、それは嬉しいな。

「みんな怪我はない?」

「大丈夫だニャー」

 良かった、みんなで無事に帰れることが何よりも嬉しい。

「今日は街に戻ってゆっくり休もうか」

「やったニャー!早く街に戻るニャー!」

 ユキが先に歩いて行く。少し遅れるように、僕とサリナが歩き出す。

「とっても格好良かったですよ、優人マスター」

 その言葉は、少し恥ずかしくでも凄く嬉しかった。

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