◆三月

三月一日

 今日は先輩たちの卒業式だった。先輩に知っている人はいないけれど、女子生徒の大半は涙をこらえているようだった。来年私が卒業を迎えるとき、私も泣いてしまうんだろうか。まだ卒業後の進路をどうするかも決めていないのに、卒業のことを考えるのはなんだか少しおそろしい。

 高校生活はあっという間だよ、と入学式の日に言われたことを思い出す。私は高校生活で何かを残すことができるんだろうか。



四月四日

 三年生になった。クラス替えがあって、カズくんと違うクラスになってしまって悲しい。とうとう三年間カズくんと同じクラスになることができなかった。でも図書委員になればきっとまた放課後図書室で会えるよね。私はそれで十分だ。

 新しいクラス担任は受験に燃えているらしい。私の進路はまだ決まっていない。

 放課後の学校は部活の勧誘でにぎやかだった。私は部活に入っていないから何の関係もない。一年生を見ていると、自分が一年生だったころのことを思い出す。弓道部と茶道部に体験入部したっけ。弓道部は意外と体力がいることが分かってやめて、茶道部はお菓子以外は結局興味を持てなかった。本当は正座ができなかったんだけど。



五月九日

 連休明けの月曜日。といっても、間に挟まれた金曜日はちゃんと学校があったわけだけれども。でももう夏休みまで祝日がないと思うと、少し気持ちが落ち込む。これが五月病というやつだ。

 周りの生徒たちはみんな予備校に通い始めている。部活に熱心な子はまだ部活を続けているけれど、そうじゃない子は学校が終わるとすぐに予備校へ行くんだと聞いた。予備校なんて考えたこともなかったな。もっとも、うちじゃ予備校なんて行きたいと思っても行かれないんだけど。

 みんな受験に力が入っていてすごい。私だけ取り残されているんだろうか。木戸先生は毎日ホームルームで受験の話ばっかりだし。去年の宮本先生はもっといろんなこと話してくれて楽しかったんだけどな。ニュースのこととか、読んだ本のこととか。そういう話が聞きたいのに。

 進路のことを聞いたらカズくんは哲学科に行きたいらしい。哲学って何って聞いてみたら、いま自分には意識があるけれど、死んだらそれはなくなってしまう、それってこわくない?って言われた。カズくんの話を聞いたときはよく分からなかったんだけど、これを書いているいま、ちょっと分かる気がする。夜眠る前に、今眠りに付いたら一瞬で朝なんだ、その間の自分はどうなってるんだろうって。それに似てるのかな?

 もうすぐ中間試験だから私も少しは勉強しようと思ったんだけどぜんぜん集中できなかった。それで外を散歩していたら女の子が一人でブランコに乗っていた。夜の九時ごろだったと思う。声をかけてみたら、家に帰りたくないと言うので、心配だったから私の部屋に上げてしまった。あまり喋らない子だったけど、トランプは楽しんでくれたみたい。十時ごろになると自分から家に帰って行った。

 最近お母さんの帰りが遅い。仕事が忙しいんだろうか。



六月二十日

 今年の梅雨は雨が少ない。雨が降るとローファーの中まで水が染みて靴下がびしょ濡れになるから、雨が少なくてよかった。

 といっても、雨が降れば体育のマラソンは取りやめになるから、どっちつかずだ。今日は三周も走らされてへとへとだった。放課後図書室で眠ってしまったほど。本を借りに来た生徒に起こされて、横でカズくんが笑っていた。笑うくらいなら起こしてくれればよかったのに。

 今日家に帰ったらお母さんが男の人を連れてきていた。恋人だという。恋人がいるなんて聞いてなかったんだけど。私に紹介するつもりだったのかな。でもそれならもっとちゃんとしたかたちでしてほしかったような気がする。その人は八木さんというんだそうだ。八木さんは、お母さんと同じ職場の人で、お母さんより少し若いけど、けっこう優しそうな人だと思う。けど、何か引っかかるような気がした。八木さんが帰った後でそのことをお母さんに言ったら、不機嫌になった。



七月十五日

 期末試験の返却日だった。結果は…… あまり思い出したくないのでここには書かないでおくことにする。あとで読み返す自分、覚えてるかな? 思い出さないでいいよ(たぶん)。

 次に学校へ行くのはもう終業式だけだ。うちの図書室はあまり利用する生徒がいないから、仕事はそんなにない。だいたい佐々木先生が一人でこなしてしまうし。私たちはカウンターにいて貸出と返却手続きを行って、本を本棚に戻すだけ。二学期までカズくんに会えないのかな。

 そんなことを考えていたのだけれど、今日はカズくんと寄り道をした。駅とは反対方向に歩いて、川の方まで行った。サッカーグラウンドの裏にある池のそばのお店でアイスを買って食べた。それから緑地をカズくんと散歩して、公園の芝生に寝転がってみたりもした。そのとき偶然四葉のクローバーを見つけて、カズくんが思いのほか興奮しててびっくりした。カズくんがそれを押し葉にしてくれるというので、クローバーはカズくんに預けた。

 夜はお母さんと、八木さんと三人で食事。八木さんがいろいろ私のことを気にかけてくれる。気持ちは分かるんだけど、ちょっと話しづらい。



八月十日

 環ちゃんの友達の誕生日会を私の部屋で開いた。夏休み中の誕生日じゃ、学校で祝ってもらえないもんね。よく終業式前のレクリエーションか何かで、夏休み中の誕生日の子は一斉に祝ってもらったりするけれど、やっぱり子どもにとっては誕生日その日に祝ってもらわなければ意味がないものだ。

 ケーキとかは用意できなかったけど、環ちゃんと一緒に紙テープで飾り付けも作って、ポテトチップスやジュースも用意して、環ちゃんとハッピーバースデーを歌った。私と環ちゃんはけっこう楽しかったけど、りょうくんはどうだったんだろう。あまり知らない女の子の部屋にいきなり連れて来られて緊張しちゃったかな。あまりにかわいかったから笑っちゃったんだけど、悪かったかな。

 でもりょうくんにとって思い出の誕生日になるといいな。



九月七日

 私は汚れている。どうして私だったんだろう。どうして。それとも私が目当てだったの?

 病気で学校に行けなくて落ち込んでいる女の子がいた。その子のことを慰めてあげたかったけど、私は彼女に触れることができなかった。でも「お姉ちゃんは汚くなんてないよ」って言ってくれて、それで私は泣いてしまった。部屋に入れてあげて、学校のことを聞いたりした。担任の片桐先生が授業中に歌を歌ってくれて、それが楽しいんだと言っていた。

 その子は、お話し相手になってくれてありがとうと言って帰って行ったけれど、本当は、私の方がその子に相手してもらったんだと思う。

 一人になるのがこわい。カズくん、助けてほしいよ…… でも、こんな私じゃ、カズくんに会えない。

 お母さんに帰ってきてほしいけれど、お母さんには言えない。それに最近はほとんど毎日八木さんを家に連れてくる。私は家にいたくない。環ちゃんみたいだ。でも私はどこに逃げればいい?


 *


 九月以降の数ページは根元から破り取られている。九月以降も書いていたんだろうか……

 ボクは日記を閉じると、本棚に戻した。一月にこの部屋を見つけて以来、ここへ来るのは二度目のこと。今日はここへ泊まるつもりだった。昼過ぎからここへ来て、泊まるために部屋の掃除をしようと思っていた矢先、日記を見つけて読みふけってしまったのだった。

 悠里さんの身にいったい何があったのか、書かれていることからだけでもだいたい推測はつく。あまり考えたくないことだけれども…… 悠里さんが亡くなったのは十二月。だとすれば……

 そこまで考えてボクは吐き気をもよおした。

 ボクはふと、悠里さんの日記の続きを書くことを思いついた。悠里さんの続きではなくて、ボクの日記だけれども。悠里さんの日記が九月で終わっているから、ボクの日記は十月から始めよう。

 思い立つとボクはすぐに日記に着手した。去年の十月から今月までの目立った出来事を書いてゆく。

 三月まで書き終えたところで、ボクはなんだかまだ物足りなさを感じていた。もっといろいろ書きたかったのだ。それで四月以降の未来日記を書いてみることにした。四月以降のやりたいこと、起ると嬉しいことなどを思うままに書いていく。

 今年は図書委員になって、哲学のことをもっと勉強して、両親の仲がもっとよくなればいいな。家に帰りたいと思えるようになるといいな。りょうくんともっと仲良くなりたいし……

 りょうくん最近ボクが近づくとちょっと嫌そうなんだよな…… どうすればりょうくんにもっと喜んでもらえるんだろう……

 ああ、そうだ、ボクは悠里さんの日記を思い出す。今度のりょうくんの誕生日は、ここでお祝いしよう。紙テープで壁を飾り付けて、お菓子とジュースを買って、ここでりょうくんの誕生日をお祝いしよう。ハッピーバースデーも歌おう。ボクとりょうくんの二人きりだけど、でもきっと楽しいものになるよね。

 ああ、だったらここの入り口の番号式の鍵、新しいものに替えておこう。ボクの好きな数字、ボクの大事な人の数字に。思わずついた嘘だったんだけど。それで入り口の番号をりょうくんに当ててもらうんだ。

 りょうくん、今度の誕生日も、きっと楽しいものになるよ。

 だから、今度の誕生日は、忘れないでいてね。

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