25 吸血鬼達の隠れ里

 ジェニーノアの案内によって、俺は吸血鬼たちの隠れ里ナハトハイマートを訪れていた。


 端的にいってボロイ家がいくつも立ち並ぶが、外を歩く人の姿は見えない。


 遠巻きにこちらを窺う気配がいくつも感じるが、そのいずれもこちらへとその姿を晒す気はないらしい。

 ……どうもかなり警戒心が強いようだ。


 そんな中、一人の小さな少女が家の陰からひょっこりと顔を出し、こちらへと向かって歩いてくる。


「お兄ちゃん、その人だれ……?」


 僅かに怯えた表情を浮かべた少女が、ジェニーノアへと問い掛ける。


「エイミー。お前は家に戻ってろ」


「いやっ! お兄ちゃんと一緒がいい!」


 そう言って少女は、ジェニーノアの背後へと飛びつく。


「はぁ、こいつはエイミー。……まあ、俺の妹みたいなもんだ」


 10代前半の姿のジェニーノアが、まだ10に満たないだろう彼女をそう呼ぶのは特に違和感はない。

 だがジェニーノアの実年齢は大分上だったと思うのだが。


「この子も吸血鬼なのか?」


 普通の吸血鬼は、吸血鬼によって吸われたヒューマンが成るものだ。

 確か、余りに子供だとその変化に肉体が耐えられないと聞いた気がするんのだが……。

 だから老化も成長もほとんどしない吸血鬼は大人ばかりなのだ。


「……エイミーも俺と同じ真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアなんだよ」


「そういうことか……」


 普通ではない吸血鬼の誕生方法に、始祖吸血鬼オリジンヴァンパイアの母によって出産される方法がある。

 元ヒューマンである始祖吸血鬼オリジンヴァンパイアは例外的に生殖能力を保有しており、彼女らがヒューマンとそういう行為をすることで子が出来る場合がある。


 ジェニーノアの母は確かアリスティアによって殺されたと聞いた。

 彼女もまた似たような境遇なのだろう。


「お兄さんは誰なの?」


 エイミーがジェニーノアの後ろに隠れながら、俺にそう問い掛ける。


「ああ、俺の名前はナイトレイン。一応魔王だ」


「ちょっ、おまえ魔王なのかよっ……。だからティア姉以上の魔力量なのか……」


 納得いった表情でそう呟いているジェニーノア。


「すまん。そう言えばまだ名乗ってもいなかったな」


 こっちは既にアリスティアから聞いて知っていたからつい、な。


 ループを繰り返していると、どうもこういった基本的な事が疎かになりがちだ。

 気を付けないとな。


「ねぇ、お兄ちゃん。魔王って凄いの?」


「そうだな、まあまあ凄いぞ。でも俺ほどじゃないけどなっ」


「そっか、やっぱりお兄ちゃんは凄いんだねっ」


「おうっ!」


 兄妹が目の前で微笑ましいやり取りを繰り広げているのを横目に、俺は里の様子を探る。


 これだけ親し気な雰囲気を見せても、誰も姿を現さないってのは相当だな……。


「なぁ、どうして誰も外に出てこないんだ?」


「ああ、皆、吸血鬼狩りにビビってるんだよ」


「吸血鬼狩り?」


「……夜天十字騎士団リバースクルセイダーズの奴らさっ。アイツらが偶にこの森までやって来て吸血鬼仲間を狩るから、皆怯えてるんだよ」


 確か、星光教会エトワールエグリーズ内の実行部隊の一つだったと記憶している。

 だが俺が知っているのはただそんな部隊が存在するという事だけで、それ以上の詳しい情報は何も知らなかった。


 しかし、ジェニーノアの人間に対する態度が妙に引っ掛かる。

 敵意は無論あるのだが、以前のループで感じたような強い憎悪は感じないのだ。

 

 この後に何かが起こるのか?


「あんな奴ら、俺が返り討ちにしてやるんだけどな」


 確かにジェニーノアの実力は相当なモノだ。

 四天王にさえ匹敵するかもしれない。

 だが強いのと、他人を守れるかどうかはまた話が別だ。

 相手が大勢でくれば、きっと彼一人ではこの里の全員を守り切るのは難しいだろう。


「なぁ、ジェ――」


 その事を指摘しようとした矢先、妙な気配を感じ俺は言葉を止める。


「……あんたも気付いたみたいだな」


 どうやらジェニーノアも感じたようだ。

 

「ああ、何か来るな……」


 気配は徐々にこちらへと近づいてきている。


「エイミー、お前は家に隠れてろ。いいなっ!」


「……う、うん」


 ジェニーノアと離れがたい雰囲気を出していたが、空気を読んだのだろう。

 彼の言葉に従い、エイミーは大人しく家の中へと戻っていく。

 見た目以上に聡い子である。


「いきなりこんな事を頼んで悪いが、あんたこの里を守ってくれないか?」


「いや、俺も一緒に行こう。もし敵ならこの里に接近を許した時点でマズイ」


 獣避けの柵があるだけで、まともな防衛戦が出来るような作りではない。

 ならば打って出た方がはるかにマシだ。


「……そうだな。悪いが頼む」


 強気な事を言っていた割に、あっさり俺に頭を下げることが出来る辺り、見た目以上に大人なのだろう。


 俺たちは迫る気配と向かって駆け出した。

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