Criminal Side
私の両親は私が中学に上がる年に離婚した。
正確な理由はわからない。子供心に、物静かで不器用な父とおしゃべりで世渡り上手な母とは、あまり相性が良くなさそうだとは思っていたが。
私自身は尊敬する父についていきたかったのだけれど、他ならぬ父から「母さんと暮らせ。その方がきっと幸せになれるから」と言われ、その通りにしようと決めた。そのことを母に告げると「当たり前じゃない」と言われた。
母は私が中学三年になって間もなく、会社の同僚と再婚した。その人が猫なで声で「文香ちゃんのお父さんになっても良いかな?」と話しかけた時、私の隣で母は「やっぱり家族っていうのは、お父さんとお母さんが二人とも揃っているのが普通だと思うのよね」と囁いたのだった。
そして私は母とともに義父の家で暮らすことになった。
義父は、私と母に絶えず愛情を注いでくれた。私に対しては押しつけにならないよう注意を払いながらの控えめな愛情を。母に対しては娘の私が気恥ずかしくなってしまうようなてらいの無い愛情を。
中学時代の友人に「文香の家って、お父さんは優しいしお母さんも美人だし、ほんと理想的な家族って感じだよね」と言われたことがあるけれど、あながち誇張表現ではないなと、その時はそう思った。もしかしたら、今もそう思っているのかも知れない。
しかし私はいつの頃からか気づいていた。母が義父と関係を持ち始めたのは、父と離婚するよりもずっと前だということに。もっと早く気づいていれば良かった。もっと早く気づいていれば、あの不器用過ぎる父を守ってやることができたのに――。
離婚に際して父は、財産のほとんどを母に譲り、さらに娘の私までも手放した。そして、母が再婚した後も私の養育費を彼女に支払い続けている。
「今度の日曜日に、三人でイタメシでも食べに行かないか?」
「良いわねー。文香、アンタ手帳に書いておきなさいよ」
義父の平凡な愛が、母の当たり前の愛が、生きることに不器用すぎる父親から何もかもを奪い、なおまだ奪い続けている。
二人に養われている私もまた、略奪者に他ならなかった。
母の再婚から間もなく、学習塾の帰りに桜ヶ池公園に寄り道するのが習慣になった。父と暮らした家が桜ヶ池公園のすぐ近くにあり、よく父と一緒に散歩をしたのだ。
六月のある夜――私がいつもと同じようにベンチに腰掛けて、桜ヶ池の水面を見つめていると、近くで何匹かの猫がギャーギャーとわめき始めた。
発情期なのだろうと思い、無視していたが、突如一匹の猫が走り寄ってきて、私の脛に突進してきた。
「フギャー!」
したたかに頭を打ち付けた猫は、いきり立って私に爪を立てようとする。月明かりに照らされたその顔は、何故だか母のそれとよく似ているようだった。
気づくと私は一人きり公園内に立ち尽くしていた。足下には、母とは似ても似つかない顔をした猫の死体――。
それから私は、何匹もの猫を殺害した。生きている時は母とよく似ているのに、殺してしまうと、まるで違う顔立ちになってしまう。だから、何匹も殺さなくてはならなかった。
だが、狂乱の日々にも終わりは来る。
何者かが私に便乗して、人を殺めたのだ。
満田寿――私は彼女がどんな人間なのかを知らない。知らないけれど、彼女もまた私に略奪された人間の一人だということは確かだった。
それから私は私に便乗して満田寿を殺めた人物の正体を探ることにした。そのために父の手帳を盗み見ることすらした。もっとも未成年にやれることは自ずと限りがある。数学教師の福屋が犯人だと当たりを付けた時にはもう、私は高校三年生になっていた。
私は福屋と――何よりも、自分への罰を与えることにした。それが今回の計画の出発点であり、終着点だった。
「あなたは、あの事件について警察が知りえない情報を持っていた。そう。連続殺猫事件の犯人――首飾り売りのモデルは、あなただったんです」
敷島の指摘に、私はこくりとうなずき返した。
「それで、私はどうすれば良い? 外に警察はいるのか? それとも、君一人で自首を勧めに来たのかな?」
「そのどちらでもありません」
敷島はそう言って、一歩ベッドに近づいた。
「あなたは福屋と自分を罰する――ただそれだけのために文化祭を利用した。俺の友人もあなたの計画に巻き込まれて、ひどく傷つくことになった。あなたは最低な生徒会長だ」
三白眼から放たれる殺気にも似た視線が、私の顔を捉える。
「俺はあなたを許さない。だから、警察に差し出すこともしないし、自首を勧めることもしない」
「わからないな。どういうことかな?」
「あなたは最低な生徒会長だ。しかし、あなたのことを尊敬してやまない人間もいる。あなたはそういう人間のために、今後も本性を隠し、尊敬に値する名取文香という虚像を演じ続けていかなければならない。それが、俺があなたに与える罰だ」
「それでは何もしないのと同じなのでは?」
「――警察も馬鹿じゃない。いつかあなたの罪に気づくことがあるかも知れない。その時まではせいぜいふんぞり返っていてください。隣に誰もいない、ひとりぼっちの玉座で」
敷島は私に背を向けて歩き出した。
「もう行くのか」
「ええ。話すべきは話しましたので」
そう言い残して、敷島は部屋を出て行った。
急に寒くなったような気がして、背筋を震わせる。
誰もいない部屋では、否応なしに、自分の実像と向かうことになる。
浅はかで卑怯で醜いただの十八歳。自分本位な贖罪のために、自分を慕ってくれる人々を利用して心を痛めることのない、最低な生徒会長――。
誰もそんな私を知らない。敷島の言うとおりだ。私はひとりぼっちの玉座に座る裸の王だった。
なるほど。これが敷島哲の罰か。私はこんなにも寒々しいところで、これからもふんぞり返っていなければならないのか――。
私は涙が出そうになるのをこらえて、天井を見上げる。たとえ誰もいなくとも、弱音を吐くわけにはいかない。それだけが、裸の王の最後の矜持だと思った。
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