28 黒の勇者

 100人近い夜天十字騎士団リバースクルセイダーズの騎士達に囲まれ、絶対絶命の危機に陥っているかに見えた俺だったが、意外な事に形勢は俺の方が有利だった。


「はぁぁ!」


 俺は魔力剣の一振りで、数人の騎士を纏めて薙ぎ払う。


「くっ、くそっ! 敵はたった一人だぞ……、貴様ら逃げるな! かかれぇ!」


 リーダー格の騎士がそうやって部下たちを叱咤するが、俺の戦いぶりに皆萎縮している。


「所詮貴様らでは、魔王たる我の障害にはなれんのだ」


 威圧目的で、そう強い言葉を口にする。


 だが、その言葉には本心も混ざっていた。

 今の俺は正直、物凄くノっている。

 身体が思いのままに動くのだ。

 魔力を込めて敵を攻撃すれば、鎧袖一触の勢いで蹴散らすし、全身を魔力で覆ってやれば、多少の攻撃ではビクともしない。


 何度もループを繰り返すことで、ようやく俺は魔王としての本当の戦い方に目覚めようとしていた。

 体感では、以前にアリスティアに鍛えてもらった時すらも超える強さを、俺は手にしていた。


 「――魔王様が強くなろうとすれば迷わず殺してループして頂きます――」


 アリスティアがかつて言った言葉が、俺の頭の片隅を過ぎる。

 だが今はそれよりも、全身に滾る高揚感に身を任せていたかった。



 途中から来た援軍もどうやら居たらしく、俺を取り囲む騎士の数はいまだ100人近い。

 だが俺が暴れ回る事で、その数は着実に減っている。


「……しゃーないな。ええか? ちょっとだけあれを足止めしいや。そしたら、わいが助けを呼んで来たるから」


 ヒートヘイズがそう近くの騎士に告げると、この場から離脱を図ろうとする。


「待て! ヒートヘイズっ!」


 当然、そんな真似をみすみす許す必要も無く、俺は奴を止めに入る。


「こ、ここは通さんっ!」


 だが、ヒートヘイズの指示を受けた騎士たちが、俺の前に立ちはだかる。


「邪魔をするな!」


 そいつらを剣の一振りで薙ぎ払うが、その僅かな間にヒートヘイズは姿を消していた。


「ちぃっ」


 またもヒートヘイズに逃げられた俺は、思わず舌打ちをする。

 本当はこのまま奴を追いたい所だが、ここにいる騎士たちがそれを許してはくれそうにない。


 ◆


 それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。10分程度にも思えるし、もう何時間も経ったようにも感じられる。


 俺を取り囲んでいた騎士達はその数を大きく減らし、残り20人といない。

 もはや全滅などという表現を通りすぎた様相を呈しても尚、逃げ出さない彼らを褒めるべきなのだろうか。


 そんな時だった。

 ここからそう遠くない場所で、突然巨大な魔力が爆発するように膨れ上がるのを感じた。


「っ! なんだっ!」


 感じた魔力の質は、勇者カノンベルのモノと良く似ている。

 だが、ここにアイツが居るはずがない。本来なら今頃はまだノースシュタットの街付近にいるはずなのだ。


 どういうことだ!?


 何か猛烈に嫌な予感がする。

 俺は周囲の騎士達を無視して、魔力を感じた方角へと一直線に駆け出す。


 突然の俺の猛ダッシュに、騎士達は呆気に取られた表情をした後、慌てて追いかけてくる。

 だが今はそれに構っている暇は俺には無かった。


「これは……」


 魔力の発生源近くへとやって来た俺の視界には、いくつもの死体が転がっていた。

 ここに住んでいた連中なのだろう。その多くが白衣を纏っている。


 そしてその惨状の中心には、一人の年若い男が立っていた。

 纏う魔力は似通っているモノの、勇者カノンベルではない。


 その男を一言で言い表すなら、黒だった。

 黒いコートを身に纏い、黒い剣を右手に携えている。

 髪も黒、瞳も黒、黒、黒、黒、真っ黒だった。


「ああ、もしかして君が魔王って奴なのかな?」


 男がこちらに気付き顔を向けてくる。

 その表情は顔つき以上に、どこか幼い印象を受けるモノだった。


「はい。これあげるよ」


 男が左手に持っていた丸い球体を、無造作にこちらへと投げてよこす。


「っ!?」


 それは球体では無く、人の首であった。

 コロコロと転がりその顔が正面を向いた時、俺は視線があったように感じてしまった。


「ヒートヘイズっ」


 その首は、ヒートヘイズのモノだった。

 助けを呼びに行くと言って逃げた奴が、どうしてこんな状態になっているのか、俺は状況が全く掴めずにいた。


「お前……何者だ?」


「うん? 僕に言ってるのかな? 僕の名前はハヤト。クロキ・ハヤトだよ」


「……違う。名前を聞いているんじゃない! 俺が聞きたいのは、お前がどういった存在かってことだっ!」


「どういった存在、か。……いきなり難しいことを聞いて来るね。そうだね、僕を言い表す言葉は色々と思いつくけど、君にも分かりやすい言葉を選べば、そう"勇者"かな」


 驚くべき返答ではあったが、同時に得心もいった。

 魔力の質も量も、あまりに勇者カノンベルと似すぎている。

 これで一般人だと言われた方が、逆に疑問が増したことだろう。

 だが……。


「何故人間の守護者たる勇者が、こうもあっさりと人間達を殺す。おまえの目的はなんだっ!」


 勇者とは魔族に対しては苛烈な存在だが、人間に対してはその限りではない。

 

 だがハヤトと名乗った勇者の青年は、この場で虐殺を行っている。

 ヒートヘイズ含め、この場にいたのは皆人間であるにも関わらずだ。


「目的って言われてもね……。強いて言うなら、肩慣らし? いやー、ここに来たばかりだから、ホントにチート能力があるのか不安でついね」


「チート能力? 何を言っている?」


「ああ、気にしないでこっちの話。……で君さ、魔王なんだよね?」


「そうだが。……それがどうかしたのか?」


「いやね。勇者って言ったら、魔王を倒すモノでしょう? いきなり敵の親玉が目の前にいるんだ。逃がす手は無いじゃない」


 そう言って黒い剣の切っ先を、こちらへと向けてくるハヤト。


「じゃあいきなりだけど、ラスボス戦、始めちゃおうか!」


 その言葉を合図にして、ハヤトがこちらへと駆けてくる。


 状況はまだ掴めていないが、それでも一つだけハッキリと分かることがある。


 アイツは、俺の敵だ!

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