紅玻璃篇:第二章

 近隣の市の児童養護施設に住む14歳の全盲の少女、龍野たつのななみに識士クオリアの才能が発見されたのは、2週間ほど前の話らしい。

 識士クオリアの科学的メカニズムには今もって未解明な部分が多いが、経験的に遺伝の要素は薄く、幼少期に特定の物質等と密に触れ合う――――文字通り、その物質が自らの身体に等しく思えるほどに――――ことで、後天的に覚醒することが知られている。

 そのため、歴史ある識士団ギルドは、時に拷問にも等しい厳しい修行を課して子供たちを育成するのだが、一般の家庭にもごくまれに識士クオリアとしての才覚を示す者がいる。

 その多くは、児童虐待や強いトラウマなどの、幼少期に強いストレスを受けた子供たちだ。


「これを見て」

 紗夜が取り出したのは、連合ユニオンが発行する文書のコピーである。国際仕様として全て英語で書かれてはいるが、一見すると履歴書のような書類だった。

「この子が……?」

 誓たちの目にまず飛び込んできたものは、書類の右上に貼られた女の子の顔写真だ。ボブカットのなかなか整った顔立ちをしているが、長い睫毛をした両の目蓋がぴたりと閉ざされていることから、彼女が光のない世界で生きていることが分かる。

 顔写真の横には国籍、住所、氏名、生年月日。その下には誕生後の略歴と、ここまでは普通の履歴書でもお馴染みの項目が続く。

 しかしその下に並んだ、『視覚化ビジュアライズ・感度センシティビティ』、『変質化メタモライズ・効率エフィシエンシィ』などの見慣れぬ項目と、機密事項として黒塗りにされたそれらの数値の物々しさが、この書類がただの履歴書ではないことを示していた。

識士クオリア候補者の能力試験調査書……だよね、それ」

 果たして絆が、その書類の正体を一目で見抜く。それもそのはず、彼女自身が一年ほど前、この学園に転入した際に同じ書類を目にしていた。


「……どうやら、この子は才能を買われて連合ユニオン直属の教育機関への編入が決まったそうですぅ。すごいですねぇ~」

 紗夜から依頼文書を受け取った彩乃が、書類に目を通しながら続けた。古参の識士団ギルドを除けば、確かにそこは一般から入学可能な最高の教育機関であろう。

「すごくね? だって目が見えないんだろう?」

 人間は知覚の大半を視覚に頼る生物である。そのため数ある識術においても、対象物に自らの視覚を宿らせる“視覚化ビジュアライズ”は、最も基本的な術として最初に体得するものであり、連合ユニオンの識術能力判別テストにおいても、この術に関する実技項目が大半を占める。

 全盲の者には、この視覚化ビジュアライズの会得はほぼ不可能に近い。ということは、それ以外の能力がよほど際立って高いということだろう。


 それを聞き、合点がいったように絆が言った。

「だから、狙われてるってわけね。他の識士団ギルドの連中から」

「その通りですぅ」


 優秀な人材は常に取り合いである。大規模かつ合法的に能力試験を実施できる連合ユニオンは、他の識士団ギルドからすれば格好のリクルーターだ。忍ばせた工作員や情報漏洩を駆使して、有能な新人を掠め取ろうと虎視眈々と狙っている。


「水面下で入学交渉を進めていたらしいんですけど、どうも直前に他の識士団ギルドにバレてしまったらしいですぅ。あまりに急で本部の部隊を派遣する暇もないので、近隣の識士団ギルドに護衛を協力できないか、ですってぇ~」

「なるほど、早い者勝ち、というわけね」

 腕組みした紗夜が言うとおり、どうやらこの依頼、古宮学園への専属依頼ではないらしい。護衛に成功した識士団ギルドのみが、高い報酬を得られるという仕組みか。

「長旅で疲れてるところ申し訳ないんですけどぉ、皆月くんも一緒に参加してくれますかぁ~?」

「あ、はい。行きます」

 転校早々に仕事とは思わなかったが、そもそも識術の腕を見込まれて転校してきたのだから文句のあろうはずもない。少しばかり体を動かしてみたい気持ちもあり、誓は快諾した。

「名にし負う僧兵の力、期待しているわよ」

「(まだ僧兵になれてないんだけどな……)」

 その言い方からすると、どうやらすでに紗夜らは誓の出自や能力を知っているらしい。となれば――――

「なぁ、会長ときず……ゴホン、副会長の能力って何なんだ? 共闘するなら知っておきたいんだが」

 純粋な疑問だったが、虫の居所が悪い絆には、能力を疑われたと思ったのだろう。

「あっそう。それなら……」

 挑戦的な視線とともに、部屋の隅の流し台に干されたガラスのコップを指差す。

「?」

 

 瞬間。

 独りでに宙に浮いたそれが、すさまじい速度で誓に向かって飛来した。

 

 すんでのところで、懐から取り出した独鈷どっこ(両端に刃がついた短い棒状の武法具)で弾き飛ばす――――しかし。

 空中で軌道を変えたコップは、絆の手に収まると飴のように溶け、瞬時にナイフ状に形を変えた。そのまま電光石化の早技で、刺突が連続で繰り出される。

「く……っ!」

 一撃、二撃、フェイントからの三撃……気を抜けば指を飛ばされる緊張の中、ナイフと独鈷の触れ合う金属音が部屋に鳴り響く。

 物質の形状や性質を自在に変える識術……”変質化メタモライズ”。

 硬いようで実は性質が液体に近く、変形しやすいというガラスの物性を差し引いたとしても、この変質の速度、この硬度、超一流の使い手だ。

「わかった?」

「わ、わかった! 十分にわかりましたっ!」

 誓の台詞に満足げに頷くと、頃合いのところで絆はガラスの刃を引いた。はなから手加減はしていたのだろう。

 ナイフを手の中で一振りすると、それは元通りコップの形状に戻る。机の上にそれをタン!と置き、絆は朗々と言った。


「見ての通り。あたしの識は、このガラス。「晶識しょうしき」使いの神崎絆よ」


「ふー……」

 冷や汗をぬぐう誓。

 絆の能力はもちろん、不意打ちでそれに応戦してみせた誓の腕前にも感心した様子で拍手を送りながら、彩乃が自らのことのように誇らしげに言う。

「すごいでしょー! 神崎さんは元々別の識士団ギルドにいたんですが、この通り、うちには勿体無いくらいの高レベルの識士クオリアなんですよぉ~」

「や、やめてよ」

 頬を赤らめながら手を振る絆。これほどの腕なら引く手あまただろうに、なぜこんな潰れかけの識士団ギルドにいるのだろうか。


「次は私の番ね」


 そう言って紗夜が髪をかき上げる。同じく部屋の隅に詰まれた新聞を持ってくると、開いて何かを探している様子だ。

 目ぼしいものが見つかったのか、とあるページを破って誓に見せる。そこに書かれていたのは、


” 人気芸人のブログが炎上 ”


 という見出しの記事であった。そして、


「”具現化イデアライズ”」


 ぽつりとつぶやいたその言葉に反応したのは、見出しの”炎上”の文字である。まばゆい光を放ったかと思うと、その文字は書かれた『意味』そのままに、発火した。

「おおっ!?」

 そのまま新聞紙は紗夜の手に握られたまま燃え、火傷する前に紗夜はそれを流し台に捨て、水をかけた。この炎は、先日の大僧正の操る霊体戦士・下僕ミニオンが放ったものとは違い、物質にも影響する本物の炎らしい。


「私は文字や文章を操る、「書識しょしき」を使うわ。運動や格闘技は苦手だから、そっちは絆と皆月に任せるわね」


「すげぇ、書式使いって始めて見たぜ……」

 かなり珍しい術者である。

 だが、これでようやく、先ほど誓たちが何もない廊下で転んだ理由が判明した。”廊下を走るな”という文章を常時、具現化イデアライズさせているのだろう。

 やはり自慢げに、腕組みした彩乃がうんうんと頷く。

「御影さんは、古宮学園にまだ母さんがいた頃から、10年以上もいてくれている生徒さんですぅ。学園の全盛期にいた生徒さんですから、能力も高いんですよぉ~。もちろん、生徒会長としてもわたしの右腕として働いてくれてます!」

「(むしろ、この会長がいないと学園回らんのでは……?)」

 誓の表情を読み取ってか、紗夜は新聞の燃えカスを片付けながら、苦笑した。

「……生徒がこれだけの今となっては、生徒会長という肩書きもどうかと思うのだけど」



「さてと。そろそろ行かないとマズくない?」

 お互いの能力が分かったところで、絆が切り出す。確かに、ぐずぐずしていると他の識士団ギルドに手柄を取られてしまう。

「つーことで、急ぐから彩乃カーの出番ですよ!」

「え、お前、車も運転できんの!?」

「こう見えて18」

「うぅ……やっぱりわたしの車をアテにしていましたねぇ……」


 数分後、学園の駐車場。

 初心者マークを貼りつけ、アイドリングをするピンク色の軽自動車の横で、ルドルフをだっこした彩乃が、ハンドルを握る絆に向かって不安そうに話しかけた。

「いいですかぁ? まだ新車なんですから、絶っっっ対に傷付けちゃあだめですよぉぉ?」

「はいはーい」

 聞いているのやらいないのやら、絆はダッシュボードの上に所狭しと並んだぬいぐるみを鷲摑みにして、トランクや後部座席に放り込みながら返事した。

「ああっ、せっかく並べたのにっ!」

「邪魔なんだもん。帰ったら戻すから……」

 そうこうするうちに助手席には誓が、後部座席の真ん中には紗夜が腕と足を組んで座った。

「……オレが隣でよかったのか?」

「正直、ヤだけど」

「ンだとぅ!」

「会長は方向音痴な上に地図読めないから、仕方ないじゃん」

 どうやらナビ役らしい。とはいえこちらも土地勘は全くないのだが……ため息混じりにドライブ用の地図を広げる。

「そいじゃ、行ってくるねー」

「なんだかすごく不安ですけどぉ……ともかく気を付けてくださいね」

 その声に見送られて、3人を乗せた車は発車した。


「無事に帰ってくるといいですねぇ~、ルドルフ?」

「ぶにゃあ」

 腕に抱かれた黒猫が、その頬をぺろりと舐めた。



 学園を出た車は快調に走っていた。

「♪ ~」

 だらしなくハンドルにもたれかかった絆が、鼻歌交じりに運転している。

『…………』

 そんな呑気な彼女とは反対に、しかし二人の同乗者の顔色は優れなかった。絆の運転が二人の心臓に、度重なる深刻なダメージを与えていたせいだ。例えば……。


「あ。行き過ぎた」

「……ってなんで、振り返りもせずに鬼バックする!? ……ぐえぇぇっ!」


「危ねぇぇぇぇぇっ!! 壁にぶつかるぅぅぅぅぅっ!」

「大丈夫大丈夫。5センチくらい余裕あるから」


「おい、あそこにオービスあるぞ! もうちょい速度落とさないと……」

変質化メタモライズ!」

「壊した―――っ!?」


 そうやって、助手席の誓がいい加減叫び疲れた灰と化し、絆が運転中にスマホを取り出していじり始めるに至って、とうとう後部座席の紗夜からも抗議の声が上がったのだった。


「い ・ い ・ 加 ・ 減 ・ に ・ し ・ な ・ さ ・ い !」


(びくぅっ!)

 地獄の底から響くような声に、とっさにスマホを取り落とす。

「へっ? ……あ、あーあー! 分かった! ごめん、ついいつものクセで!」

 自分が危なっかしい運転をしている自覚など、どうやらまるでなかったようだ。ジト目で睨む二人の青い顔を見てようやく合点がいったらしい。


 とはいえ、絆は別によそ見をしているわけではなかった。むしろその逆である。

 車のフロント、サイド、リアの4面全ての窓ガラスを視覚化ビジュアライズして、全方位の視界を得ていたのである。これならば絆自身の肉眼がどこに向いていようとも、まさに人車一体の感覚で運転することが可能である。減速も、後方確認も、そもそも必要なかったのだ。


「まったく、何回注意させるんだか……。大体、どうしてわざわざそんな疲れることをするのよ? 普通に運転すればいいでしょうに」

 ルームミラーに映る、呆れ顔の紗夜。

 その通りだった。いくら識術に長けた絆とはいえ、複数のガラスを長時間に渡って視覚化ビジュアライズ状態に保ち、かつ、そこから伝わる膨大な映像を処理するのは、かなりの精神集中、脳の酷使を意味する。

 狭い道路でのすれ違いなどのよほど気を使う場面ならばともかく、現在走っているような広々とした道路では全く不要な労力と言えよう。

「いや、まぁ……車を運転する時は、いつもこうだったからね。ついクセで」

 ばつが悪そうに苦笑する絆だった。

(こいつ、本当に昔何やってたんだ……?)

 運転も、荒いが初心者らしからぬ手馴れたものに見える。つくづくこの副会長の過去が気になる誓であった。


 小1時間ほど走ると、車は目的地周辺に近付いた。

 街の中心から離れているせいか、緑の多いのんびりとした街並みが広がる。

「この辺なんだけど……あれかな?」

 渡された地図と窓の外を見比べていた絆が指差した戸建ての建物が、ななみの暮らす児童養護施設らしい。近くの駐車場に車を停め、3人は車を降りる。


「他の識士団ギルドは、まだ来ていないようね」

「オレたちが来るってことは、向こうに伝わってるのか?」

「学園長が連絡してくれているはずよ。ただ、施設の先生方にも龍野さん本人にも、彼女を狙う輩がいる、なんてことは伝えていないの。不安にさせてはいけないから。あくまで連合ユニオンの使者としてお迎えに来たという話になっているから、迂闊なことは喋ってはだめよ」

「わかった? 転校生」

「お前のことだろ、副会長」

『ぐぬぬぬぬぬ』

(はぁ……)

 相変わらずの二人に、紗夜は深々と溜め息をつく。

「――――ともかく、服装だけはきちんとしなさい。絆、ボタンをちゃんと閉めて。皆月は襟が曲がってるわよ」

 二人に注意しながら、紗夜も手鏡で自分の身だしなみを整える。かつてお嬢様学校だった頃の、学園生活のたまものだろう。


 もう学校は終わっている刻限だが、遊びにでも行っているのか、施設の周りに子供たちの気配はなかった。

 チャイムを押してしばらく待つと、管理者とおぼしき温和そうなおばさんが出迎えてくれた。

「はじめまして。識士連合ユニオンより派遣されて古宮学園から参りました、生徒会長の御影紗夜と申します。この度、新しく識士候補生となられた龍野ななみさんをお迎えに伺いました」

 折り目正しい挨拶の後、紗夜は名刺代わりに生徒証を提示した。絆と誓も、なるべくかしこまった顔で後ろに付き従っている。

「はいはい、うかがっておりますよ。ただ、申し訳ありません、当の本人が今ちょっと出かけておりまして……」


「え?」


「お客様にお出しするお菓子を買いに行くといって出かけたのですけれど、まだ戻っていませんの。今、他の子供たちに探しに行かせていますから、じきに帰ってくると思いますけど」

 一瞬顔を合わせる3人。


「(やばくない、会長?)」

「(まずいわね、確かに外出するなとは伝えてないけど……連絡してないのがアダになったわ)」

「(もし今襲われたら、ひとたまりもねーぞ……)」


「……そうですか。でしたら、私達もそのあたりを見てきます。転んで怪我などしているといけないですし」

  ひそひそ話の後、おばさんに不安を抱かせないよう、あくまでにこやかな笑顔で紗夜が言う。

「まぁ、ご丁寧にどうもありがとうございます。あ、でもお客様にこの辺りの道が分かるかしら……なにせ古い町で入り組んでいて」

 確かに、土地勘のない街での捜索は難しい。頬に指を当てた紗夜の前に、誓が一歩進み出る。

「あの。何でもいいので、ななみさんの持ち物って借りられますか? それを手がかりに探せるんで……」

 予期せぬオーダーに、怪訝な顔を返される。

「えーっと、服でもアクセサリーでもなんでもいいんですけど、できるだけ長年愛用しているブツだと助かります」

「……こちらの者も識士です。決して壊したりはしませんので、ご協力お願いできませんか」

 半信半疑そうなおばさんだったが、紗夜のフォローもあってか、

「……わかりました、少々お待ち下さい」

 と言うと建物の中に入っていった。



 戻ってきた彼女の手には、ドレスを着た小さなウサギのぬいぐるみが握られていた。かなりの年季物である。あちこちが擦り切れて毛も短くなり、色も褪せ、中綿が痩せてぺしゃんこになっていた。

「いちばん昔から持っているのはこれでしょうか。小さいころから一緒に寝たり遊んだりしておりましたので」

「おおっ! これはいいなぁ!」

 誓が早速ぬいぐるみを受け取る。

 目を細めて、そのぬいぐるみを愛しげに撫でた。

「……いい顔してるぜ。本当に子どもの頃からずーっと一緒だったんだな。すげー強い『想い』が詰まってる」

 その声は、まさに『念識』使いのものであった。

 他の3人には何も見えないが、誓の目にはぬいぐるみに長年にわたって込められた、ななみの様々な「想い」が、確かに見えた。


「さぁ、お前の『念』の本体の場所まで案内してくんな!」

 その言葉一つで、それまで誓の掌の上で無造作に倒れていたぬいぐるみが淡い光を放つと、まるで生命を得たかのように立ち上がった。首を振り、可愛らしく伸びをする。

「まぁまぁまぁ!」

 手品のようなその光景に、おばさんはもちろん、絆と紗夜も目を丸くした。


 “下僕化ミニオナイズ”と呼ばれる識術である。

 物体に自身の視覚や聴覚を宿らせるなどの基本的な術とは違い、物体の持つ『識』を操作して自らの意のままに働く下僕として使役する、高度な術である。

 程度の差はあるが独立した自我があり、識士の腕前や『識』の強さ、操る下僕ミニオンの数にもよるが、腕次第ではかなり複雑な命令をこなすことも可能。誓が修行の最終試験として相手したのも、大僧正の操る下僕ミニオンであった。


「このままこのぬいぐるみの導く方向に行けば、ななみさんに会えるはずだ。何……? さほど遠くはない、とも言ってるな」

『おおー!』

 即席の道案内の完成に、一同は拍手する。絆や紗夜など同じ識士の目から見ても、その下僕ミニオンの完成度は目を見張るものだった。

「フン。け、けっこう応用力高い能力持ってんじゃん……」

「見直したわ」

「へっへっへ」

 右手にぬいぐるみを乗せた誓が、左手で鼻をこする。正直なところ、学園の2人、特に絆に能力を見せ付けたい気持ちもあった。出発前の組み手で絆の驚異的な戦闘能力には圧倒されたが、ガラスを操る「晶識」使いにはこのような芸当はできまい。

「識術ってやっぱりすごいんですねぇ……あら、なんだか動き出しましたね。これはどういう意味が?」

 しげしげとぬいぐるみを見ながら、興味深げにおばさんが質問する。

「ああ、これは持ち主、つまりななみさんの現在の行動をトレースしてるんですよ。このぬいぐるみに込められた『想い』ってのは、要はななみさんの心の欠片のようなものですから、こういったことも可能なわけです」

 まるで講釈を垂れるように、誓が解説する。いわば心理状態の同期であった。

「く、悔しいけど、マジですごい……」

「どーよ副会長! オレの勝ちだな!!」

「むっ!」

 絆が眉間に皺を寄せたところで、ぬいぐるみが手の上で動き出した。

「なるほど……すると、この必死に手足をバタつかせているという状態は?」

「そうですなぁ、まるで何者かに襲われているかのような動きですな!」


『………………………………………………』


 3人の顔が一気に青ざめる。


「それを早く言えこのアホ! ハゲッ!」

「見直して損したわ」

「ぐふぅっ!」

 二人の容赦ない罵倒であった。少しは株が上がったように思ったのだが……。

「とにかく、急いで助けに行かないと!」

 慌てて救援に向かおうとする絆だったが、短い悲鳴に遮られた。

「あのっ! ななみが襲われているって、それ一体どういうことです!?」

「――! ええと、それはですね……」

 誓がうっかり口を滑らせたせいで、隠していたことがバレてしまった。取り乱したおばさんが、間近にいた紗夜の腕を掴む。

 保護者として当然の反応ではあるが、今は細かく説明している時間は無かった。

「ごめん会長、ここは任せた! 行くよ転校生!」

「お、おう」

「ちょ、ちょっと、二人とも!……あの、すいません。ひとまず落ち着いて――」


 おばさんの相手は紗夜に任せ、誓と絆はぬいぐるみの指し示す方向に向かって一目散に駆け出したのだった。

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