12.冬の日の金曜日
金曜日の朝というのは、なんとも言えない、複雑な感情での登校になる。それも、なつきのめんどくさがりの性格がゆえなのかもしれないが――
みんな、清々しいくらいの笑顔で会話をしているというのに、肩を並べて歩く、この3人は全くそうではない。
目の下にくまを作り大きなあくびをするなつき。昨日の深夜……今日の明け方……ともかく夜中にやっていた、無名のB級アクション映画を見入ってしまい、ほとんど寝ていないのだ。
その隣で、懐かしいく感じるくらいの鬼のような形相でなつきを睨む優喜。
雪となつきが2人で冬祭りに行くことを、ついさっき知ったのだ。昨日は、課題に追われすぎて話を聞いていなかったらしい。
そして、1人だけテンションMAXで道を歩く雪。もちろん、理由は『明日が、冬祭り当日になるから』だ。
「なつきくん! 明日、すっごい楽しみだね!」
なつきの制服の袖をクイクイとひっぱり話す。
「そうだな」
本日、何回目かわからない大きなあくびをした。
「雪! なんで、私じゃないの! 加賀谷なんかじゃない方がいいよ!」
優喜は、雪がいないと死んでしまうのではないのか、と思ってしまうくらい、自分のそばから雪が離れると涙目になり、幼児のようになる。
「伊波……ドンマイ!」
こんな時の優喜は、なつきにとって恰好のおもちゃとなる。
「うるさい! お前なんてな、あれなんだからな!」
「あれってなんだよ」
「うっさい!」
ゆうきは、なつきの肩に強めパンチをくらわす。だが、所詮は女の子のパンチ、なつきには1ダメージも入っていなかった。
「ゆーきちゃん、暴力はダメだよ!」
「うぅ……ごめん」
雪の言葉には、すぐに素直になる。
「でも、ゆーきちゃんは、部活のお友達と行くんでしょ?」
「大丈夫、断るから!」
「そんなのダメだよ! それに、私は、なつきくんと2人で行こうねって約束したんだから!」
雪は、純粋だ。この世界のことを何も知らないのかというくらいに純粋なのだ。それゆえに、何の恥じらいもなく、そんなことが言えるのだ。
なつきは、昨日の自分のセリフを思い出し、急に恥ずかしくなった。
そのとき、挨拶運動を実施している体育教師からの「おはよう!」が聞こえた。
「先生! おはようございます!」
「おぉ! 宮内は今日も元気だな! 頑張れよ!」
「はい!」
***
この学校は、変わっているところが多くあると感じていたが、まさか、地域の祭りの前日が半日授業になるなんて思いもよらなかった。
「この学校って変わってるね」
旧校舎の一室で、書類に目を通している夕日先生に話しかける。今日も、この教室だけは普段と変わらないのんびりと時間が進んでいく。
「地域をあげてやっている祭りですからね。田舎の高校はボランティアで参加になるんです。 生徒たちは<裏文化祭>なんて呼んでいるらしいですよ。 あ、お昼食べましたか?」
「まだ、食べてない」
「じゃ、パスタでも作りますかね」
そういうと、夕日先生は、台所に向かいお昼の準備に取り掛かる。
(裏文化祭かー)
なつきは、窓際まで行き、下にある新校舎を見下ろす。裏文化祭と呼ばれているだけあって、この学校では、冬祭りの会場に高校生が運営の屋台を各クラスでだすのだ。
<イベントごとの準備は適当にやっといてくれ系男子>であるなつきは、もちろん不参加――ではなく、『自由参加だから不参加』なのだ。合法的だ。
忙しなく動く、生徒たちを旧校舎からなんとなく、見下ろしていると、ポケットに入っていたスマホから着信音が鳴る。
「もしもし」
「あ! なつきくん、どこにいるの?」
電話の向こうからは、少し不満そうな声で話す雪の声が聞こえてきた。
「夕日先生の所だよ」
「もう! 飽きちゃったよ! なんで、私のお迎えに来ないの!」
(いやいや、自分で行ったんだろ!)
さかのぼること、数十分前――
「伊波さん、どこか行くんですか?」
雪を旧校舎のいつもの教室に送り届けると、背中を向ける優喜に、夕日先生が話しかける。
「冬祭りの屋台だよ。 一緒に行くはずの友達が急にやるとかいいだしてさ」
ゆうきもどちらかというと、<イベントとかは勝手にやっていてくれ系女子>なわけで、随分とダルそうな口調で話す。
「えぇ! なんか、すごい! 私も行く!」
イベント大好きな雪は、優喜の声にすかさず反応した。
「大丈夫? 夕方までやるんだよ? 飽きちゃわない?」
雪は、自分が暇になると誰でも構わず、かまって攻撃を仕掛ける。そんな、雪がイベントの準備なんて集中できるわけがなかった。
ちなみに、雪は<イベントの準備はしたいけど飽きちゃう系女子>だ。
優喜は、それを知っていて、あえて言わなかったのだ。
「大丈夫だよ! 絶対に飽きないから!」
「そう? なら、行こっか」
なつきは、数十分前に聞いたやりとりを思い出しため息をつく。
「さっき、あれだけ飽きないって言ってたじゃん」
「あれ~? そんなこと言ったっけ? あははは」
わざとらしい笑い声に呆れながらもなつきは言葉を続ける。
「どこいるの? 迎え行ってあげるよ」
「さすが! ゆーきちゃんのクラスで待ってるから早くね!」
「はいはい」
通話を終了して用なしになったスマホをポケットに入れ、夕日先生に声をかける。
「雪が迎えに来てほしいっていってるから行ってくるね」
「そうですか、わかりました。 では、宮内さんにもパスタ作っておくと伝えてください」
慣れた手つきでフライパンを振る夕日先生は、どっかのイケメン俳優のようだった。フライパンからただようおいしそうな匂いは、なつきの腹の音を鳴らす。
「じゃ、行ってくるね」
「気を付けてください」
暖房で整えられた最適な温度とは違う、冬の自然の空気で冷やされた廊下に出る。
外は太陽も出てるし、もう少しあったかいだろうな、なんて楽観的な考えは、すぐに否定された。
「さむっ」
太陽が出てても、まだまだ、冬の寒さが感じられる外。なつきは、ポケットに両手を入れ、白い息を吐きながら新校舎へと続く階段を下りる。
だんだんと、大きくなっていく生徒たちの騒音――だけど、なつきは『うざったさ』を感じていなかった。
冬の日の金曜日は、どうしてこんなに、複雑な気持ちになるのだろう。
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