深みへの潜入

     8


「こちらデルタからフォックストロット。目標まで1キロラインを突破。そちらの状況を伝達を要求」

 じりじりとノイズの混ざる無線からの指示。

「こちらフォックスロット。目標まで約七百メートル。目視による敵の排除を確認。前進する」倉持が応答。

「了解。通信終わり」

 そう言い終る前に無線が切られる。正確には通信不能になったのだろう。ここから通信を試みるとすると、P2Pによる近距離の分隊間ネットワークのみしか使えない。敵のジャミング範囲内に入ったという証拠だ。目標は近い。

 アルファ、ブラボー部隊の先導により保護区画内に侵入した倉持は、その後単身部隊を離脱。後追いでチャーリー、デルタ、エコー、フォックスロットが東西南北の四方より接近する。遠藤が所属するフォックスロットに倉持も合流した。

 倉持がハンドサインにより前進を支持する。腰だめ状態からすぐに照準できるように遠藤は幾分か腰を落としつつ、先行する倉持に続く。

 HMDには先遣隊が各所に設置していたビーコンによって、正確に敵地の地形、敵の位置などの情報が表示されている。全権者ビルのジャミング範囲が綺麗に同心円状を描きグレーになっており、これ以上先は戦士自らの目視による状況判断によって進まなくてはならない。グレネードの爆発音が戦場のあちこちで響き、スモークが焚かれ視界が悪くなっているポイントも散見される。

 小柄な廃ビルの路地という路地を這うように進む。

「目標まで五百メートル。ビル側面に無人砲台を確認」

「後方安全確認よし」

 フォックスロット部隊の工兵が下方射撃中の無人砲台を熱赤外線によりロックオン。発射。

 爆発。

「命中確認」

「よくやった」倉持が鼓舞する。

「前方に敵兵を目視で確認」遠藤が廃ビルに隠れつつ報告。「威嚇射撃を続行」

 無数の弾丸が体のすぐ横を風を切って抜けていく。敵の射撃の間隙を突き、半身を乗り出して引き金を引く。三点バーストで遮蔽物の際へ射撃。

「きりがないな」と、倉持。

「ああ、数が多すぎる」遠藤もその物量の多さには辟易してきていた。「だがじわじわ押している。スタミナ勝負だ」

 グレネードを投擲しつつ、威嚇射撃。徐々にではあるが部隊は前進している。他の部隊も同様に押し込んでいる様子だ。

 と、HMDに部隊の動きが見られた。ブラボーにチャーリーが合流。派手に暴れているらしい。

「早坂か」と、倉持。「いったい何のつもりだ。前進していないぞ」

「弾倉交換。援護求む」そう言って遠藤はマガジンを打ち切り、物陰へ。間髪入れずに後方から隊員が射撃。遠藤は素早くリロードを行い、空になった弾倉をポーチへ。

 AAOといえども弾数にはかなりの限りがある。全ての弾丸を打ち切る前に弾倉を交換するタクティカルリロードは、結果的に中途半端な弾倉を増やすことになるので、できる限り使用していない。そのため、人数の多さでリロードの時間をカバーし合うという戦術を取っているのだ。

「なんだかおかしい」遠藤は敵に対する微妙な違和感を口にした。

「心なしか敵の数が減ってきたか」倉持の声が聞こえる。

「あまり致命的なダメージを負わせた記憶はないんだけどな」遠藤、リロード完了。「待てよ」

 焦点をHMDに合わせてマップを確認する。ブラボーとチャーリーは依然として先程の位置に留まっている。いや、後退している……?

「おい、ブラボーは何してる」倉持が通信兵に確認させる。

「倉持、あいつら囮になる気じゃないのか」遠藤は少し前進、スライディングしてコンクリートの影へ滑り込む。

「まさか」

「分隊長に報告。ブラボー及びチャーリー周辺の建造物の倒壊が相次いでいます。おそらく粉塵でほとんど何も見えていません」通信兵の川平が告げる。

「C4でも使ったのか」倉持は一人を打ち抜き、回避行動。

「それかRPG‐10でしょう」

「見えたぞ」遠藤が全権者ビルの入り口を一瞬確認した。

「待て」と、倉持。「入り口付近の敵兵は」

 物陰からちらと様子を伺う。一時的に銃声が止み、不気味な静寂が訪れる。ひゅう、と風が鳴る。

「……誰もいないぞ」遠藤は訝し気に眉をひそめた。

 全権者ビル入り口。一階はガラス張りでかなり見通しが良い。自動ドアを抜ければエスカレーターがあり奥のエレベーターへと続いているはずだ。

 門兵の姿はない。先程までこちらと打ち合っていた部隊も、二人ほどの死体を確認したのみで、気配が感じられない。遠くで乾いた銃声が鳴っているのが聞こえる。

「誘い込まれているのか」と、遠藤。

「罠の可能性は充分あるだろう。だが、単に他の部隊に惹き付けられているだけということもある」倉持が冷静に分析する。

「何にせよ、この機会を逃す手はない。罠だろうと突っ込むのみだ。そうだろう」

「まあな。こっちは一人でも転移装置にたどり着いて破壊すればいいんだ」遠藤は意を決した。「突入だ」

 フォックスロット分隊は正面、左右の三方向に分かれてビル直下に接近する。入り口付近の柱に身を寄せ、待機。

「3、2、1、ゴ―」

 倉持の合図と同時に一斉にガラスを突き破り、ビル内に侵入。監視カメラの位置を素早く視認し、破壊。最も、あまり効果があるとは誰も思っていないが破壊しないよりマシだ。

 三つに分かれた隊が合流し、そのうち一つは後方を確認しつつ前進する。

 やはり静かだ。人の気配が全くしない。

 受付カウンターは無人だった。だが、何者かによって荒らされた形跡はない。かといって、綺麗さっぱり人の痕跡がないというわけでもなかった。カウンターの端末が置かれているデスクには書類が散乱していて、まるで業務の途中に人だけが忽然と消えてしまったような奇妙な感じだった。

「どういうことだ」倉持が心の声をそのまま口に出す。

「監視カメラはすべて破壊したが、目視で確認できたものに過ぎないってことだろう。今もどこか見られているか分かったもんじゃない。そんな気持ち悪さを感じる」HMDのバイザを上げた遠藤は、実際に背中に張り付くような気持ち悪さを感じていた。異常だ。

「このビルごと破壊できれば良かったんだけど」倉持が言う。

「とても俺たちの持ってる爆薬じゃ倒壊させられそうもないしな。非現実的だろう」遠藤はそう言いながらエスカレーター横の階段を駆け上がる。

 二階までは吹き抜けなので、今更の警戒は必要ないが、ここからが問題だ。細い通路が各部屋へと伸びていくような作り。通路で鉢合わせしたらどちらかが必ず致命傷を負うことは容易に想像ができた。慎重に進まなくてはいけない。

 二階は中央に太い柱があり、それを囲うようにして通路が伸びている。ちょうど口の字のようになっているらしい。倉持は元々このビルに出入りしていたので、大体の構造が把握できている。

 倉持と遠藤が二手に分かれて通路を進むことにした。どちらか片方から侵攻した場合に、反対側から回り込まれて後方から攻撃されることを防ぐためだ。

「正しくはこの中央のスペースは柱ではない。流石にこんなに太い柱があっても意味ないからな。縦横百メートルのこの空間の中には小部屋がいくつもあって、それぞれが電磁力によって繋がっている。部屋一つ分ぽっかりとスペースが空いていて、用途によって部屋の大きさを変えられるようになっている。もちろん、これをエレベータ代わりに使用することもできるけれど、遅すぎて使う人はいない。入り口と反対側に高層階用のエレベータがある。遠藤も一回来たことがあるだろう」分かれる手前、倉持は遠藤に補足する。

「あっちのエレベータ前で合流ってことか」遠藤は倉持の意図を理解し、すぐに行動に移る。

 五十メートルほどの見通しの良い廊下を進む。障害物がないため、遠藤と隣の川平はライオットシールドに身を隠しながらの移動になる。素早く曲がり角手前まで移動。ミラーをポーチから取り出して、その反射を利用して先の通路の様子を伺う。

 誰もいない。

 どうなっているのだろう。

 早坂率いるブラボーとチャーリーに人員を割かれているのだろうとはいえ、あまりにもおかしい。誘われているとしか思えない。

 この角を右に曲がれば約百メートルの通路だ。左側に二ヶ所、右側に三か所、曲がり角があり、他の通路へと繋がっているらしい。それぞれの角を転々としながら進むしかない。これが百メートル何も曲がり角のないところでなくて良かったと遠藤は思った。重機関銃でものそっと出てこられたら蜂の巣だからだ。

 角を曲がり銃を構えられる限界の速力で走る。通路右手の角に滑るようにして入った。ハンドサインを川平に出し、隊員が次々とこちらの角へと走ってくる。

 その瞬間。機械的な音を遠藤は聞いた。

 周りを見るが、変化はない。

「川平。聞いたか今の音」

「私は何も耳にしてはおりません」額に汗を流し、川平は答える。

「気のせいか……」遠藤はもやもやした気分のまま、部下にサインを出す。

 全員がこちら側に着いた時点で、それは起こった。

 ブウン、という低く唸るような音が、遠藤たちが入り込んだ通路の奥から響いた。

 瞬間、平衡感覚を失う。今の今走ってきた廊下が左へと急速に流れ始める。違う、これはこちらの床、というより通路全体が動いているのだ。

「倉持!」遠藤は思わず声を上げるが、HMDの表示には通信不能と表示されている。バイザを上げてみるも、倉持の肉声は聞こえない。「下手に動くな。潰されかねないぞ」

 次第に目の前の床がせりあがってきた。この通路が一つの部屋へと変貌するようだ。その瞬間、遠藤はせりあがる床の向こう側に信じられないものを見た。

 知った顔だった。戦闘服を着た男が右から左へと歩いていく。向こう側が見えなくなる直前、男はヘルメットを取り、その素顔をこちらへと向けた。

 片瀬拓哉が立っていた。

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