5.宮内雪
雪は、花壇に腰を下ろして、満足気な笑みを浮かべながら、いつでも真っ暗な空へと視線を向ける。
目の見えない自分に対して、朝から何度も自分に声をかけていてくれた男の子の正体をきちんと知ることができたのだ。
少し、お昼に怒られてしまったけども、雪には、それすらも面白くて、楽しくて仕方がない。
そして、何よりも、また明日、と約束の別れを告げることができたのだか、なによりもうれしかった。
「なに、ニヤニヤしてるの? いいことでもあった?」
「やや! その声は!」
勢いよく立ち上がり、声をかけた主がいるであろう方向へと体を向ける。
少しだけ汗ばんだ額と肩にかかるスポーツバックが、妙に似合う少女の名は<伊波 優喜>。
優喜は、バスケ部部長で雪の幼馴染だ。
「ゆーきちゃん、おつカレーライス! はい、これ!」
雪は、ポケットの中に手を入れ、優喜にあるものを手渡す。
手のひらサイズの黄色い缶には、ポップな字で「コンポタージュ」と書かれている。
「大会が近くて、練習長くてさ。 ありがとう」
冬の寒さで鼻先を赤くしながら、無邪気な笑顔を向ける雪に、優しく微笑みかけた。
だけど、向き合う雪の白濁した瞳が視界に入り、意識的に視線を外す。
「帰ろっか」
「帰ろー!」
優喜は、雪の冷えた手を温めるように包んで、2人は、学校を後にする。
雨が降り出しそうな空は、優喜の隠している心をさらけ出しているように広がっていた。
***
暖房が、程よく効いた電車から、優喜に引きずられるようにして下車した雪は、眠たそうに目をこする。
だけども、顔にかかる冷たい風は、眠さなど、どこかへと吹き飛ばしてしまう。
「寒いときは、コタツでぬくぬくしたいものですな~」
「雪、そんなんじゃ、おっさんみたいだよ」
「ゆーき、酒持ってこい! 酒だ!」
雪のノリのいいボケに対して、優喜はチョップでツッコミ。駅のホームには、小さな笑い声が響いた。
「そういえば、雪。 今日、何か、いいことあった?」
「え? なんで?」
寒い夜道を手を引かれる雪は、少し後ろで首を傾げる。
「なんか、嬉しそうに笑ってるからさ」
「えへへ。 なんと、新しいお友達ができました! パチパチパチ~」
嬉しそうに話す雪とは、対照的に、優喜は、眉をピクリと動かす。
雪は、目のハンデから友達が極端に少ない。だから、雪に新しい友達ができるのはいい事ただ。
だとしても――
「誰それ?」
優喜が、知る過去が蘇ろうとしたとき、声を乱暴にはることでかき消した。
「私の隣の席のなつきくん! すごいね、面白いんだよ!」
優喜の思いを知る由もない雪は、自慢話をするようになつきのことを話し始める。
でも、それは、優喜にとって苛立ちにしかならない。
これは、嫉妬ではない――不安だ。
「あんな奴と友達なんて言っちゃダメだよ。 雪に不都合しかない」
優喜は、掴んでいた手を離し、雪の方を向く。
白濁した瞳と対峙して、視線をそらした。
そんなこと、雪には見えていないはずなのに、雪は、そっと微笑んだ。
「私はね、都合いい、悪い、なんかで友達を見てないよ? 意地悪されるのは、ちょっと嫌だけど、なつきくんは、そんなことしない」
「でも――」
優喜は、何かを言おうとしたが、それを飲み込み、奥歯を噛みしめる。
「家、着いたよ」
気づけば、窓から漏れる温かい光が雪と優喜を照らし出す。
照らす光から逃げるよう優喜は、別れの言葉を告げて、家の中に入る雪の背中を見送った。
「雪に友達か……」
優喜は、雪の温もりが残る左手を見つめて小さくつぶやいた。
空からは、小さな雨粒が勢いを増して降り出し、優喜の左手を濡らしていった。
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