水の聖女編

17 魔王、勇者に対話を求める

 前回のループの結末から、俺はループの意義について再び自身に問い直すことにした。


 結局の所、俺は情報を探る為と言い訳して、ただ勇者から逃げていただけだった。

 その結果招いたのは、ローズマリアがループに巻き込まれるという取返しの付かない事態だ。

 ローズマリア自身は、「別に気にしてないよ」と笑って許してくれたが、そう言う問題ではないだろう。


 俺はこのループが繰り返す最大の原因である勇者カノンベルと、一度きちんと向き合うべきだと考えた。

 だが、それは彼女を倒すという意味じゃない。

 その実力を付けようとすれば、アリスティアに邪魔されるからそれは実質不可能ではあるのだが。


 魔族である俺は、人間であるローズマリアとも仲良くなれた。

 ならば魔王である俺は、勇者であるカノンベルともきっと仲良くなれるのではないか?


 そうなると魔王軍がカノンベルの両親を殺したというのが最大のネックであるが、その行動には俺は関知していないし、そもそも俺が召喚される以前の話だ。

 その事をキチンと説明した上でちゃんと謝罪すれば、彼女もきっと分かってくれるのではないか。

 そう考えたのだ。


 考えたのだが……。


 ◆


 魔王城を出発した俺は、ローズマリアへの挨拶とちょっとした用事の為、シュティルハイム村へと立ち寄った。


 野暮用を済ませた後、俺は勇者カノンベルの住む辺境の街ノースシュタットへと、一人向かった。

 御伴を付けなかったのは、カノンベルを刺激しない為だ。


 ノースシュタットに着いた俺は、姿を隠しながらカノンベルの元へと向かう。

 しばらくは遠目から様子を窺い、カノンベルが一人になった所を狙って接触を試みる。


「すいません。ちょっと宜し――」


 魔王だとバレないよう、口調を丁寧なモノに変えて話掛けたのだが、


「っ! その気配! ……魔力を隠していても分かるわ。あなた魔王ね!」


 言い終わる前に、振り返ったカノンベルが後ろへと飛び退り、腰から剣を引き抜いて構える。


 アリスティアに借りた魔法具によって魔力を抑えているので、今の俺はヒューマンと見分けが付かない姿のはずだ。

 ……にも関わらず、カノンベルによって魔王であることを一目で看破されてしまった。


「そうだ。確かに俺は魔王だ。だがまあちょっと待ってくれ、落ち着いて俺の話を聞いてくれ……」


「誰が魔王のいう事なんか聞くもんですかっ! 覚悟しなさい!」


 構えた剣の切っ先をこちらへと向けて、勇者が突撃を仕掛けてくる。


 やむを得ず、俺はその場を逃げ出すことしか出来なかった。


 ◆


「なんだあれ! まるで会話にならなかったぞ!」


 魔王城へと逃げ帰った俺は、アリスティアに対しそう愚痴を零す。


「……勇者というのは、魔王を倒す為に生み出された存在ですから。なので、魔王の気配に対しては特に敏感なのです」


 理屈は良く分からないが、どうやら勇者とはそういうモノらしい。

 ……魔王の俺としては心底迷惑な話だ。


「ふふっ、私くらいのベテラン勇者になれば、ナイトレイン様がどこにいてもすぐに見つけられますよ」


 アリスティアが微笑みながら、そう付け加えて言う。


 それはもはや勇者ではなく単なるストーカーなんじゃないかと思ったが、俺はあえて指摘するのは避けた。


「しかし、そうなると勇者と直接対話するのは、かなり難易度が高いな……」


「そうですね。気付かれずにというのは、まずもって無理でしょう。そうなると、誰かに仲介をして貰うのが一番かもしれませんね……」


「なるほどな。だが、誰に頼めばいい? 魔王軍の連中は当然ながら全員却下として、そうなると人間であるローズマリア辺りか? だが彼女をこの件に巻き込むのは気が引けるな……」


 他の人間の知り合いと言えば、精々シュティルハイム村の女の子達くらいだ。

 誰に頼んでも結局は、ローズマリアを巻き込んでしまう事になる気がする。


 いい案が浮かばず悩んでいる俺に対し、アリスティアが提案をする。


「ナイトレイン様、少し考え方を変えるのです。今の交友関係に伝手が無いのなら、新しく伝手を作ればいいだけの話ですよ」


「新しい伝手か……。勇者カノンベルとの対話が目的である以上、彼女に近しい人間が候補となるな……」


 そうなるとまず思い浮かぶのが勇者の仲間たちである。

 ……そう言えば俺は、勇者であるカノンベルにばかり意識が行っていて、彼らについては良く知らない事に思い至る。

 思えばいつもアリスティアが相手をしていたから、ロクに会話すら交わした事がない。


「勇者の仲間は、聖騎士(パラディン)アイゼンハルト、水の聖女(アクアメイデン)シャッハトルテ、流浪の大賢者(ソロモン)ナールヴァイゼ、流星の狩人(ミーティア)フォレフィエリテ、大盗賊(マスターシーフ)ヒートヘイズの5名ですね」


 アイゼンハルトの名は知っているが、他は初めて聞いた。


 うーむ、勉強不足だな。


「皆が皆、人間達の間では名の知れた人物です。どういった経緯によって勇者の仲間となったのかまでは分かりませんが、彼らを通じて勇者と対話するのも一つの選択肢かもしれませんね」


「そうだな。ただ、恐らくアイゼンハルトは難しいな。彼は俺のループ開始時点で、既にカノンベルの傍にいる。彼女の目を掻い潜って、知己を得るのはまず不可能だろう」


「そうなると、ナールヴァイゼとヒートヘイズの2人に絞られますね」


「うん? どうしてシャッハトルテとフォレフィエリテの2人を省いた?」


「勿論それは、彼女達が女性だからですよ。これ以上ナイトレイン様を徒(いたずら)に女性と接触させる訳には参りません!」


「は、ははっ。なるほど、な……」


 うーむ、全く信用されていない。

 まあ、俺のこれまでの行動を思い返せばそれもやむ無しなのだが……。


「じゃあ、ナールヴァイゼかヒートヘイズか、どちらがいいのか……」


「ナールヴァイゼは中々の気難しい人物だと噂では聞いています。それに確か勇者パーティに加わったのは、ヒートヘイズが最後だったはずです。説得にかかる時間を考えても彼が一番適任かと」


 なんだか妙に詳しいな。


 そう言えば、以前勇者カノンベルの情報を得てきたのもアリスティアだった。

 恐らくその時に知った情報なのだろう。


「分かった、ならそうしよう。まずは勇者カノンベルの仲間の一人、大盗賊(マスターシーフ)ヒートヘイズに接触を図るとしようか」


「では、少々お待ちください。彼についての情報を紙に纏めますので」


「ああ、頼む」



 アリスティアが纏めてくれた情報を元に俺はヒートヘイズと接触を図るべく、ライトルティ聖王国と魔族領の境界にある街フェルグレンツェへと向かった。


 この街は国境沿いに存在するという点では、シュティルハイムと似たような立地条件に思えるが実際は大きく異なる。

 というのもこの街は現在、ライトルティ聖王国に置ける対魔族の最前線となる土地であった。

 ローズマリアの住むシュティルハイムのように森などの天然の要害に阻まれている訳でもなく、平地沿いに魔族領と繋がっている為、常に魔王軍の侵攻に晒されているのだ。


 この街でヒートヘイズをパーティに加えたという事は、恐らく勇者たちはこの街を経由して魔族領へと攻め入ったのだろう。

 真正面から攻め入るとは全く恐れ入る。

 それは見方を変えれば、勇者の魔族に対する嫌悪感の強さの証だとも言えるかもしれない。


 勇者との和解がますます大変なものに思えて来た……。


 ちょっと心折れそうになるが、俺は気を取り直しヒートヘイズの捜索へと移るのだった。

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