22 聖女との別れ

 翌朝、隣のシャッハトルテの寝顔を見た俺は、自身が仕出かした事に絶望を覚える。


 ああああっ! 俺はなんてことを……。


 アリスティアにあれほど釘を刺されていたにも関わらず、シャッハトルテの魅力と熱意に押され、つい彼女に手を出してしまった。

 そしてそれは同時に、ループの被害者を新たに一人増やしてしまった事を意味する。


 ローズマリアの時は、まだ知らなかったと言い訳する事も出来た。

 だが今回は違う。

 ループに巻き込むと知っていて尚、俺自身の意志の元、彼女に手を出してしまったのだ。


 いくらシャッハトルテ自身が望んだことだったとは言え、やはり後悔の嵐が俺を襲う。


「ううん。おはようございます。お早いですね。……どうかされましたかレイン様?」


 そんな風にうだうだと悩む俺に、横から声が掛かる。

 どうやらシャッハトルテも目覚めたらしい。


 毛布を身に纏っているが、その下には恐らく何も着ていない。

 何故知っているかって? 当然だ。昨夜、俺が全部脱がしたのだから……。


「おはようシャッハトルテ。……あと済まないが服を着てくれないか?」


 俺は目を横に逸らしながらそう言う。


「きゃあっ! もっ、申し訳ありませんっ……」


 俺の指摘に自分の現状にようやく気付いたらしいシャッハトルテが、慌てた表情で服を着替えに行く。

 俺の耳に布の擦れる音が届いてくる。


 俺はずっと彼女の方を見ないよう、意識しないよう、ただ壁のシミを数えていた。


「お見苦しい所を姿を晒して申し訳ありません。……もう大丈夫ですよ」


 見苦しい所か、非常に魅力的な姿であると俺は指摘したかったが、余計にシャッハトルテが恥ずかしがりそうだったので止めておく事にする。


 振り向けばそこには、修道女シスター姿のシャッハトルテが立っていた。


 うん。これはこれで悪くはないな。


 彼女の姿を見てそんな事を思いつつも、俺は姿勢を正す。


「シャッハトルテ。済まなかった。君をループに巻き込んでしまった……」


 そう言って、俺は深々と頭を下げる。


「顔をお上げ下さい。わたくしが言い出したことです。レイン様はお気になさる必要はございません」


「だが……」


 尚も謝罪の言葉を言い募ろうとする俺に対し、シャッハトルテが真っ直ぐな瞳をこちらへと向けてくる。

 これ以上色々と言葉を重ねるのは、彼女の覚悟に対する冒涜行為だと俺は気付く。


「……ありがとう」


「はいっ」


 その言葉で正解だったのだろう。シャッハトルテが笑顔を見せてくれた。


「それでレイン様。これからのご予定はどのように?」


「そうだな……。俺は一度、魔族領に戻ろうと思う。勇者の説得を君に丸投げすることになってしまうが、それでも俺は一度、自身が君臨する領土の民の姿を見ておきたくなったんだ」


 思えば、俺の目線は人間ばかりに向いていた。

 味方である筈の魔族たちの事を、俺はアリスティアを通じてでしか知らなかったのだ。

 魔族にも色々な奴がいる。

 勿論全員の意見を聞くことなどは不可能だろうが、それでもなるべく幅広い意見を受け取っておく義務が魔王たる俺にはあるだろう。


 そんな簡単な事すら今まで理解していなかったから、味方である彼らと戦うなんて羽目に陥るのだ。


「是非そうして下さい。……それに伺った話から察するに、恐らくレイン様がいると逆効果なのでは?」


「……まあ、そうだろうな」


 勇者には魔王を察知する能力がある。

 俺と一緒に行動すれば、最悪シャッハトルテまで勇者から攻撃されかねない。


「ですから勇者様の方はわたくしに任せて、レイン様はご自身が思う道を進んでください。……その先にきっと、人間も魔族も争わないでいい世界が待っていると信じています」


「……人間と魔族の争いを止める。そんな大それた真似が俺に出来るかどうかは分からないが、それでも頑張ってみるよ」


 シャッハトルテまで巻き込んだんだ。

 そろそろ泣き言を言って許される段階は過ぎようとしている。


「はいっ。それでこそレイン様です」


 その後しばらくの間、俺達は他愛もない雑談を続けた。

 互いの別れを惜しむようにして。



「じゃあ、そろそろ俺は出発するとするよ。シャッハトルテもどうか無理だけはするなよ」


 名残惜しくもあったが、これ以上時間を無駄にしてはいけない。

 それにこれ以上、シャッハトルテと話していたら益々分かれ辛くなってしまう気がするのだ。


「分かっています。……レイン様の方こそ無理しちゃダメですよ?」


 この後、シャッハトルテは勇者カノンベルと対話をすべく、ここから西にあるブルーメガルテンの街へと向かう。

 その街はアリスティアが纏めた情報によれば、シャッハトルテが勇者パーティに加わった街である。

 そこで待っていれば、きっと勇者と出会える筈だ。


「大丈夫だ。俺は無理する前に逃げ出すから」


「そんな事を口では言っていても、いざという時に逃げ出さないのがレイン様だとわたくしは知っていますよ」


「買い被り過ぎだ……」


「ふふっ、そうでしょうか?」


 こんな些細なやり取りにすら幸せを感じるが、それももう終わりだ。


「……じゃあ、俺は行く。多分、次に会うのは次回以降のループになるだろう。それまで元気でな」


「はい、レイン様もどうかお元気で……」


 後ろから微かにだが、すすり泣く声が聞こえてくる。だけど俺は決して振り向かなかった。

 振り向けばきっと俺まで泣いてしまうから。

 

 そうして、俺は水の聖女アクアメイデンシャッハトルテと別れ、魔族領へと戻るべく来た道を遡るのだった。

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