◆二月

 先週降った大雪がまだそこかしこに残っている二月の中旬。強い寒気が居座って、寒い日が続いていた。

 三学期になると三年生は本格的な受験シーズンに突入して学校へ来なくなる。校舎中はほんの少しだけ静けさを増していた。

 私は教室へ顔を出すようになった。図書室にいたのは教室にいたくなかったからだけではなかったのだけれど、だからといって教室にいるのが苦痛ではないというわけでもなかった。

 図書室の一件は広く知られるところとなっていた。あの事件も図書室の呪いだと噂されている。だから私が教室に入るときにクラスの子たちから浴びる視線もかなり異様なものとなっていた。

 いまでは放課後だけ図書室へ行っている。図書委員なのだから問題はあるまい。

 図書室に入ると、準備室の扉が開けられている。話し声が聞こえないので先生一人かなと思ったら、西田さんが一人だけソファに座って本を読んでいた。こんにちは、と挨拶を交わして、いつもの椅子に座る。

 「去年の終業式の日以来ですね」

 「元気にしてた?」

 「ええ、まあ……」

 西田さんが本を鞄にしまう。

 「三年生なのに、学校来てるんですね。いえ、あの…… そういう意味ではなくて……」

 「うん、受験の報告とかあるからね」

 「そういえば、受験生だったんですよね。放課後は毎日図書室に来てましたけど、受験生だったんですよね」

 それを聞いて西田さんがあはは、と笑う。

 「推薦で行くつもりだったんだけどね」

 「じゃあもう決まったんですか?」

 「いや…… 十二月のアレで……」

 「あ……」

 私は言葉を続けられず、ただすみませんとだけ言った。

 「謝らないで…… あれは俺も悪かったから……」

 沈黙。

 耐え切れず私は思い切って口を開いた。

 「どうしてあの日、あんなに死にたがったんですか……?」

 深くうなずくと西田さんはソファにもたれかかった。

 「前に話したと思うんだけど、俺の幼なじみが二年生のときに死んだんだ。あれは俺のせいだった……」

 私は黙って話を聞く。

 「あの日、俺の誕生日だったんだ。環が俺の誕生日を祝うって、張り切っててね…… 環、学校出るなり俺の腕にしがみついて歩くんだ。俺をどこかへ連れて行きたいって感じだった。環は昔から俺に対して距離感が近かったんだけど、実は俺ちょっと嫌だったんだよね…… 誕生日を祝ってくれるっていうのは、嬉しかったんだけど…… でもあんまり近くにいるもんだから周りにからかわれたりしてさ。環はそういうのあまり気にしないタイプだったみたいなんだけど…… それで、環がしがみつくのを振りほどいて、逃げるように走り出したんだ。それがちょうど通りを渡るところだった。環が俺の後を追って、そこにトラックが突入してきて……」

 西田さんが深く息を吐く。

 「環は俺のせいで死んだ…… 三年生に上がるのもむなしかった。環を死なせて、俺一人三年生になってどうするんだって……」

 「それで襟章を……」

 西田さんがうなずく。

 「図書委員には佐藤先生から直接声をかけられたんだ。二年生のとき環も図書委員やってたし。まあ何より、死ぬって噂があったからね…… ひょっとしたら俺も環のところに行かれるかもって、ちょっと期待してた……」

 「図書室で誰も死なせやしないよ」背後から声がする。

 振り向くと準備室の入り口に佐藤先生が立っていた。

 「僕は西田を死なせるつもりで図書室に呼んだわけじゃないんだ。結果こういうことになっちゃったけどね…… でも誰も死んでない。それで十分だ」

 「先生は図書室の噂、けっこう本気にしてたんですね」と私が言う。

 「本気にしてたっていうか、噂そのものを消したかった、って感じかな。噂している人たちに、図書室は呪われてなんかないぞって、見せつけたかったんだ」

 「刺されたのも呪いのせいになってますけどね」

 「こうして三人が元気になってくれれば、それでいいんだよ。まあできれば痛い思いはしたくなかったけどね」

 そう言って先生はあはは、と笑った。

 「去年のあれ以来一人でいた西田と、入院して戻ってきた山本の二人が、図書室を自分の居場所だと思ってくれたらいいなって、思ってた」

 「私はずっとそう思ってましたよ」

 「それは分かってる。でもいつも僕と二人だっただろう? いや、山本と二人でいるのが嫌ってわけじゃないんだ。でもね、二人きりっていうのは、どうしても閉鎖的な関係になっちゃうからね…… それは二人にとってあまりいいことじゃないって、僕は思う。だから三人目が必要だと思ってたんだ」

 「そんなこと考えてたんですか」

 「もっと早くに教えてあげればよかったかな……」

 「そうですよ…… 私本気で避けられてるって思ってましたから……」

 そう言って頬を膨らませてみせる。

 「ごめんな」

 いいんです、と言って私は笑った。


 *


 それから西田さんが受験の報告をした。推薦入試はだめだったが、都内の私立の大学へなんとか合格できたとのことだった。哲学科へ進学するのだという。ここでいろいろ読んで興味を抱いたんだそうだ。

 私はその話に続けて自分の話を切り出す。最近読み始めた本の話をしようと思っていた。鞄から本を取り出して佐藤先生に見せる。

 「『方法序説』か。哲学は苦手だって言ってたのに」

 「自分を変えたいって思ったんです」

 先生の笑顔が少し嬉しそうに見えて私も嬉しくなる。やっぱり哲学はまだよく分からないけれど、でももっと読んでみれば何か分かるようになるかもしれない。それに……

 そんなことを考えていたとき、本からはらりと何かが落ちた。私はかがんでそれを拾い上げてデスクの上に置く。それを見ていた先生と西田さんが、同時に「あっ」と口を開いて互いに顔を見合わせた。

 それは四葉のクローバーを押し葉にした栞だった。

 「西田、これ知ってるのか……?」

 西田さんはうなずいて「環が持ってた……」と言う。

 先生が栞を手に取ってひっくり返す。裏面にyuriと書かれている。

 西田さんと先生が私に振り返る。

 「どうして山本がこれを……?」

 先生のまなざしが私をまっすぐ射抜いていた。私は少したじろぐ。

 「あの、前に図書室で拾ったんです…… 入院、する前に……」

 私が入院する直前の九月、夏休みが明けて二学期が始まってすぐのころだったと思う。図書委員の仕事を終えて、帰る前に図書室の中を見回りしていたとき、本棚の間にそれは落ちていたのだ。ふだんなら落し物は専用の箱に入れて管理しておくのだけれど、その日私はそれを持って帰った。その日図書室に来ていたのは女子生徒が一人で、彼女の名前は知らなかったけれど、二学期になってからときどき図書室に来ていて顔は覚えていたから、彼女に直接返してあげようと思ったのだった。でも返すことはできなかった。私が倒れて入院してしまったのがその翌日だったから。以来栞は私の手元にある。

 「そういえば環、失くしたって言ってました」

 先生は栞を手に持ったままじっとそれを見つめている。何かを見通すような、悲しそうな瞳だった。

 「あの、先生、どうしたんですか……?」

 私が声をかけると、先生は黙ったまま足元に置いてあった鞄に手を入れ、革表紙の手帳を取り出して開いた。そこには一枚の写真が入っていた。私の心臓がどきりと鼓動する。

 写真の中でセーラー服を着た少女がこちらを向いて笑顔を向けている。少女の手には四葉のクローバーの栞。……

 「この子…… 藤田悠里は、僕の…… 同級生だった。僕たちが高校三年生の冬に、死んだんだ。自殺だった……」

 私は息を呑んだ。先生の言った「同級生」という言葉にためらいが感じられたからだった。ただの同級生なら、写真を今でも大事に取っておくなんてことをするだろうか。先生との間で、いったい何があったんだろう。

 「どうして、死んでしまったんですか……?」

 先生は黙って首を横に振る。

 「分からないんだ……」

 ふうと息を吐いて先生はまた話し出す。

 「警察の事情聴取を僕も受けた。けれど何も心あたりなんてなかった。警察はほとんど何も教えてくれなかったよ。特に遺書はなかったということだけ…… お母さんは何か知ってるみたいだったけど、僕には話してくれなかった……」

 先生はずっと窓の外の遠くを見つめていた。私の目の前にいるのに、話している先生はもっとずっと遠くにいるような気がして、私は胸が痛かった。

 ああそうだ、と言って先生がこちらに振り返る。

 「悠里はね、図書委員だった。悠里が図書委員だったから、僕も図書委員だった。だからかもしれないね、噂が生まれたのは。もう十年も前だけど…… いや、十年もあいだがあけばこそ、かな……」

 先生が話しているあいだ、じっと写真を見つめていた西田さんが口を開く。

 「先生、俺、この写真見たことあります……」

 「えっ……?」

 先生が素早く西田さんの方へ向き直る。

 「いったいどこで……?」

 「家の近所に閉鎖された団地があるんですが、そこで…… 団地が閉鎖された後、環と何度か侵入したことがあるんですよ」

 「でも閉鎖されたって……」

 「部屋がまるまる残ってたんです」

 それを聞いた先生が驚きの声を上げる。

 「それって、いつの話?」

 「一年のときなんで、一昨年です」

 「そうか……」

 先生は深く息を吐いて椅子の背もたれにもたれかかった。口元に手をあてて何かを考えている。

 「先生……」

 「どうした? 山本」

 「行ってみましょうよ……」

 私はほとんど無意識のうちにそう言っていた。先生と西田さんが「えっ」と声を上げる。

 「行って、確かめてみましょうよ……」

 「いや、でも、西田が行ったのは一昨年なんだろう……?」

 西田さんがうなずく。

 「私、悠里さんのこともっと知りたいです。先生も、行ってみたいんじゃないですか……?」

 「それは、そうだけど…… 一昨年の話じゃ、おそらくもう……」

 「だめですよ! 行かないで諦めるより、行ってだめだったときに諦めましょうよ!」

 私は声を張り上げる。いったいどうしてこんなに熱がこもるのだろう、私にも分からなかった。

 私は立ち上がって身支度を始める。

 「先生も、西田さんも……!」

 そう言うと二人は戸惑いを見せつつもうなずいた。


 *


 学校を出たとき夕暮れに染まっていた空は、駅を過ぎるころには真っ暗になっていた。二月になってだいぶ日が伸びてきたとはいえ、五時半頃には日が沈んでしまう。

 駅を過ぎて歩くこと十分ほどで私たちは団地に到着した。四階建ての鉄筋コンクリートが暗闇の中にいくつも並んでいる。

 「確かに封鎖されているね」

 先生が団地を見上げながらそうつぶやいた。建物のどのベランダにも洗濯物はなく、明かりもついていない。加えて一階のベランダ部分はベニヤで封じられていた。

 この団地に、私は懐かしさを覚えていた。小学校低学年まで私は団地で暮らしていたのだけれど、それはひょっとしてここだったのではないか。道沿いに建てられているフェンスも、今はベニヤで封鎖されている入り口にも、どこか見覚えがあった。

 ここから入るんです、と言って西田さんが示したのは、フェンスとフェンスの間にできた隙間だった。西田さんが石塀に上ってその隙間を難なく通り抜ける。その後先生が通り抜け、私が続いた。

 西田さんの案内で三号棟を目指す。大きく算用数字で「3」と書かれた建物が見えてくる。三号棟と四号棟の間が小さな公園になっていて、ブランコや滑り台が置かれていた。ここで確かに遊んだ記憶がある。この光景におそらく間違いない。

 「私昔ここに住んでたかも……」

 私は独り言のように言った。

 「小学校の三年生に上がるときに今住んでるところに引っ越しちゃったんだけど」

 「山本さんも?」

 西田さんが応える。

 「俺と環、中学に上がるまでここに住んでたんだ」

 「そうだったんですか」

 「っていうことは山本さん、当時小学校一緒だったんじゃない? ひょっとして二年二組、片桐先生?」

 クラスまでは覚えていないけれど、先生の名前に聞き覚えがあった。

 「そう、だったかもしれないです。あんまりよく覚えてないですけど…… っていうか、なんで知ってるんですか?」

 「俺、一組の倉地先生だったんだ」

 「えっ……?」

 「俺とおんなじ歳でしょ」

 「山本さん、案外学校の中で有名なんだよ」

 と話を聞いていた先生が言う。なだか恥ずかしい。

 「ぜんぜん自覚してませんでした」

 「そうだと思ったよ。ほかの人に興味なさそうだったから。俺、山本さんの名前に見覚えがあるなと思ってたんだけど、小学校一緒だったからなのかもね」

 それを聞いて私も思い出す。浜島環の名に覚えがある気がしたのもそのせいだったのかもしれない。

 そんなことを話しているうちにベニヤで封鎖された三号棟の入り口に到着する。封鎖しているベニヤは扉になっていて、番号式の錠で施錠されていた。

 西田さんが錠を手に取って数字を合わせていく。

 「番号、知ってるんですか?」

 「いや、実はよく知らないんだ」

 西田さんはかちゃかちゃと錠を回しながら答える。

 「でも環は知ってた」

 「教えてもらわなかったんですか?」

 「それが、ヒントしかくれなかったんだよね……」

 数字が次々に合わせられていくが、なかなか開錠しない。

 「ヒントって……?」

 「確か、環の大事な人の数字だとか、変なこと言ってたかな……」

 大事な人の数字……?

 「それって、誕生日とか?」

 西田さんはうーん、とうなる。

 「環の誕生日はもう試したんだけどな……」

 「あ、いえ、西田さんの……」

 「俺の……?」

 「浜島さんにとって、西田さんって、大事な人だったんじゃないかな、って……」

 「え……?」

 「いや、たぶんそうなんじゃないかな」と先生が後押しした。

 西田さんは合点がいかない、という様子だった。

 「だって俺いつも環のわがままにふりまわされて、良いように使われてて……」

 「でも大事な人じゃなかったら、わざわざ夏休み中の西田さんの誕生日を祝ったりなんて……」

 西田さんはまたうなる。どうかな、と言いながら数を合わせると、鍵が開いた。

 私は西田さんと顔を見合わせる。西田さんの表情は驚きに包まれていた。

 「〇八一〇…… 俺の誕生日だった……」

 私は「やっぱりそうなんですよ」と言ったが西田さんの耳に届いただろうか。

 「ここの四階です」と西田さんがうながして私たちは後に続く。後ろにいる先生がさっきからあまり話さないのが気になっていた。

 「先生、大丈夫ですか……?」

 階段をのぼりながら話しかける。先生は「ああ」と答えただけだった。

 四階に到着する。左右の扉のうち左側の扉だという。西田さんが扉を開けて私たちを先に中にいれた。

 小声で「お邪魔します」と言って中に入るが真っ暗で何も見えない。背後から「ライトつけて」と西田さんが言う。壁をまさぐってみると電灯のスイッチがあったので押して見たが明かりは点かなかった。電気が通ってないんだななどと考えていると、後ろから明かりが差し込む。

 「携帯電話かなんかでライトつければいいんじゃない?」そう言ったのは先生だった。

 ああそうか、と思い私も携帯電話を取り出してライトを点ける。明かりで照らされて見えてきたのは、積まれた雑誌の置かれた玄関だった。

 「山本さん、廊下を進んで、すぐ左側にある部屋に入って」

 玄関を見回していたら西田さんからそう言われる。私は靴を脱いで廊下を進んだ。西田さんの言うとおり、すぐ左側に扉があった。それを開けて中に入る。窓から差し込む明かりと、携帯電話のライトに照らされて部屋の中の様子が見えた。背後で先生の息を呑む音が聞こえたような気がした。

 部屋の中は、確かに人が暮らしていたときのまま、時が止まったように保存されているようだった。窓際に机があり、その横にベッドが置かれている。

 「確か机の横です」

 私たちはライトをそこへ集中させた。2005年と記されたカレンダーの下に、コルクボードが置かれていた。写真が数枚貼られている。その中の一枚は、確かに先生が見せた写真と同じものだった。

 「十年か……」とつぶやくと、先生がライトで部屋の中を見回す。部屋の奥にはクローゼット。ベッドの向かいに本棚があり、本棚の手前の壁に制服がかけられていた。床には絨毯が敷かれていて、小さなテーブルがあった。よく見ると何かが置かれている。手に取ってみると、白い洋封筒だった。

 「『Happy Birthday りょうくん』って書いてありますね……」

 西田さんが驚きの声を上げる。

 「それ見せて……」

 西田さんに渡す。西田さんが封筒を開けると中には手紙が入っているようだった。西田さんがライトを当てながら黙って手紙を読み始める。浜島さんから西田さんへのバースデイカードだったんだろうか。

 私は西田さんの横でライトを照らしながら部屋の中を見回した。そのとき部屋の壁四方の上部が紙テープでカラフルに飾り付けされていることに気がついた。まるでパーティ会場のように。

 部屋を見回していると、昔のことが思い出されるような気がする。団地に住んでいたころ、この部屋に遊びに来たことがあったんじゃないか…… ベッドの上に置かれているクッションに、座ったことがあるような覚えがある……

 あれは確か小学二年生の九月。あのころ病気が続いた私は学校になかなか行けず家で過ごすことが多かった。夏休みが明けて、二学期になったのに学校に行けなかったのが、あの当時はやけに悲しかった。

 あの日私は、病気だったとはいえずっと家にいたから、少し体力の回復を感じると同時に退屈してもいた。部屋にいるのが嫌になって、外で一人で遊んでいた。そこでお姉さんが声をかけてくれて、連れてきてくれたのが、この部屋じゃなかったか……

 私の手を握ろうとしたのか、お姉さんは手を差し出したけれど、その手を引っ込めてしまったのがなぜか記憶に残っている。「あたし、汚いからさ……」って言って、お姉さんは何かを怖がっているかのような、悲しんでいるかのような顔をしていたのが心に刺さった。この部屋に上げてくれて、遊んでいるあいだは楽しそうにしていたと思う。あんまりよく覚えてないんだけど……

 でも、あのお姉さんが、先生の……

 私は深く息を吐いた。

 先生は椅子を壁の方に向けて腰かけていた。机の上に左肘をついて手のひらに顎を乗せている。そのまなざしは壁際のコルクボードに向かっていた。やっぱり忘れられないんだろうか。あの日聞いた話のように。いまだに写真を大切に持ち歩いているくらいなんだから、当然か……

 私は先生の元へ歩み寄る。

 「やっぱり、忘れられないんですか……?」

 薄闇の中で先生は私の顔を見上げる。私の顔を見るなり先生の目からは涙が溢れ出した。先生は何も言わずにそのままうつむいて、肩を震わせている。

 私は気がつくと先生の頭を胸に抱きしめていた。先生の震えが体に伝わる。その悲しみも、先生の思いも、記憶も、全部、共有することができればいいのに……

 そう願ったとき、先生の腕が私の背中に回った。私の体にしがみつくように。瞬間、私の心臓が強く鼓動を打ち始める。やばい、これでは私の胸の音が聞かれてしまう……

 先生が落ち着くまで私はそのままじっとしていた。下手に私から動けば、この状態が終わってしまうような気がしたから。私の背中に回った先生の腕の温もりと、私の体を強く抱き寄せるその力に包まれて、そのとき私は初めて自分の心がどこにあるのかを見つけることができたような気がした。

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