21 聖女と過ごす夜

 シャッハトルテに連れられて、俺は彼女の部屋がある教会の離れへとやって来ていた。


「ここが私の部屋です。少し狭いですが、どうか自分の家だとおくつろぎ下さい」


 そう手で示すシャッハトルテに従い、俺は中へと入っていく。


「……何もない部屋だな」


 そこは年頃の女性のモノとは思えない質素な部屋であった。

 ベッドや机、クローゼットなどの必要最低限の家具が置かれているだけで、余計なモノは何も見当たらない。


「神のしもべたるわたくしには、余分なモノは不要ですから……」


 シャッハトルテの神の教えに対する忠誠心は、俺の思った以上に強いようだ。


 彼女の所属する教会の正式名称は、星光教会エトワールエグリーズ

 星光教と呼ばれ、人間達に信仰される一大宗教の元締めだ。


 詳しくは知らないが、確か教義に反魔族を掲げるような内容が含まれていたはずだ。

 先程の一件で俺が魔族であることを、恐らくシャッハトルテも気付いたはず。

 実際あの時、そんな素振りを彼女も見せていたので、まずそれは確定事項と考えた方がいいだろう。


 ではなぜシャッハトルテはその事を追求せず、自身の信じる教義に背いてまで俺にこうも親切にしてくれるのだろうか。


 はっ! まさか、この部屋に連れて来ておいて、眠った所を暗殺する気か!


 などと馬鹿な考えが浮かぶが、一瞬でそれは破棄する。


 もしシャッハトルテがそんな奴だったなら、俺はもう人間を信じる自信が無くなるよ……。


「お客様の用の椅子もありませんので、こちらにお座り下さい」


 シャッハトルテがそう言って指差したのは、ベッドの上だった。


「あ、ああ。ありがとう」


 俺はベッドの右端の方へと腰掛ける。

 すると、シャッハトルテが僅かばかりの間を開けて、その左側へと座って来た。



 しばらくの間、その場を沈黙が支配した。

 妙な緊張感が辺りを包み込む。


 そんな空気に耐えられず、俺はどうでもいい事を口にする。


「あ、ああ、そう言えばこの部屋、ベッドが一つしかないけど、俺は何処で寝ればいいかな?」


「あ、はい。レイン様にはこちらのベッドを使って頂ければ……。わたくしは床に寝ますので」


「いや、それは流石に悪い。だったら俺が床に寝るよ」


「いえ、レイン様はお客様なのですから、どうかお気になさらず……」


「いや、そう言う訳にもいかないって……」


「いえ、ですが――」



 暫くそんな押し問答が続いた後、再び沈黙が訪れる。


「あ、あの。話は変わるのですが……」


「ん? どうした?」


「レイン様って、その、魔族ですよね……?」


「っうぐっ!?」


 一応覚悟はしていた筈なのだが、それでも突然の直球に俺は大きく仰け反ってしまう。


「やっぱり……」


 俺の反応をどうやら肯定と受け取ったらしく、シャッハトルテは納得した表情で頷いている。


「……済まない。君の言う通り俺は魔族だ。だがこれだけは信じて欲しい。君を騙すとか、罠に嵌めるとか、そんな意図は無かったんだ」


「はい。レイン様がそのような方では無い事は存じ上げております」


「なら、良かったよ」


 ふぅ、と俺は安心して一息つく。


「ところで、レイン様はもしかして相当高位の魔族でいらっしゃるのでは? あの時感じた魔力は、それはもう、もの凄い量でしたし……」


 そこまで気付かれていたか。


 ……もういっそ全部話してしまうか?


 ここまでバレている以上、もはや俺が魔王であることを隠す理由は薄いように思える。

 あとは俺が彼女を信頼出来るか、それだけだ。


 ……多分、俺は彼女の事を信じたいと思っている。

 短い付き合いだが、彼女の人柄に触れて俺はそう考えるに至っていた。


「シャッハトルテ。君には包み隠さず全てを話すよ。……どうか驚かないで聞いて欲しい」


「……はい。分かりました。例えレイン様が魔王であろうとも、驚きませんっ」


 その例えは事実なんだが……。


 なんだか先読みされた気分だ。

 この状況で自身が魔王だと告白するのはちょっと勇気がいるぞ。


「あ、ああ、そのなんだ。君の言うように、俺は魔王なんだ……」


「まぁ!? いえ、すいませんでした。驚かないと言ったばかりでしたのに……」


「あーいや。それは気にしないでくれ。それでここからが本題なんだ。実は――」


 そうして俺はシャッハトルテへと語る。

 俺が魔王として召喚されたこと、何度もループをしていること。そのループで体験したこと、感じた事、考えた事全部。

 思いつく限りを話す俺に対し、彼女は黙って耳を傾けてくれていた。


「……事情は分かりました。わたくしからも一つお聞きしたいことがあります。レイン様は、一体どうされたいのですか?」


「……そうだな。やはり、この半年間のループから抜け出したいという気持ちが強いな」


 やはり定められた死というのは、嫌なモノだ。

 いくらやり直せるとしても。


「だが、ループの中で君を含めた人間たちと関わってから、魔族と人間の争いを止めたいという気持ちも湧いて来た」


 それもまた、偽らざる俺の本心だった。


 この街フェルグレンツェ程ではないにしろ、ローズマリアが住むシュティルハイムもまた魔族領に近い位置にある。

 原因は俺にあったとはいえ、ラエボザの奴も実際にあの村へとやって来た。

 それを思えば、ローズマリアがいつ魔族に害されるか分からない現状は、決して落ち着いていられる状況ではない。


 かと言って魔族である俺に、魔族を滅ぼす道を選ぶことは出来ない。

 ならばローズマリアの安全の為にも、魔族と人間の争いは止めなければならない。


 そう言う意味でも、勇者の仲間であるシャッハトルテの協力は必要だ。

 魔族に対し、もっとも脅威となる勇者カノンベルを止めなければ、きっと争いが止むことはないだろう。


「だからシャッハトルテ。どうか君に頼みたい。何をするにもたったの半年じゃ短すぎるんだ。だから君には勇者との懸け橋となって貰いたいんだ」


 そうして半年という短いループ期間を延長することで、魔族と人間の争いを止める為の猶予を得るのだ。


 俺の言葉に、何か考え込むような表情で黙り込むシャッハトルテ。


 やはりダメか……。


 所詮俺は、シャッハトルテにとっては赤の他人。

 ましてその赤の他人が、自身の信ずる宗教において神敵とされた存在ならば、わざわざ協力する道理など無いだろう。


 そう考えて俺が諦めかけた時、シャッハトルテの口から思いもよらぬ言葉が飛び出て来た。


「分かりました。レイン様。……わたくしを抱いて下さい」


「そうか。……すまない。その、良く聞こえなかったんだが、もう一度言ってくれないか?」


「もう、レイン様ったら。女性にそんな恥ずかしい事を2度も言わせないで下さい。……っごほん。わ、わたくしを抱いて下さい」


 先程とは違い、恥ずかしそうな表情で目を逸らしながらそう言うシャッハトルテ。


「っ!? ちょっと待ってくれシャッハトルテ。何がどうしたらそういう事になるんだ?」


 俺はただ彼女に、勇者との仲介役を頼んだだけのつもりだった。

 それがどうして、そんなぶっ飛んだ返事になるんだ?


「勿論、レイン様の御力になる為です。勇者様との顔繋ぎの為だけに、ループ毎にこうやってわたくしと同じ話を繰り返すのは、大変ではありませんか? わたくしが記憶を保持出来るようになれば、そういった無駄は省けます」


 言われてみれば確かにそうだ。

 そうなのだが……。


「だが、その為だけに君を抱くというのも、おかしな話だろう?」


 何というか、こう、そういう行為は、もっとこう仲良くなった男女が自然と、的な……。


 平静を装ってはいるが、俺の内心はかなりの混乱状態に陥っていた。


「……レイン様。わたくしにはそれほど魅力はありませんか?」


 シャッハトルテはそう言いながら、頭に被っていたヴェールを脱ぎ捨てる。

 そこからはチョコレート色の長い髪が露わになった。


「うっ……」


 上目遣いでその髪と同じ色の瞳で見つめられ、俺は言葉に詰まる。

 元々、整った顔立ちをしているとは感じていたが、ヴェールを脱ぎ顔全体が見えるようになった事で、その印象はより強くなった。

 

 それになんというか彼女は言ってしまえば、エロイ体つきをしているのだ。

 身体のラインが出にくいはずの緩い修道服であっても、一目で分かるその起伏。

 俺は自身の下半身が、彼女の所為で猛烈な刺激に襲われているのを自覚していた。


「今ならまだ間に合う。冗談だったと、そう言うんだシャッハトルテ」


「……いいえ、レイン様。わたくしも覚悟の上で申し上げたのです。さあ、どうぞお好きに……」


 女性にそこまで言わせてしまった以上、ここで何もしないのはそれこそ男がすたる。


 気が付けば、俺はシャッハトルテに覆い被さっていた。

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