23 昏い森での強襲
シャッハトルテと別れフェルグレンツェの街を出立した俺は、魔族領へと無事に帰って来ていた。
俺はそのまま魔王城へと続く街道を通らずに、敢えてそこから外れた道なき道を進んでいた。
というのも魔族の少数種族の大半は、街道から離れた土地でひっそりと暮らしているので、彼らと会おうと思えばそうするしかないのだ。
……決して魔王城に戻ってアリスティアに怒られるのが怖いとか、そう言う理由では無い。
「しかし森に入った途端、急に薄暗くなったな……」
気を紛らわせるつもりで、そう独り言を呟く。
辺りには木々が鬱蒼と茂っており、太陽の光を覆い隠している。
だが、それだけでは説明がつかない陰鬱な雰囲気を、この場所から俺は感じ取っていた。
なんだか嫌な予感がするな……。
彼らを刺激しない為に魔力を封印していたが、解除した方がいい気がしてきた。
そう思って俺が左手の魔法具に手を伸ばしたその瞬間、背後に殺気を感じる。
「っなんだっ」
振り返ると何者かが、俺へと急速に接近してくるのが見えた。
仮面を被っており顔は分からないが、その体躯は子供かと見紛う程に小柄だ。
その正体は不明だが、ただ感じる魔力の質から魔族だというのだけは分かる。
「くっ」
この世界は背格好の大小だけで相手を判断していい程、甘くは無い。
俺は魔法具へと向けていた右手を、すぐさま腰へとスライドし剣を引き抜く。
そうしている間にも襲撃者がこちらへと迫る。
そいつの指先には、魔力で創られた鋭い爪がいくつも伸びていた。
魔力爪かっ!
アリスティアが良く使っていたのを覚えている。
何度その餌食となったか分からない。
正直トラウマモノの攻撃手段だと言える。
その所為で一瞬だが、反応が遅れてしまった。
ガシィィ!!
魔力爪による攻撃を、間一髪という所で右手に持った剣で受け止める。
だがその一撃は、その小柄な体のどこからそんな力が出ているのかと叫びたくなる程に鋭かった。
純粋な力だけ見れば、四天王クラスはありそうだ。
バキィッ!!
俺の剣は受け止めた場所を起点として、そのままポッキリと折れてしまう。
「マジかよっ!」
俺は魔力封印を解いていなかった事を後悔する。
魔力で創った剣ならば、こうもあっさりと折られることは無かったのだが……。
だが今更後悔しても、もう遅い。
襲撃者の断続的な攻撃を前に、俺は回避するのに手一杯で、封印を解く
「くそっ」
ひたすら俺は回避に専念していたが、それでも少しずつ全身の傷は増えていく。
……結局俺は何一つ手を打てないまま、削り取られボロボロの有様となった。
「……人間は死ねっ!」
もはやロクに動けない俺を前にして、初めて襲撃者が声を発する。
体格相応のボーイソプラノのその声は、憎悪の色で真っ黒に染まっているように感じられた。
襲撃者の魔力爪によって全身は切り裂かれ、俺の意識は消失した。
◆◆◆
薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。
ここがどういう空間なのかは知らないが、もう慣れたものだ。
ゆっくりと前回のループの出来事を整理していく。
「――ナイトレイン様!」
そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。
どうやらそろそろお目覚めの時間のようだ。
「――お目覚め下さい! ナイトレイン様!」
アリスティアの呼び声に、新たなループの始まりを実感する。
俺の意識はゆっくりと覚醒していく。
目の前には、いつも通りアリスティアの姿があった。
「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、ナイトレイン様……」
アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。
「いつもそうやって心配してくれてありがとう、アリスティア」
「はいっ、ナイトレイン様っ!」
そんな俺の言葉に対し、アリスティアが喜びの表情を見せる。
よしっ、この空気のまま……。
「それで、アリスティアにちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「その前に、ナイトレイン様。先に問い正したいことがありますっ!」
くっ、やはりそう来るか……。
どうやら俺の話を逸らす作戦は不発に終わったようだ。
「あれほど釘を刺したのに、まーた、女の子に手を出しましたねっ!」
「あー、いや、その。あれには深い訳が……」
「深いも浅いも知ったことではありません! 全くあれだけ念押ししたのに、どれだけ手が早いんですかっ!」
アリスティアが怒りの表情を浮かべて俺へと迫る。
「ううっ」
いやね。
シャッハトルテを仲間に引き入れたこと自体は、大分お手柄だと思うんですよ?
勇者カノンベル対策が一気に進んだ事になるわけだし。
だが、そんな反論を許す空気ではどうも無いらしい。
「ローズマリアだけでなく、あんな女にまでっ! そんなに巨乳が好きなんですかっ!」
いや安心しろ、アリスティア。お前も背丈の割に十分デカいから。
そんな事言ってると、勇者カノンベルに怒られるぞ。
アイツはホントに絶壁だからなぁ。
そんな風にどうでもいいことを考えて俺は現実逃避をする。
そんな俺の内心など知ったこと無いとばかりに、アリスティアは叱責の言葉を俺に浴びせかける。
「――はぁ、はぁ。まだ言い足りませんが、今日はこの辺にしておきましょう。最後にもう一度言っておきます。正妻である私の許可なく他の女に手を出さないように! 分かりましたか?」
いつの間にか婚約者から正妻に代わっているが、もはや俺に突っ込む気力は無い。
「……分かったよ。それに今回は特別な事情があったからだ。もうそんな事はないよ」
俺としても、こんなことそう何度もあったら困るのだ。
別に俺はハーレムを作りたいとか、そんな事は思っていないのだ。
「むぅ。イマイチ信用なりませんが、まあいいでしょう……」
取り敢えず追及は一旦ここで終わりのようだ。
助かった……。
「それで聞きたいことでしたか? ……ナイトレイン様を殺した少年の事ですね?」
「ああ」
少年とわざわざ断定する辺り、どうやらアリスティアには襲撃者の正体に心当たりがあるようだ。
「私も、魔法による監視で確認しただけなので、断定は出来ませんが、あの子は恐らく
道理で強いわけだ……。
それからアリスティアはその少年の素性を語り始めた。
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