24 真祖吸血鬼の少年

「私の見立てが正しければ、その子の名前はジェニーノアと言います」


 アリスティアが俺を襲った少年の素性について語る。


「……今から20年程前でしょうか。彼はとある事情から、私が引き取って育てた真祖吸血鬼トゥルーヴァンパイアです」


 20年前か。となると少なくともあの少年は、既に20歳を超えている訳か。


 とてもそうは見えなかったな……。


「詳しい事情は割愛させて頂きますが、彼の母は私と同じく始祖吸血鬼オリジンヴァンパイアでした。……人間からわざわざ吸血鬼に成るヒューマンは、大抵何処かが歪んでいるものです。彼の母もまたそうでした」


 アリスティアによるとジェニーノアの母は、偏執的なまでの研究狂いだったらしい。

 ただ研究をずっと続けたい、その一心だけで不老たる吸血鬼と成ったとの事。

 ジェニーノアを産んだのもどうやら研究の一環に過ぎなかったらしく、彼を産んだ直後にその父親は用済みとばかりに殺害され、ジェーニノア自身もまた研究素材として扱われたようだ。

 それを見かねたアリスティアが、彼女を殺してジェニーノアを引き取ることになったそうだ。


「私はジェニーノアがある程度の年齢になるまで、ずっと面倒を見ていました。その後、私が魔王城へ行くことになり、彼はナハトハイマートへと預けて来たのですが……」


 どうやら俺が前回のループで訪れた昏い森の中に、吸血鬼達の隠れ里であるナハトハイマートはあるらしい。


「それで、どうして俺がそのジェニーノアとかいう少年に襲われる羽目になるんだ?」


「……恐らくですが、ナイトレイン様を人間と見間違えたのではないでしょうか?」


「むっ、魔王たる俺を人間と間違えるだとっ」


 ……そう言えば、旅人の変装をしたままだったな。


 その上、魔力を俺は封じていた。

 元々、俺の見た目に魔族的要素はほとんど存在しない。

 魔力の質から判断するしか無いのだが……。


「どうやら、本当に間違われたらしいな……」


 そう言えば人間領に居た時、魔力を封印している状態で魔族だと疑われた事は一度も無い。

 思い返せば、俺は完全に人間に馴染んでいた。


「ナイトレイン様の魔力は本当に素晴らしいですから……」


 フォローのつもりなのかアリスティアがそんなことを言うが、俺が間抜けであるという事に何ら違いは生じない。


「よし、もう一度俺はあの森に向かうぞ」


 ただ殺されて終わりでは、何となく気分が悪い。

 それにあの少年が発していた強い殺意は、どうも引っ掛かるのだ。


「その、ナイトレイン様。ジェニーノアが迷惑を掛けてしまったようで申し訳ありません。育てた者として私が代わりに謝罪しますので、あまりあの子に酷いことは……」


 アリスティアには珍しく、ちょっと焦った声でそんな事を言う。


「分かっている。別に復讐するとかそんなつもりは無い。……アリスティアよ。お前が愛した男を少しは信用してくれ」


「そう……ですね。どうかあの子を宜しくお願いします」


 アリスティアがそう言って頭を下げるのに対し、俺は黙って頷いた。 


 そうして俺は、再びあの昏い森へと向かうことになった。


 ◆


 その前に、俺はローズマリアとシャッハトルテ、ループへと巻き込んでしまった2人に挨拶と情報交換の為に会いに行く。


 シュティルハイムを訪れた俺を、ローズマリアは笑顔で迎えてくれた。


「久しぶりだねっ、レイン! 見てよボク大分、魔法上手くなったんだよ!」


 そう言ってローズマリアがいくつかの魔法を披露する。


 ローズマリアは俺と別れてからずっと、魔法の修行を続けていたらしい。

 ループを挟むことで肉体はその技術を引き継げないが、それでも記憶は残る。

 地道な努力によって、どうやらローズマリアの魔法の腕は着実に上達しているようだ。

 そのおかげか俺が居た時程では無いにしろ、村の畑の整備は進んでいる。


 その様子を見て、ローズマリアと過ごした日々が無駄では無かったことを感じ、何となく嬉しい気分になった。


 ◆


 次に向かったのは、フェルグレンツェの街だ。


「お久しぶりです、レイン様」


 シャッハトルテとは、感覚的には別れてまだそれ程の時間は経っていないように思える。

 それでも久しぶりの再会に俺は喜んでいたが、対する彼女の表情はどうも暗い。


「……申し訳ありません。前回のループでは勇者様の説得は上手く行きませんでした」


「気にしないでくれ。それに前回は、俺がすぐに死んでループしてしまったから仕方ないさ」


 俺が死ねばその時点で、彼女達もループしてしまう。

 只でさえ俺の都合に巻き込んでいるのだ。

 彼女達の為にも、せめて勇者に殺されるまでは生きた方がいいだろう。


 ◆


 2人と挨拶を終え魔族領に戻った俺は、前回のループと同じ道筋を辿りあの昏い森を目指す。

 勿論今回は、ちゃんと俺が魔王だと分かるよう魔力封印は解除済みだ。


 周囲を警戒しながら暫く俺を森を奥へと進む。

 ある程度進んだ先で、背後に気配が現れたの気付き立ち止まる。


「あんた、こんな所に一体何の用だよ」


 以前と違いその言葉に敵意は感じられない。

 やはり前回突然の襲撃を受けたのは、俺の方に問題があったようだ。


 かと言ってどうやら歓迎されている訳でも無さそうな様子だが。


「君がジェニーノアかな?」


「っ。どうして僕の名前を知っているんだよっ!」


 ジェニーノアが一気に身構えて、距離を取るべく下がる。


 ちょっとイキナリ過ぎたか。


「アリスティアから聞きたんだよ」


「……ティア姉の知り合いか?」


「まあ、そんなところだな」


 知り合いというか、何というか。

 一言では言い表せない複雑な関係という奴だ。


「……それで、一体ここに何の用なんだよっ」


 アリスティアの関係者だと表明したことで、ジェニーノアの警戒心は大分解けたように見える。

 このまま勢いで押すことにしよう。


「良かったら俺を、隠れ里まで案内して欲しいんだ」


 元ヒューマンである為、同じ魔族からも疎まれがちな吸血鬼達がひっそりと隠れ住む村ナハトハイマート。

 そこに住む彼らがどのように生きているのか、俺は知りたいのだ。


「……何が目的だよ?」


「いやなに。アリスティアに君の様子を見てくるよう、頼まれた訳さ」


 本心とは違う答えだが、それもまた嘘という訳ではない。


「……ふーん。まあ、ティア姉がそう言ったんなら仕方ないなっ」


 納得してくれたようだ。

 この一幕だけでも、アリスティアの事を相当慕っているのが伺える。


 彼女は基本、俺と敵以外に対しては優しいのだ。

 思い返せば、最初あれだけ文句を言い合っていたローズマリアに対しても、魔法を教える時は丁寧だったしな。  

 理想が高いのか知らないけど、彼女が俺に対して求めているモノのハードルが少々高すぎるように感じることがある。


 ……精神的には一般人なんだけどな、俺。


「おいっ。何してるんだよ。置いてくぞっ」


 ぼんやりとそんなことを考えていた俺を急かすように、ジェニーノアが前で叫んでいる。


「ああ、済まない」


 こうして俺はジェニーノアの案内の元、吸血鬼達の隠れ里ナハトハイマートへと向かった。

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