出陣
6
全権者が辻元に命令を下した丁度三十分前、タルトピアの遠藤と雨宮は倉持率いる反全権者組織――《AAO》に導かれ、地下深くに潜り込んでいた。保護区画外のとある廃ビルから地下に降り、廃坑のように木の杭で施工されている通路を右へ左へ。もはや方向感覚が把握できなくなってきたところで倉持の足は止まった。AAOの地下基地は、保護区画の内と外を隔てている壁の真下に形成されていた。
彼らの身なりから想像していた地下空間とはかけ離れて、意外にもコンクリート造りの頑丈な建造物が地下にはあった。土壁がむき出しの通路を抜けると、いきなり電子的な作りのドアが現れた。倉持は先頭に立って門兵に労りの言葉をかけると、彼は恭しく謝辞を述べた後、電子ロックを解除させた。
基地内は巨大な地下空間が広がっているというわけではなく、廊下を挟んで居住区が沢山あったり簡易的な会議スペースがあったりと、むしろ宇宙船内部と言った方がイメージ的には近いと遠藤は思った。倉持に連れられている間、物珍しそうにこちらを見る少年少女や、屈強そうな男たち、新入りか、と声をかけてくる勝気な女性など、実に様々な人々がそこには暮らしていた。対応もそこそこに、倉持がたどり着いた一室へと案内された。
これと言って特徴を挙げるほどの部屋ではない。片方の壁に沿って二段ベッドが置かれていて、反対側には雑嚢がいくつか固まって置かれている。だいたい四畳半より少し広い程度だろう。天井からは裸電球がぶら下がっている。
「なかなか、前時代的で良いと思わない?」倉持はやっと口調を戻した。
「良いセンスしてる」雨宮が腕を組んでいった。
「この基地自体はどれくらいの広さなんだ?」遠藤は訊ねた。
「そこまで広くはないよ。このコンクリートを調達するだけでもかなりのコストと危険が伴うから、これ以上の拡張は望めていないけれど」倉持はジャケットを二段ベッドの下の段に放り投げた。「保護区画外の地下には、僕たちAAOが地道に作り上げた坑道というか地下の抜け道が蟻の巣みたいに張り巡らされてる」
「電力供給はどうしてる」雨宮はこの基地の構造がかなり気になるようだ。
「ここの基地はちょうど保護区画の境目だから、電力ケーブルが地中に埋まってるんだ。そこから配線して、こっそりね」
「それってバレないか……?」遠藤は首を傾げた。
「保護区画内にも協力者はいるからね。なんていっても僕は適合者だ」倉持は自信ありげに言う。
「イレーネから夢人を飛ばして、計器をいじらせてるってか」と、雨宮。
「まあ、そんなところですかね」
一行はここで荷物を整え、出撃に備えることになった。
その間、倉持はAAOについて二人に説明をし始めた。
地上では既に、AAOの陽動部隊が動いていた。保護区画内へと侵入することはせずに、その境のところでボヤ騒ぎを引き起こしたり、窃盗を働いたりと、地上の警備兵の意識をそちらに逸らす狙いがあった。あと三十分もすればAAOは総攻撃を仕掛ける腹積もりらしい。
AAOという組織は、何も全国規模の組織ではない。元々、この首都圏の保護区画外の住民たちが結成したちっぽけな武装組織に過ぎなかった。結成当初はまだ夢人による攻撃が始まっておらず、AAOを支持する住民も少数派であった。何らかの宗教の一種と断定して排他的な論調で周りに吹聴する輩もいたほどだ。しかし、人格が乗っ取られ何が何だかわからない間にタルトピアが壊滅的な被害を受けた後になって、世間のAAOに対する評価は変わった。全権者が裏で糸を引いていることは世間には公表されていないので、相変わらず反全権者組織という過激な側面は吹聴され続けたが、少なくとも根拠もなしにただ批判するという連中がいなくなったのだ。それは、タルトピアの住人がAAOなどに構っているほど暇ではなくなったということでもあるし、世間に疑心暗鬼の波が押し寄せていることを示していた。
ある日突然友人の性格が豹変し、街の破壊活動に加わり始めるという異常事態が頻発する中で、誰を信用すべきなのか分からない、明日には自分も自分ではなくなってしまうのではないかという終わりのない不安。タルトピアの人々が精神的に疲弊するのも当たり前であった。AAOは、一つの目的意識を持って活動しているという点で、精神の拠り所にしている人も多かったのだろう。
計画の準備段階で、倉持はAAOのリーダーとして全国に呼びかけを行った。首都圏でAAOという組織が大きくなってきているという噂は、インフラが半壊滅状態になった日本でもすぐに広がった。全国各地にAAOを支持する人々が現れ始め、草の根運動的な形で全国的なAAOネットワークが出来上がったのだ。彼らに情報が正しく伝達されていれば、AAOの規模は全権者軍を凌ぐ数になるかもしれなかった。
「リアルタイムの連絡は取れないのか」雨宮が倉持に訊いた。
「AAOネットワークと言っても、即時的なものではないんです。ガラパゴスケータイなんて揶揄されたもの、ケーレスにもあったでしょう?」倉持は人差し指を立てる。「あれをスクラップから回収して、改造してるんです。基地局なんて立派なものは既に壊されてしまっているし、生きている固定電話を使うと盗聴や居場所がバレる危険性が高い。それを防ぐために、携帯電話間の通信のみで伝達しています。すれ違い通信、みたいなものですね」
「P2Pネットワークというわけか」と、雨宮。「考えたな」
「いえ、このアイディア自体はある小説からヒントを得たんです。というよりも丸パクリですが」倉持は苦笑いをした。「でも、このシステムをスクラップから構築したのはなかなか骨の折れることだったんですよ」
「トニー・スタークには負けてるけど」遠藤が茶化した。
「まあまあ。あれはフィクションでしょう。それはともかく、全国に散らばっている反全権者勢力は着々とこの神奈川に集結しつつあるようです。関東近郊のグループから協力の申し出がついこの間届きました。時間の問題でしょう」
遠藤は自信に持ち溢れていた。この瞬間まで、自分ごときが参戦して果たして役に立てるのだろうかという不安、ケーレスでは無事作戦は遂行されているのだろうかという憂慮が遠藤の心の奥深くから這い出て、舐めるように肌にまとわりついていた。だがそれは杞憂に過ぎない、遠藤はそう感じた。
ふと部屋の扉が開き、すらりとした女性が入ってきた。髪はショートカットで黒く艶やかだ。戦闘服に身を包んでおり、明らかに居住区の人間でないことは知れた。しかも、遠藤はこの人間に見覚えがあった。
「早坂……さん?」記憶違いと思いつつも遠藤は訊いた。
「あら、もう先に来ていたのね」早坂は脇に持っていたヘルメットを床に置いて、一息ついた。
「美波さん……無事だったんですね。何の連絡もなかったから心配しましたよ」雨宮はひどく真面目だ。
「くたばったとでも思った? あんたにとっちゃそのほうが良いかしら」
「とんでもない」焦って雨宮が訂正する。
「早坂さん、髪切りましたね」遠藤が気づいた点を口にした。
「私も陽動班として駆り出されていたのよ。動くのに髪が長いと邪魔でしょう?」
「首尾は?」倉持が訊く。
「ええ。警備兵たちは陽動のおかげで警備の陣形を変更したみたい。保護区画外まで範囲を広げて、侵入される前に捕らえるつもりね」
「順調ですね」倉持は頷く。「ちょっと放送をかけてきます。すぐに作戦開始できるよう各々準備してください。いよいよですよ」
そう言って倉持は部屋を後にした。
「始まるんですね……」遠藤は深呼吸した。
「ああ。三つの世界の存亡をかけた戦いだ。死んでも勝つ。お前の親父だからと言ってもう遠慮なんてしないからな。お前にとっちゃまだ頭のどっかで他人事だとか思ってるかもしれないがな、俺たちは全力で大規模転移装置を破壊するだけだ。もし奴をこの目で直接見ることになったら、冷静でいられる自信はない。いざってときは殺す。わかってるな」雨宮の目には、鋭い光が宿っているように見えた。いつもの雨宮ではないのは誰もが分かる。
「わかってますよ。雨宮さんたちが戦う理由、この世界の現状。頭を働かさないでもあいつは打倒すべき人類の敵です。もし自分が親父を前にして引き金を引くのをためらったら、そのときはお願いしますよ」遠藤も雨宮の決意に答えた。
「私は装備をもう一度整えてから向かいます。戦闘中に再会することができるかは分からないけれど、健闘を祈ってるわ」
早坂がそう言うとすぐに、コンクリート造の基地内にノイズの混じった倉持の声が響き渡った。
『全AAO構成員に告ぐ。只今より我々AAOは、全権者委員会極東支部へ突入し、大規模転移装置の破壊を最終目標とする作戦行動を開始する。戦闘員はすみやかに行動開始しろ』
「じゃあ、後で」早坂はショートの髪をふわりと揺らす。
「終わらせましょう」遠藤は二人に微笑んだ。「バカ親父は俺が止めます」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます