29 チート能力
かくして俺と勇者ハヤトの戦いは始まった。
「あはははっ!」
能面のような無表情だったのが、今は乾いた笑みで染まっている。
「くっ」
流石は勇者と名乗るだけあって、一撃一撃が重い。
「ほらほら、受けてばっかじゃすぐに僕に殺されちゃうよっ!」
防戦一方の俺に対し、挑発的な物言いをするハヤト。
「だったら、さっさと殺してみるがいい」
その言葉に対し、俺も対抗するように強気な言葉を口にする。
「はっ、すぐに殺してあげるよっ!」
ハヤトの攻撃速度が更に増す。
……だが、俺はそれら全てを、躱し、往なし、捌く。
確かにハヤトの攻撃は、早いし重い。
だが所詮それだけに過ぎない。
俺は奴の攻撃パターンを見切りつつあった。
「くそっ、なんでまだ死なないんだよっ!」
攻め続けているにも関わらず、いまだ一撃も入らない事態にイラつき出したのか、ハヤトの動きは増々単調のモノになっていく。
確かに身体能力と魔力だけなら、お前は勇者だよ。
……だけどな。それだけでどうにかなる程、実戦は甘くはない!
ハヤトの動きはかつての俺と良く似ていた。
高い能力に驕り、それに振り回されている。
俺は潜在能力の高さだけでは実戦では通用しない事を、繰り返したループの中で十分に思い知っている。
そして今度は、ハヤトがそれを思い知る番だ。
「もう、お前の攻撃は見切った」
俺は攻勢に転じると、ハヤトが手に持つ剣を狙う。
俺の振るった鋭い剣の一撃によって、ハヤトが手に持つ黒い剣があっさりと弾け飛んだ。
「くそぉっ。なんでなんだよぉ!」
武器を失ったハヤトは、呆然とその場に座り込む。
このまま殺すことも出来たが、コイツには聞きたいことが山ほどある。
「おい、ハヤトとか言ったか。お前一体どこから来た?」
「ああ? 何処って、そりゃ■■からだよ」
肝心な所でノイズが混じって聞こえない。
「なんだって?」
「だから■■だって」
やはり聞き取れない。
ハヤトの発音どうこうの問題では無く、どうも何かに邪魔をされているような感じである。
「質問を変える。お前はこの世界の住人か?」
「違うよ。僕は死んで転生して、チート能力を貰ってここに来たんだ」
やはり俺と同じ、召喚によって呼ばれた異世界人か……。
「そのチート能力ってのは何だ?」
「〈黒の勇者〉って能力だよ。まあ名前そのまま、勇者みたいに強くなれる能力みたいだよ? まあでも魔王なんかに負けちゃったし、大したモノじゃないね」
魔王なんか呼ばわりに少々イラッとするが、ここで突っ込んでも話が進まない。
「ほかにも〈異世界言語理解〉とか〈転生記憶保持〉とかいくつか貰ったけど、どれも大したことないよ。〈■■■■〉ってなんか読めないのもあるけど」
先程から何もない中空を見つめながら、俺の質問に答えるハヤト。
何か妙な感じがするが……。
「あっ」
そんなことを考えていると、ハヤトが何かを発見したような声を上げる。
「どうした?」
「……ううん、何でもないよ。ふふっ」
そう言ってハヤトが、ニヤリと口の端を吊り上げた。
次の瞬間。
「がはぁっ」
いきなり俺の腹に黒い剣が生えていた。
一体何が起こった……?
「な、なにが……」
全身から力が抜けていくのを感じつつも、力を振り絞り後ろを振り返ると、そこには邪悪な笑みを浮かべたハヤトが立っていた。
俺は奴から一度も目を離していなかった。
なのに、いつの間に俺の背後に……。
「はははっ、やっぱりチート能力は凄いや!」
楽しそうに笑いながら、ハヤトが俺に刺さった剣を引き抜くと、再び俺へと刺し込む。
「ぐはぁっ」
その追い打ちによって、俺は思い切り血を吐き出す。
全身から力が失われ、もはや立つことすら叶わない有様となった俺は、為す術なくその場に倒れる込む。
「ほいほい、ラスボス撃破っと。なんだぁ、案外楽勝じゃん」
そんなハヤトの言葉を聞きながら、俺の意識は消失した。
◆◆◆
薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。
前回のループでの出来事は正直訳が分からないことだらけだった。
もはや想定外の事態にも慣れてしまったのか、自身でも意外な程に頭は冷え切っていた。
「――ナイトレイン様!」
そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。
アリスティアにも相談しないとな。
「――お目覚め下さい! ナイトレイン様!」
アリスティアの呼び声に応じて、俺の意識はゆっくりと覚醒していく。
目の前には、いつも通りアリスティアの姿があった。
「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、ナイトレイン様……」
アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。
彼女だけはいつも変わらずに、そこにいてくれるから安心する。
こうして新たなループが幕を開けた。
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