"特査"

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 会議室に捜査官が集められた。集められたといっても、人数はたったの四人である。集まった、とプロアクティブに表記したほうが、この状況に則しているだろう。今しがた帰ってきた美波、雨宮と、他の捜査に駆り出されていた新人の伊勢崎、そして”特査”の部長である遠藤昭である。美波たちが入ってきたときには、すでにホワイトボードに被害者の写真や身元など、すぐに調べのついた情報が少し斜めった字で走り書きされていた。急ぎで伊勢崎が準備したものだろう。

「ご苦労だったな。何か気づいたことはあったか」昭が美波たちの姿を確認するなり訊いてきた。

「いえ……。私たちも考えてはみたのですが、検死結果すら出ていない今の段階ではまだ何とも言えません……。ですが」

「が、何か引っかかるのか?」

「なんというか、ありのままで申し訳ないですが、一般的な殺人事件であると考えています」美波は黒い瞳をまっすぐ昭に向ける。

「ほう……。まあ頭の片隅に入れておこう」こめかみを人差し指でつつきながら昭は言った。「伊勢崎はどうだ?」

「は、はい。僕も同意見です。自殺であれば、鍵が閉まっていてもおかしくはないですし、凶器が今だ発見されていないことからも事件性は大有りだと思いました。検死の結果で、刺し傷から犯行に使われた刃物の刃渡りなどわかるかもしれませんし、なんにしても、殺人事件として差し戻せばいいと考えます。それまでは、被害者の交友関係を洗いつつ、検死結果を待つということで……」引っ込み思案な伊勢崎は言うだけ言ってだんまりしてしまう。

「雨宮は」

「自分も同感でっす」軽口を叩いてから、美波に睨まれていることに気付いた雨宮は、ホワイトボードの反対側の机上にあった灰皿を引き寄せた。

 皆が皆こんな具合であるからして、”特査”の人間は捜査一課に属するとは思えない緩さ、ラフさを備えている。警察の人間というのは、世間から見てもしっかりとして、厳しく、犯人逮捕のその日まで全力で、とかいった印象を持たれがちだ。その点”特査”には、そんな血眼になって捜査してもさっぱり埒が明かない、てんでダメな事件がこれでもかと来るものだから、やる気を絞って絞って絞り出してどうにか仕事をしている、といった感じになるのも仕方がないのかもしれない。きっと、クレーム駆除の仕事をしている人となら、結構楽しく会話できるはずだ。新人の伊勢崎は、配属当初こそはきはき仕事にあたっていたものだが、半年が経った現在はこちら側に染まりつつある。人は堰がないと楽なほうに流れていくんだなぁと二つ上の雨宮は思う。まるで他人事である。

 一通りの状況報告が終わってから、雨宮と共に一服していた伊勢崎は、またほかの部署に呼ばれて、そそくさと会議室から出て行ってしまった。昭は喫煙者ではないので、部屋の隅のほうで部下の報告を聞いていたが、伊勢崎が出ていくと自分のオフィスに戻った。部屋から出る際、昭が思いついたように振り返って、

「柳先生に話を伺ってみたらどうだ? 何かいいアイディアをもらえるかもしれん」と言い残して去って行った。

「ほら、やっぱりあの人のとこへ行けって神様も仰ってるんですよ」鬼の首を取ったように雨宮は言う。

「考えておくわ……」

 美波のバツの悪そうな顔を見て、雨宮は吹きだした。

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