20 フェルグレンツェ防衛戦

 魔王軍来襲の報によって、にわかに騒がしくなるフェルグレンツェの街。


「ちょっと様子を見てくるよ。シャッハトルテは避難を」


「……いいえ。わたくしも行きます」


「だが君は……」


 そこまで言いかけて、彼女の瞳に宿る強い決意を目にした俺は、言葉を止める。


 まったく、何処まで御人好しなんだか……。


「分かった。ただ無理だけはするなよ」


「はい!」


 ◆


 そうして俺達2人は街門へと駆けて行く。

 着いた先には、兵士と見える人の姿が多くあった。


「すまない。状況を教えてくれ」


 その辺の奴に適当に声を掛けて、現状を尋ねる。


「どうも、前線の一部が突破されたらしくてな。魔王軍の一部隊がこの街に向かっているそうだ」


 ここフェルグレンツェの街から魔王領まで、広い平野部が続いている。

 その為、ライトルティ聖王国軍は横に広い陣地を敷き、魔王軍の侵攻を抑えている。


 どうしてこんな守りにくい地形の街の傍に最前線を置いているのか、若干疑問にも思うが今は関係の無い話だ。


「その部隊の規模は?」


「規模自体はそれ程でも無いらしいんだが……。なんでも結構な使い手が混ざっているらしくてな。この街に残ってる奴らじゃぁ、止めきれないかもしれないって話だ」


「ありがとう、参考になった」


 俺は懐から銀貨を取り出し、彼へと渡す。


「へへっ、すまねぇな」


 そう言い残して男は去っていく。


「という訳だそうだ。……どうする?」


 正直に言ってしまえば、俺には全く関係の無い話だ。

 そもそも俺は自覚こそ薄いが、所属する陣営としては今この街に攻めて来ている魔王軍側となる。

 そんな俺が人間を守る為、味方と戦うというのもおかしな話だ。 


「……わたくしは、この街を守るお手伝いに行きたいと思います」


「……そう言うと思ったよ」


 短い付き合いだが、シャッハトルテの人柄はある程度把握した。

 彼女は、この状況で街を見捨てる判断を下せるような人間じゃない。


「レイン様とはここでお別れですね」


「何を言っているんだ。俺も一緒に行くに決まってるだろう?」


 ハッキリ言って俺には現状、魔王軍に対する思い入れなど大してない。

 それよりも知り合ったばかりとはいえ、まだ若い少女一人を戦場に放り出すなんて真似をする方が余程抵抗があった。


「ですが……」


「なーに、気にするな。俺は行く当てなどない旅人だ。身寄りもいないから、俺が死んでも悲しむ奴はいない」


 そう言いながら、アリスティアとローズマリア、2人の姿が一瞬俺の頭を過ぎったが、彼女達は俺が死んでもループすることを知っている。

 なら問題はないだろう。


「いいえ。レイン様が死ねばわたくしが悲しみます!」


「ありがとう。だが、それはこっちも同じだ。……だから俺にお前を守らせてくれ。そこらの連中よりは腕が立つ自信はある」


 いくらループ間では技術を引き継げないと言っても、それは飽くまで肉体の話に限る。

 俺の頭は戦い方を覚えているし、その肉体は腐っても魔王だ。

 雑兵相手ならば魔力を封じた今の俺でも、さほど苦も無く勝てる自信はある。


「……分かりました。ですがどうかご無理なさいませんよう、ご自愛ください」


「ああ、分かっている。危なくなったら君を連れて逃げることにするよ」


「っもう……」


 呆れたのか、照れたのか、イマイチ判別の付かない表情を一瞬見せた後、シャッハトルテは俺から顔を逸らした。


 ◆


「来たぞ!」


 前の方に陣取った兵士の中から、そう声が上がる。

 前方を見れば、100人近い集団がこちらへと掛けてくる。

 重武装の割に、素早い動きだ。


 ……あの姿、恐らく竜人剣団だな。


 竜人剣団とは、魔王軍四天王の一人ジェレイントが率いる軍団だ。

 その名の通り竜人種族を主体として構成されており、その高い身体能力を活かした近接戦闘を得意とする。


「いよいよですね……」


 そう言ってシャッハトルテがゴクリ、と息を呑む。


「ああ……」


 俺達は今、迎撃部隊の後方にいる。


 シャッハトルテの本領はやはり何といっても、その高い治癒能力だ。

 水の聖女アクアメイデンと呼ばれるだけあって、水属性の高度な治癒魔法をいくつも使いこなす。

 だが、治癒魔法は発動時にどうしても隙が出来る為、それをカバーするのが俺の役割だ。


 一応相手の魔王軍も俺にとっては、本来は味方の集団だ。

 護衛任務ならば、率先して彼らを殺す必要もない。

 わざわざ前に出て殺しまくるのは流石に気が引けるので、丁度良かったと言えるだろう。


 そんな事を考えている内に、遂に敵の先頭とこちらの前衛が衝突した。


 味方の兵達も頑張ってはいるがどうも相手はそれなりの精鋭部隊らしく、数ではこちらが勝っているにも関わらず徐々に押されていく。


聖泉ホーリーウェル


 だが、すぐさまシャッハトルテが治癒魔法を飛ばし、一瞬崩れそうになった戦線がすぐさま立て直される。


 かくして戦いは一時、膠着状態に陥った。


 心配はシャッハトルテの魔力だが、見る限りまだまだ余裕はある。

 彼女も魔力残量を気にしてなのか、場面場面に応じてかなり的確に魔法を使っているおかげで、魔力効率が非常に良いのだ。


 水の聖女アクアメイデンと呼ばれ、勇者パーティ入りするだけの実力は確かにあるな……。


 いつもアリスティアが相手をすることが多かった為、勇者の仲間達の実力に気を払っていなかった俺だが、改めて彼らの高い実力を再認識した。

 同時に、そんな彼らをたった一人で押さえていたアリスティアの凄さも。



 だが膠着状態はそう長くは続かなかった。


「見つけたぞ! 貴様がこの軍のかなめだな!」


 竜人の中でも一際体格の大きな戦士が、前へと飛び出してきた。

 纏っている武具の豪奢さから考えても、恐らく奴が例の腕の立つ奴なのだろう。


 奴は、シャッハトルテの元へと一直線に進んでくる。

 勿論、兵士たちはそれを妨害しようとするが、鎧袖一触の勢いで弾き飛ばされている。


「覚悟!」


「おっと、俺の事を忘れてもらったら困る!」


 シャッハトルテに大剣で切りかかろうとするのを、同じく剣でもって阻止する。


「貴様! やるな!」


「それはどうも」


 腐っても俺は魔王だ。

 ブリアレオスみたいな筋肉達磨は抜きにして、例え竜人相手でも力で押し負けることはそうそうない。


「貴様! 名は何と言う!」


「……レインだ」


「俺の名は、ヴェルナー。レインとやら、勝負だ!」


 そうして竜人のヴェルナーと俺の戦いが始まった。


 剣と剣が鍔迫つばぜり合いを繰り返し、火花が散る。

 剣と剣がぶつかり合う度、俺はかつてのループの記憶を思い出し、振るう剣の鋭さが増していく。


 互角だったのは最初の内だけだった。

 カンを取り戻しつつある俺の剣捌きは、徐々にヴェルナーを圧倒していく。


「ぐうっ」


「諦めて投降しろ」


「っ! まだまだぁ!」


「ちっ、やむを得ないな」


 実力差は見せつけた筈なのに、尚も食い下がってくるヴェルナー。

 何が彼をそこまで必死にさせるのか。


 思えば俺は彼ら魔族らの事情を、アリスティアから伝え聞いた上辺の情報だけでしか知らない。

 ここが戦場ではなく、彼らがシャッハトルテを狙っていなければ話を聞きたい所だったが、流石に今はそんな呑気の事を言っている場合ではない。


 若干、後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、俺がヴェルナーとどめを刺そうと剣を振りかぶったその時、別の方向から殺気を感じて振り返る。


「ちぃっ」


 いつの間にか敵の部隊の一部が戦場を大きく迂回して、こちらへと横撃を仕掛けようとしていた。

 そいつらは竜人たちとは違い、黒いローブを身に纏っている。


 くそっ、奴ら妖魔師団かっ。


 ラエボザの奴は既に死んだ筈なのに、どうして未だ俺の邪魔をしてくるんだっ!


 死人に文句を言っても意味はないのだろうが、それでも俺はラエボザを罵倒したい気持ちで一杯になった。


「死ね!」


 どうも奴らの狙いは俺ではなく、その後方にいたシャッハトルテだった。

 不覚にも俺はヴェルナーとの戦闘に集中し過ぎて、シャッハトルテとの間に僅かばかり距離が空いてしまっていた。


 くっ、いくら強くとも戦場慣れしていない弊害だなっ……。


 護衛失格だ。

 自身の失態に、俺は思わず舌打ちしそうになる。


「くそっ!」


 俺は魔力を封じていた魔法具を素早く剥ぎ取ると、魔法を発動する。


風界絶触ウインドヴェール


「きゃあ!」


 迫りくる魔法に、反射的に目を瞑るシャッハトルテ。

 だが、寸前で俺の放った風の守りによって、それらはすべて掻き消される。


 ふぅ。どうやら間に合ったようだ。


「な、なんだ、貴様! それにその魔力……」


 奴ら、俺が魔法を防いだことよりも、どうやら俺の魔力に驚いているらしい。


 しまったな。俺が魔族だとバレたか?


「ピエリック、ここは一旦引くぞ」


「あ、ああ……」


 ヴェルナーがそう言い、魔王軍は撤退していく。


 まあ、魔王軍の奴らにバレても、別にどうとでもなるのだ。

 いや、この状況でバレたのは少々マズイかもしれないが、まだ取り返しは付くはずだ。

 だが……。


「レイン様……。その魔力は一体……」


 シャッハトルテが俺の姿を見て、そう呟く。


 不味いな。

 シャッハトルテにバレてしまっては、取り返しが付かない。


「その魔力の質、もしかして……」


 どうやら、俺が魔族だと完全にバレてしまったようだ。

 ああ、俺のこのループでの努力は、水の泡へと消えてしまうのか。


「……いえ、魔王軍も引いたようですし、今は怪我人の治療が先です」


「あ、ああ。分かった」


 だが俺の心配に反し、シャッハトルテはそれ以上の追及を今はして来なかった。

 俺は素早く魔法具を再装着し、魔力を隠す。

 どうやら戦場のごたごたのおかげで、シャッハトルテ以外の人間達には気付かれていない様なのが、幸いだった。

 まあ魔力を保有している人間は余りいないので、確率的には別にそうおかしな話では無いのだが。


 いつ俺の魔力についてシャッハトルテに追及されるのか、俺は内心ビクビクしながら撤収作業に従事する。


 だが俺の心配は杞憂だったようで、その後もシャッハトルテからの追及は無かった。

 結局、僅かばかりの報酬を貰い解散となった。

 既に日は暮れ、辺りは真っ暗だ。


 今日は色々と疲れた。

 宿でゆっくり休もう。そう思った時点で俺は気付く。


 思い返せば宿を取りに行く途中で、魔王軍の襲撃にあったのだ。

 当然、まだ宿の予約はしていない。

 この暗い中、地理に疎いこの街で宿を探すのは難しい。

 それにこの時間では、もうどの宿も空いていない可能性もある。


 がっくりと気を落とす俺に気付いたのか、シャッハトルテが俺に声を掛けてくる。


「どうかしましたか、レイン様。……ああ、そう言えば宿をお探しの途中でしたね」


「そうなんだ。まあ、どこかで野宿でもすることにするよ」


 下手に街中を探し回った挙句、徒労に終わるよりは、俺は潔く諦める方を選ぶ。


「それはいけません! 宜しければ、わたくしの部屋に来ませんか? 狭いですが、2人寝るくらいのスペースはありますので……」


「ああ、いや。流石にそれはマズイんじゃ……」


 年頃の女性と同じ部屋で寝るのはマズイことくらい、俺でも分かる。

 いやまあ、アリスティアに釘を刺されたせいというのが大きいが。


「かと言って、この街を救って下さったレイン様を野宿させる訳には参りません!」


 結局、シャッハトルテの勢いに押され、俺は彼女の部屋に泊まることになった。


 い、一応、俺は何度も断ったんだからな!


 誰に言ってるとも分からない言い訳を、俺は心の中で呟きながら、シャッハトルテの部屋がある教会の離れへと向かった。

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