駆け引き

     11


 一進一退の攻防が続いていた。

 雨宮のチャーリー分隊は敵に遭遇後、敵を刺激しつつじわじわと後退を続けブラボーへと合流した。敵もこちら側が合流したことに気づいて、増援を送り込んできていることが戦闘の熾烈さからすぐに分かった。

 できる限りの火薬をこちら側に集め、建物を破壊。スモークを焚いて建物の倒壊で悪くなっている視界をさらに悪化させて、注意を惹いていた。敵が使用していた機銃やRPG‐10も回収し、撃ち込めるものは何でも投入されているという有様だ。これだけ派手に暴れているというのにもかかわらず前進してこない敵というものは、厄介という他ないだろう。前進してこないからと言って相手をしなければ、思わぬ遠方からRPGが飛んできてミンチになるか、機銃に蜂の巣にされるリスクが高まる。密かに潜入してくる可能性も考えさせることができ、この状況において精神的ダメージを敵に与えることは、元々不利であるAAOにとっては必要不可欠である。

 雨宮はHMDのマップに焦点を合わせた。早坂は現在ブラボー分隊の後方に位置している。敵への威嚇射撃をしながら、廃墟と化した灰色の街を全速力で駆ける。

 突然、前方の路地が爆発した。無意識に両腕で顔を覆う。ヘルメットをしていることを忘れるほどの轟音だった。

 地雷……ではない。

 迫撃砲だ。

 こちらが動かないことを察知して、上空からの無慈悲な砲撃を浴びせるつもりだ。こうなったらもう止まることができない。雨宮は再び走り出した。

「こちらチャーリー、雨宮だ。迫撃砲で攻撃を受けているんだが……。ブラボー、誰でもいい。そちらの状況を伝達してくれ」HMDのブラボー分隊にはまだ動きはない。あと二十メートルでブラボー分隊に合流する。

「こちらブラボー、小野。まだこちらには迫撃砲は来ていないが、すぐに退避予定。全権者ビルを中心に同心円状に広がっていたはずだ。何故こちらに来た」小野という野太い声の男が応答した。

「早坂さんの指示だよ。そっちは動く前に伝達が無かったのか――まあいい。こっちは敵さん惹きつけながらだからもう戻れない。ていうかもう合流するぞ」

 雨宮たちチャーリー分隊が全速力で暗がりの路地から飛び出してきた瞬間、路地をかろうじて形作っていた雑居ビルの上方に迫撃砲が命中。地鳴りと砂煙と共に路地は一瞬で瓦礫と化した。

「あっぶな」雨宮は肝を冷やした。

 ちょっとした広場に出た。反対側には交戦中のブラボー分隊。

「早坂さん」雨宮は広場で掃討中の早坂を見つけた。どうやら廃ビルの中から降りてきたようだ。対人ライフルを携行している。

「来たわね」P2P通信で早坂のヘルメットに直接声が届いたようだ。

「迫撃砲が飛んでくる前に移動しますよ。敵はどっちです」

「十一時に二人、二時に一人。奥にも構えてるわ」

「了解っす」雨宮は瓦礫で塞がれた通路を視界の端で意識しつつ、広場を突っ切った。正面十一時方向、二時方向、共に敵影を確認。素早く広場の反対側へスライディングした。

「無事ね」早坂はそう言いながらも、次に身を隠せる狙撃のポイントをHMD上で探しているようだった。比較的強度があり、射線を遮るものが少ない場所となるとかなり限られてくるだろう、と雨宮は思った。

 ブラボー、チャーリー分隊は広場から廃ビル内や路地裏へと潜り込んだ後、しばらく鳴りを潜めていた。時々、一発だけ手榴弾を敵へと放り投げるなどして存在だけは知らせていたが、ある時を境にこちらを探しにくる気配がピタリと消えた。そういえば迫撃砲もあれ以来飛んできていない。市街地の混戦状態では味方を巻き込む恐れがあるので、常識的に考えれば先程の迫撃砲もセオリー以前にあり得ない攻撃だった。まるで素人だ、と経験が少ないながらも雨宮は思う。

「十一時方向敵影あり。……様子がおかしい。あれは――」双眼鏡で敵が潜んでいた路地を観察していた小野が報告した。

「どうした」早坂が訊く。

「民間人でしょうか。兵士に銃を突きつけられて出てきます」

 早坂もライフルスコープで確認する。

 あれは。いや、彼は――。

「何故……? 私がここにいるなんて確定できないはず――」早坂は呼吸が荒くなる。

「どうしたんすか。ちょっと、小野さん。俺にも」小野から双眼鏡を引ったくり路地を覗く。

 柳仁志だ。銃で小突かれ、歩き方がかなりぎこちなく、きょろきょろと周りを見渡している。

「なんで柳さんが? 夢監の局長なのにどうして……」雨宮は眼前の光景が信じられなかった。

「……たぶん、全権者からは裏切り者と認定されたんでしょうね。私たちがAAOの肩を持っていることも、あの人の監督不行き届きだのと難癖つけられたんでしょう……。今は殺さないでやる、その代わり夢監の裏切り者を全員連れて来いってところじゃないかしら」早坂の拳に少しづつ力が入っていく。浮き出た血管から今にも鮮血が吹きだしそうだ。

「早坂さん、落ち着いて」

「……これが落ち着いていられるの」早坂の切れ長の眼は赤く充血し、この事態への行き場のない怒りが感じられた。「これ撃てるわよね」

 そう言ってライフルを雨宮にぐいと押し付けると、早坂は拳銃一丁のみで広場へと出て行った。

「早坂さん!」

 雨宮は小声で叫ぶが、足元にはすでに早坂が外したヘルメットが無造作に転がっている。

 彼女はもしものことがあったら頼む、と愛銃であるこのライフルを預けたのだろう。せめてその任だけでも全うしなくてはならない。

 雨宮は潜んでいた廃ビルを上り、屋上へ出る。振り返ると、すぐ後方のビルがこちらと同じくらいの高さで、俯角もあまりきつくならずに安定して狙撃ができそうだった。

 すぐに一階まで降り、隣のビルへと入る。こちらのビルのほうが損傷が激しいが、屋上までとは言わずとも五階くらいまでは辿り着けるだろう、と雨宮は思った。入り口手前の崩れかけている階段を飛び越えた。

 着地。まだ足場はしっかりしている。

 踊り場で建物の無事を確認しつつ、二階へと歩を進める。

 その時、外で乾いた音が響いた。

 二発の銃声。

 一瞬遅れて、双方の銃声が広場の瓦礫を鳴らす。

 交渉の間もなく、戦闘が始まってしまったのか。

 あの二人を助けないと。

 早く。早く。早く。

「くそったれ」雨宮は引き返し、砂交じりの風の吹き荒ぶ広場へと飛び込んだ。

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