回復

     2


 意識が回復した瞬間、耳を劈く銃弾が遠藤の横を掠めていったことに気づいた。

「遠藤!」倉持は先程身を潜めていた場所から移動して少し前方の物陰にいた。戦況はだいぶ押しているようだが、こちらの残弾数にも限りはある。「やっと気が付いたか。まさか、もう自分で転移ができるなんて言うんじゃないだろうね」

「いや、すまない」体中の感覚をようやく取り戻し、遠藤は詫びを述べる。

「何があった」

「日向子が……日向子ちゃんが介入してきた」

「彼女が、介入を」少し疑惑の色を浮かべる倉持。

 遠藤が戦況を完全に把握したとき、この戦いを長引かせる必要はもはやないことに気づいた。一気に決着をつけるべきだ。倉持の残り弾倉も最後の一つらしい。

 最後の一つ?

 宇宙転移している間に戦況が良くなったのは喜ばしいことだが、もう最後の一つしか弾倉が残っていない? そこまで苦戦を強いられていたのか、倉持個人の残弾把握ミスなのか。

 片瀬はどうした? 遠藤は一番気にしなければいけないことにようやく気が付いた。ありったけの弾丸を使って片瀬を排除したのか……?

「倉持!」遠藤は大声で叫んだ。「片瀬はどうした。前方には姿が見えない」

「片瀬は」倉持はほぼ弾の入っていない自動小銃を地面に置いた。「俺が撃った」

「どういうことだ。説明しろ」遠藤は三点バーストで的確に敵の頭を射抜いた。一人ダウン。

「死んじゃいない。あそこだ。十一時の方向に幅二メートルくらいの貨物があるだろう。遠藤が気を失った――転移した後、自動小銃をフルオートでぶっぱなした片瀬は球切れと同時にあの陰に入ったんだ。射撃が止んだ瞬間を見て俺が物陰に隠れる片瀬の左足を撃った。遠目だったから定かじゃないが、ふくらはぎかアキレス腱をぶち抜いてるはずだ」

「それで」

「そのままあそこから出てこない。一人あの物陰に入っていった奴は、さっきお前が眉間に三発入れた奴だろう」

「そうかよ」遠藤は片瀬の一応の無事を認識したが、もし後から物陰に入っていった兵士が片瀬の救護をしていなかったとしたら、かなりまずい。「倉持、ここはもう終わらせるぞ。C4は残してグレネードで片をつけよう」

「分かった」倉持は仕方ない、という風に頷いた。

 遠藤は手持ちのAK47ZBにグレネードランチャ―を装着した。40ミリグレネードを室内で撃ち込むのには気が引けたが、このビルのことだ。こんな程度でフロアがつぶれるということはないだろう、と思った。

「いいか、正面十一時の物陰には絶対に当てるな。それ以外ならどこを潰してもいい」遠藤は分隊員にそう言い聞かせた。もちろん、自分に対しても。

「グレネードを発射し、残敵を一掃する。敵排除が確認され次第、片瀬拓哉の保護を実行する。保護は俺と川平、お前だ。いいな?」

「ラジャー。遠藤分隊長、あなたがこれを持っていってください。この先どんな攻撃を受けるか分かりません」そう言って川平は遠藤に背負っていたライオットシールドを渡した。

「お前らはどうするんだ」

「遠藤。俺はこいつらと歩んできたんだ。全権者を倒すために。だが、今はこうして全権者打倒の目標はお前に任せると言っている。この決断の意味が分かるか」

「倉持……」遠藤には察するところがあった。

 倉持は密かにこのAAOのトップに宇宙転移してきたのだ。タルトピアの勇猛な人々が集まり、一丸となって全権者を打倒する……。そんな組織の中に入ってやってきた彼らが、その最終目標を投げ打っている。これは自分が信頼されている証拠でもあるのだろうが、それ以上に倉持は最後までAAOのトップとして部下を見捨てたりはしないという心の表れなのだろう。イレーネの人間は感情が無いという話は、信憑性に欠けるようだ。

 敵部隊の抵抗がだいぶ弱まってきたのが遠藤にも分かった。先程から威嚇射撃しかしてきておらず、まともにこちらを狙おうという気配がなかった。

「撃て」喉の奥で低く鳴らした合図とともに、分隊員は一斉にグレネードランチャ―を発射した。

 凄まじい轟音がフロア内に共鳴する。

 同時に、壁が破壊されて粉塵が巻き起こった。

 遠藤は倉持に合図して、全員にヘルメットを被せさせた。腰からぶら下げていたスタングレネードを投擲する。一秒、二秒、三秒――。

 甲高い音を鳴らし閃光が弾ける。バイザーのブラインドモードを一時オン。閃光が少し眩しいくらいの照度まで低減され網膜へと至るよう自動で調整される。そのままフォックスロット分隊は、ライオットシールドを構えた遠藤に続きフロア中央を駆け抜ける。十一時の方向の障害物が迫る。ハンドガンに切り替えていた遠藤は、シールドを構えつつももう片方の腕で照準を合わせながら障害物へと突っ込む。その両側、右に倉持左に川平がそれぞれ中央に背を向けながら左右の残敵を警戒。遠藤は躰を90度回転させつつ、障害物の裏をのぞき込んだ。

 瞬間。

 何かが弾かれるような金属音が連続した。

 遠藤は恐る恐る、シールドの小窓から向こうを覗く。

 そこには、ハンドガンを全弾撃ち切った血まみれの片瀬が、絶望の表情を浮かべて障害物にもたれかかっていた。気づくと、シールドからの衝撃で手がじんじんとしびれているのが分かる。

「違うんだ……。遠藤」片瀬は必死に叫ぶが、言動と行動が一致していない。

 見ると、先程自分が眉間を撃ち抜いたであろう兵士が横に倒れていた。足元には片瀬を処置したと思われる包帯や止血剤の空の容器が転がっている。現に、片瀬の左足は、血まみれであるこそすれ、新たに鮮血を出しているようには見えなかった。

「もう、大丈夫だ」シールドから顔を出して、遠藤は言った。「お前を助けに来たぞ」

「俺を……、俺を縛ってくれ」片瀬は懇願するように泣いた。

「わかった」遠藤は渋々頷いた。

 どうやら、さきほどの爆風でほとんどの敵兵士は殲滅していたようだった。かろうじて生きていたものも、爆風に目を背け横を向いた瞬間に閃光をもろに食らったようで、まだ視力が回復していないまま分隊員に拘束された。

 躰にダメージのない程度に片瀬を縛っている間も、その言葉とは裏腹にかなりの抵抗が見られた。無理やりSエネルギーを注ぎ込まれ、躰を動かす大半の部分はケーレスの片瀬拓哉の制御外の意識、つまりタルトピアの片瀬拓哉が強制的にしているということだと推測できた。倉持もその意見には賛同してくれた。

「片瀬には――ケーレスの片瀬もタルトピアの片瀬も、大変な負担を強いられているはずだ。普通、一人の人間の中にSエネルギーが多く入ったところで、どちらかの意識が優先され他方の意識は言わば睡眠状態に入る。だから、外界から見るとその人の人格が入れ替わったように見える。だけどこれは異常だ。意識の錯綜状態、普通は考えられない。やっぱりあの装置が諸悪の根源だ」

「そうか」遠藤は自分の意思とは異なる意思によって躰が動かされている片瀬の心中を慮った。

 今は彼自身の意思によって縛られた後だが、その頬には乾いた涙の跡が残っていた。遠藤もシールドを構えずに回り込んでいたら、蜂の巣にされていて今頃八次元空間の住人と化していたはずだ。もしそんなことになっていたら、片瀬の心はそれこそポッキリと折れてしまってもう元には戻らない所まで行ってしまっただろう。幸いだったのは、遠藤に対して精神的な攻撃を仕掛けるためか、片瀬のSエネルギーが発声に使う筋肉を動かすため、呼びかけるための脳の一部に残されていたことだった。完全にタルトピアの洗脳された片瀬が相手だったら、なす術がなかったように遠藤には思えた。

「悪いが」倉持が片瀬から顔を背けて言った。「至急ケーレスに行かなきゃいけないみたいだ」

「工作員を捕らえたってことか」思い出したように遠藤が訊ねる。

「そこまで細かいところはわからない。何せ、あっちの俺は今動けないからな。でも、近くに雨宮と神原がいる。何かしらの決着はついたみたいだ」

「まあ、そこのところは上手くやってくれ。片瀬は今のところ命に別状はなさそうだけど、倉持が転移する前にどこか安全な場所に移してやってくれ」

「――ああ」倉持はワンテンポ遅れて返事をした。

 倉持達をそのフロアに残し、遠藤と分隊員数人は終わりの見えない階段へと足を踏み出した。

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