宿屋にて

 サイクロプスを倒してから、再びフェルミスの町に戻ってきた。

 しかし、僕達は店の人に思いっきりパンチをかましているので、あまり居たくない町なのだが仕方が無い。

 あのまま草原にいると、確実にモンスターに囲まれてやられてしまっていただろう。

 お詫びも含め、あの店に行くことにしてみた。

「すいません」

「はい、いらっしゃい。お兄さん今日は何をお探しで?」

「いえ、僕達はさっきのお詫びに…」

「お詫び?兄ちゃん誰かと間違えてるんじゃないですか?」

「えっ!?」

「まあ、俺は特に何かされたわけでもないし、気にすんな兄ちゃん」

 どういう事だ?

 僕はこのオッサンを少し前に確実に殴った。

 てか吹っ飛ばしたのに、オッサンはそんな事無かったかのように振舞ってくる。

「なあ、ユキ、サリナどういう事かわかるか?」

「ユキはさっぱりわからないですニャー」

「マスター、この世界のモブ達には記憶と言う概念がございません。ここの者達は、全て同じ法則で行動します。」

「えっ、でもユキはそんなこと無さそうなんだが?」

「ユキさんはマスターと同じで、記憶を失った状態です」

「でも、名前とかわかってるようだし、なんか獣耳あるよ?」

 僕は記憶を奪われ、名前すら覚えていない。

 それなのに、ユキは名前を覚えていたし、野良で生きていた。

 これはどういう事なんだ?

「ユキさんは、数体の紅いオーラを纏ったモンスターを倒されたのだと思います。そのため、少しだけ自分に対する記憶があるのだと思います」

「それは、わかった。しかし、ユキにサリナみたいな天使がついていないのはなぜなんだ?」

「それは、恐らくユキさん自身が私達を拒んだのだと思います。私達を拒むと、私達に関する記憶は無くなります」

 とりあえずユキがNPCでは無いことがわかった。

「紅いオーラのモンスターを倒すと、二人の記憶が戻ってくるのか?」

「パーティーで行動していたら、全ての人に記憶が戻ります」

 どうやら、二人で行動していると、二人の記憶が戻るらしい。

 それなら、僕は僕自身の記憶とユキの記憶を取り戻すために冒険をするのか。

「それで、ユキの獣耳は何であるんだ?」

「この世界に来る際に、ランダムでこの世界の種族が選ばれます。マスターは偶然人間でしたが、それ以外にも、ユキさんのようなビースト、ゴブリン等色々とございます。人間以外は、なれる人が少なくレアな種族です。そして、人間には与えられない特殊能力もあります」

 そうなのか。ユキも元々ここに連れてこられて、記憶を奪われたのか。

「ユキ難しい話は分からないニャー。そろそろ暗くなってきたし、寝る場所を探した方がいいニャー」

 ユキに言われて気が付いたが、もう日が落ちてきていた。

「サリナ、ここら辺にみんなで泊まれる宿はあるか?」

「はい、マスター。こちらにございます」

 僕達はサリナに連れられ、宿屋に入った。


「ユキお風呂に入りたいニャー!」

 宿屋に入って一息ついた時、突然にユキが風呂に入りたいと言い出した。

 サリナが紹介してくれたこの宿屋には、立派な露天風呂があるらしい。

 どうやら、その露天風呂に入りたいみたいだ。

「そうだね、行ってきていいよ」

「マスターは、一緒に行かないニャー?」

 ユキは満面の笑みで聞いてきた。

「まて、なんで僕がマスターなんだ?」

「だってサリナが、マスターって呼んでたニャー」

 確かに、マスターと呼ばれてるし、自分の名前も分からないが、マスターはなんかしっくりこない。

「マスター、一緒に行こうニャ」

 行かないよ。行ったら犯罪だよ。

 どう見たって幼女のユキと風呂とかダメだろ。

 でも、僕が保護者ってことでなら……

 やめておこう。

 なんとか、理性が勝ったみたいだ。

 良かったこんな所で犯罪を犯したらアウトだからな。

「マスター、難しい顔をして考え事ですか?」

 僕が頭の中で格闘してると、サリナがこちらの顔を覗き込んできた。

「いや、人として頑張ってたんだ」

「はい??」

「そんな事よりも、ユキと露天風呂に行ってやってくれ」

「かしこまりました。マスター。」

 そう言えば、天使って風呂に入るのか?

「私たちもお風呂は好きですよ。」

 だから心を読むなよ!

「マスター」

「なんだ?」

「覗かないでくださいね///」

「覗かねーよ!!」

 二人が着替えを持って部屋を出ていった。

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