16 魔王、魔王軍に襲撃を受ける

 俺が村から出ると、既に周囲は魔王軍の一団に取り囲まれていた。


 一団の多くは、黒のローブを身に纏い杖を携えた格好をしている。

 どうやら妖魔師団の連中のようだ。

 奴らはラエボザの直属の部下たちで、ある意味では魔王軍で一番厄介な相手だとも言える。


「おまえら! 魔法使いをこちらへと差し出せ!」


 先頭の奴が、上から目線でこちらへと呼び掛けてくる。


 魔法使い? もしかして俺のことを言っているのか?


「ど、どうして魔王軍の奴らがっ!?」


 集まった村人の中で、ザシャがそう騒ぎ出す。


「どうやら魔法使いを狙ってやって来たようですよ?」


「それでどうして魔王軍なんかが来るんだよ!? 帝国軍じゃないのか!?」


 む、どうもこの事態に心当たりがある様子だ。


「どういう事なの、ザシャ? もしかして、レインの事を帝国軍に密告でもしたの?」


「うっ、だってお前らが、余所者のアイツの事ばっかりチヤホヤするからっ!」


 どうやらザシャの奴。俺が村の女達にチヤホヤされているのを妬んで、帝国軍に通報したらしい。

 恐らくそれをラエボザ辺りが放ったスパイに、察知されたのだろう。


 全く呆れた奴だ。

 男の嫉妬は醜いと言うが、本当にその通りだな……。


 そもそも、お前自身は村長の息子というだけで、何も村に貢献していないだろうが!


 とは言え、こうなった以上は仕方ない。


「おい、その魔法使いは俺のことだ! だから村には手を出すな!」


 俺は前へと進み出てそう宣言する。


「ひょっ、ひょっ、ひょっ、これはこれはお久しゅうございますな、魔王様。何やら予感を感じて出向いて見れば、まさかこんな所におられるとはのう」


 そんな俺の姿に反応して、一団の後ろから一人のしわがれた爺が姿を見せる。


「……ラエボザっ」


 まさか本人自らが直接ここにやって来ているとは……。


「何をしに来たのだ。ラエボザよ」


「ひょっ、ひょっ。何、優秀な実験素材がここにおると聞きましてのぉ。儂自ら捕獲に出向いた所なのですじゃ」


「成程な……。だが残念だったな、そいつの正体は俺だ。それとも我を実験素材にでもする気か?」


「ひょっ、ひょっ。そんなつもりは御座いませぬよ。ただ、人間の魔法使いは、他にもおるではないですか。ほれ、そこに」


 そう言ってラエボザが杖を向けた先には、ローズマリアの姿があった。


 マズイっ。魔力で気付かれたのかっ!


「マリアっ! 逃げろっ!」


 その俺の叫びに素早くローズマリアは身を翻すが、どうやら一歩遅かったようだ。


「影縛(シャドウバインド)」


「きゃあっ!」


 ラエボザの杖から、黒い影が伸びてきて、ローズマリアの足へと絡みつく。


「マリアっ! くっ、ラエボザ! 彼女を離せ!」


「ひょっ、ひょっ。これは異な事をおっしゃるのう、魔王様。あれは我ら魔族の敵、どう扱おうとも問題ないじゃろう?」


「いいから、離せぇ!」


 俺は怒りに我を忘れ、ラエボザへと突進する。


「ひょっ、ひょっ。……やれ」


 ラエボザのその言葉を合図に、一斉に妖魔師団の連中が俺へと襲いかかる。

 ラエボザが怖いのか、単に俺のカリスマ性が足りないのか、奴らは魔王である俺を攻撃することに対し、なんら躊躇う様子は見せない。


 くっ、だが、あまり俺を舐めるなよ!


 いくら戦闘訓練を積んでいないと言っても、俺は魔王。

 膨大な魔力をその身に宿している。

 そして訓練を積んでおらず肉体が貧弱なままでも、俺にはかつてのループで培った記憶がある。


「うおおっ!」


 こうして魔王たる俺と、ラエボザ率いる妖魔師団の戦いが始まった。

 俺は記憶の中に存在する、かつての戦闘スタイルを再現しながら必死に戦う。


 敵のおよそ4分の1程は、殲滅しただろうか……。

 肉体は随分とボロボロだが、魔力にはまだ余裕がある。

 このままならいける!


「むむっ、さすがは魔王様じゃ、一筋縄ではいきませぬのう。ここは少々趣向を変えるとしようかの」


 俺の予想以上の善戦に対し、ラエボザは卑劣な手段へと打って出る。


「きゃあ!」


 ラエボザの影魔法によって拘束されていたローズマリアの周囲を、妖魔師団の連中が取り囲んでいた。


 いつの間に!


「さあ、魔王様。この小娘の命が惜しくば、大人しくして貰おうかのう」


「くっ、卑怯だぞ! ラエボザ!」


「儂は無駄な事が嫌いな主義でしてのぉ」


 そう言うラエボザは、自身のとった行為に対し、何ら恥も疑問も抱いていないようだった。


「くっ、アリスティアよ! 今も見ているんだろう。頼む、助けてくれ!」


 この状況を打開できるのは、もはや彼女しかいない。

 縋る思いで俺はそう叫んだ。


 ただ俺が死ぬだけなら、それでもいい。

 だがこのままでは、ローズマリアが奴らの手に落ちる。

 それだけは絶対に避けたかったのだ。


 だが俺のそんな必死の叫びも空しく、アリスティアは遂にやって来なかった。


「ひょっ、ひょっ、とどめじゃ」


 その言葉と共に、俺全身は魔法によって貫かれた。


「レイン!?」


「マリア……」


 涙で濡れてぐしゃぐしゃになった、彼女の悲痛な表情を眺めながら、俺の意識は消失する。


 ◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 だが今の俺の思考は、どす黒い感情に支配されていた。


 絶対に許さんぞ! ラエボザ!


「――ナイトレイン様!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! ナイトレイン様!」


 アリスティアの呼び声に、ループの開始地点に戻って来たことに気付く。


 俺の意識は急速に覚醒していく。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、ナイトレイン様……」


 アリスティアが何事か言っているが、今の俺にはそれに構っている暇はない。


「どけ、アリスティア。俺はラエボザを殺す」


「お待ちくださいっ、ナイトレイン様。今のあなた様では奴には勝てませんっ!」


「くっ! ならば修行して、力を付けてでも殺す。アリスティア、例えお前でも邪魔はさせないぞっ!」


 悪いがこればかり意地でも押し通させて貰う。

 例え結果、殺されようともだ。


 そんな俺の意志の強さを感じ取ったのか、折れたようにアリスティアが溜息をつく。


「分かりました。少々ここで、お待ちを」


 それだけ言うと、アリスティアが転移魔法で姿を消した。


「お、おいっ」


 突然の事に、呆気に取られた俺の前に、程なくしてアリスティアが再び姿を現す。


「お待たせしました。ナイトレイン様」


 そう言って彼女は、何かを俺の足元へと転がす。


「なっ、これは……」


 そこにあったのは、ラエボザの生首だった。

 何が自分に起きたのか理解出来ない、そんな表情のまま固まっている。


「ナイトレイン様。お怒りは理解致しますが、どうか今はこれでお収め下さい」


 その何ら躊躇いのないアリスティアの行動に恐怖を覚え、沸騰していた頭が急速に冷えるのを感じる。


 だが良く考えれば、愛しているという俺ですら、必要となれば彼女はあっさりと殺すのだ。

 それ以外の相手に対して、殺すのを躊躇するような性格には思えない。


「あ、ああ。分かった……。お前が奴を殺してくれたのなら、それで満足するとしよう」


 本当は俺のこの手で縊(くび)り殺してやりたかったが、目の前の惨状にもはやそんな気も失せた。


 だがこれだけは、聞いておかなければならない。


「アリスティアよ。どうして俺が助けを求めた時、来てくれなかった」


 アリスティアが助けにさえ来ていれば、そもそもこんな事にはならなかったのだ。


「申し訳ありません。ですが、それはナイトレイン様も悪いんですよ。マリアとあんなにイチャイチャして……。それを眺めていた私がどんな気持ちで過ごしていたか、分かりますか?」


「そ、それは……。す、済まなかったな」


 それを指摘されると、ぐうの音も出ない。


「それに私はこう決めているのです。ループ中は極力、ナイトレイン様の手助けはしないと。……それは何故か分かりますか?」


「いや……」


「ナイトレイン様に、ループの経験を糧に少しでもより良い男性へと成長して欲しいと願っているからです。あなたは私の理想の良人(おっと)となり得るお方、ですがまだそこまでには至っていません」


 確かにアリスティア程の女性と釣り合う男かと問われれば、正直俺に自信はない。


「ですから私も心を鬼にして、あなたを谷底へと突き落とすような真似をしているのです……」


 そう語るアリスティアの表情はとても辛そうなものであり、とても嘘を吐いているようには見えなかった。


 そうか、アリスティアも辛い思いをしていたんだな……。


 どこか狂ったようにも見えるアリスティアの本心を垣間見た気がして、俺は何故だか安心感を覚えていた。

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