大袈裟な使命、逆らえぬ現実
13
遠藤は実の父の思惑を阻止すること、それが自分が別の宇宙に来た理由だと確信した。これが、使命だと。
柳局長らはこれで本来の役割を果たしたことになるのだろう。だが、遠藤が日向子によってイレーネへと飛ばされていなければ、こうはならなかったに違いない。
彼らには残された希望というものが、あまりにも不確定的なもの且つ非現実的であったのかもしれなかった。それでも、一縷の望みに託すしかなかったと言うことだろう。
三つの宇宙が交差し複雑に絡まり合うことによって、状況はより難解なものとなっている。遠藤がまず初めに確認したことは、神原優子も言及しており、片瀬の目撃証言のあった倉持の工作員説である。
それに対し、日向子はあっさりと答えた。
「何なら、ここに呼びましょうか?」
「は?」
「彼も夢人なので」
たったこれだけの問答ののち、倉持はいつもと変わらない柔和な表情で現れた。
「やあ」
「早かったですね」と、日向子。
「やあ、じゃねえよ」遠藤は言う。
「経験したことのない厳しい世界に来て、遠藤は口が悪くなったね」
倉持も日向子と同じく大人びている。顔つきが学生のそれではなかった。背も幾分か伸びているように感じる。
「ああそう」遠藤はそっけなく答える。「それで、さっき倉持が夢人だって言ったけど、どういうこと」
「夢人は、というより、人間は誰しもある程度の階層に分けられます。大抵の夢人は、限られた範囲での宇宙転移に終始しますが、その中でも宇宙転移だけではない能力を持つ者たちがいます。私や倉持、先輩のように」
「宇宙転移だけじゃない?」
「通常、宇宙転移には記憶の引き継ぎなどの能力も付随して行われます。記憶の引き継ぎに関しては個人差が大きく、皆が記憶の全てを別宇宙に転送できるわけではないのです。それと比べると、私たちのような記憶を全て引き継ぐことができ、精神統合までできる人間はごく少数で、鍛錬ののちにその能力を手に入れるものもあれば、先天的な場合もあります」
「確かに、記憶が全部そのままってのはすごいのかもな……。辻元さんとかはどうなんだ?」
「辻元さん?」日向子が訊く。
「ああ、彼は必要最低限の記憶しか持っていけないよ。夢人のランクとしては中の下だと思うよ」代わりに倉持が答える。
「それにしては随分高圧的な……」
「非礼は許してあげて。彼はそのことでかなり悩んでいるから……」
「そうか……」遠藤は納得しかけて、言う。「じゃなくて、要するに倉持は工作員としてケーレスにいたってことでいいのか」
「うん」
「いつから」
「二年半前から」
「入学時か……」遠藤は肩を落とす。
「そんなに落ち込まないでよ。普段の僕はあんな感じだし、こういう身分だってことを隠してた以外、素の状態だったから」
「それで」心の浮き沈みに耐えながら、遠藤は続きを促した。
「コードネームは頭文字からKってのが与えられて、しばらくはケーレスとタルトピアを往復してた。その合間に報告がてらイレーネに寄ってたんだ。日向子さんは私の元上司なんですよ」
「へぇ」つまらなそうに遠藤は呟く。
「彼は今、遠藤昭氏の下に、協定内容に従って出向している形になっています。ですが、このまま黙って見ているわけにはいかないようです」日向子は倉持を見てから鼻を鳴らしてそう言った。
「倉持も、俺の親父の暴走をどうにかしようってことか」
「そうだよ。タルトピアの倉持涼は、反全権者組織のリーダーを務めているもんだから、最初に転移してきたときはまーた厄介なことになったなあって思ってたんだけど、だんだん全権者に不満が募ってきてね。反全権者組織のやつらは生まれがすっごく貧乏でさ、保護区画外にしか住めないし、とにかく普通の暮らしはしてないんだ。でも彼らの目にはある輝きがあったんだ。宝石を磨く前みたいな鈍くて淡い光だけど、皆の瞳はとても綺麗だった。あ、遠藤君のお父さんなのにこんなこと言っっちゃったけど許してよ」
「何度も言ってるけど、実の親父はあんなんじゃない。タルトピアの俺が心底可哀想だ。あいつのせいで、地球がこんなことになってるのに、君は平凡だから代わりに別の宇宙から有能な君を連れてくる、って言われて了承するんだもんな。どんな気持ちだったか考えただけで……」
「今の君じゃ耐えられない?」
「……ああ」
「まさか。同情が上手いのか嘘が下手なのかどっち?」
「そんな言い方しなくてもいいだろ」
「ごめんごめん」倉持は柔らかい人工太陽の光が降り注ぐ窓辺に近づいた。「聞いた通り、イレーネ側が承諾してしまったのが運の尽きだったわけだ。これは決して日向子さんの責任ではなくて、イレーネ全地球民の責任だ。こんな過酷な環境を生き抜くために純粋無垢に進化した僕たちは、相手を疑うということを完全に忘れていた。もう遺伝子レベルの欠損と言っていい。そのせいで、ケーレスの地球人にまで迷惑をかけている。この責任は我々が取るべきだということを日向子さんも僕も、考えている」
「具体的にはどうするんだ」遠藤は倉持の背中に問いかけた。
「目には目を、歯には歯をってやつです」倉持は日向子に目配せする。
「先輩、このままタルトピアを野放しにしておくとして、どれくらい持つと思いますか?」
「どれくらい? 柳局長はそんなに余裕がないようなことを言っていたと思うけど」朧げな記憶を頼りに遠藤は言った。
「彼の計画では、あと一年半で実質的なタルトピアの実権を握る計画のようです。溶けだした北極の氷による異常気象があと半年で最大の猛威を振るいます。イレーネほどの寒さにはなりませんが、慣れていないタルトピアの人々であればひとたまりもないでしょう。そこで昭氏はシェルターを開放し、国民の支持を得るつもりです。その後一年で恐らく異常気象はある程度落ち着き、実際に選挙が開催され、彼は地球の王になるでしょう。全て私の部下が調べ上げてくれました」日向子は悲しげな表情のまま言った。
「そこまでわかっているのに何で今行動を起こさないんだよ」
「この情報を知っていることを、あちらが知っているからです」
「うん?」
「私の部下たちは皆有能なものが揃っています。ですが、こればかりは一枚あちらが上手だったのです。まんまとばら撒かれた餌に食いついてしまいました」
「わざと情報を流した、ということ?」
「そうですね」日向子は不服そうに言った。
「親父がどうしてそんなことをしたのか全く理解できない。一種の博打じゃないか。メリットが見えてこない気がするんだけれど」
「絶対的な自信があるのか、根っからのギャンブラーなのか、はたまた……」
「向こう見ずなだけなのか」遠藤が日向子の言葉を引き継ぐ。
「まあまあ」倉持が間に入った。「とにかく、僕らはそういう腹積もりでいるわけだ。日向子さんは実働部隊で動けるほど身体能力値は高くないから、あくまで昭氏に動きを悟られないようにサポートに回ってもらうことになる。僕はタルトピアでの立場を活かして反全権者組織として強襲をかける」
「俺はどうするんだよ。いくら宇宙間を飛び回れても、何の技術も持ってないんだけどな」遠藤はため息をつく。「それに、自分の意思じゃろくに飛べやしないし」
日向子と倉持は遠藤に笑いかけた。
「先程言ったことをもう忘れたんですか、先輩」
「え?」
「昭氏が最終攻撃を仕掛けてくるまでにはあと一年半猶予がある、と言っているんです」
「遠藤にはこれから専門的な訓練を受けてもらうよ」倉持は珍しく目を大きく開けて言う。
イレーネの空は雪雲で満たされていた。
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