13 仲間が増えてしまった

 シュティルハイム村から魔王城へと帰還すると、そこには待ち受けていたアリスティアの姿があった。


「お帰りなさいませ。ナイトレイン様」


 城門前に仁王像のようにドッカリと構えて、立っている。

 その立ち姿は、小柄な肉体に見合わず妙な迫力があった。


「わ、わざわざ、出迎え済まないな……」


 アリスティアはいつもの天使のような笑顔を浮かべているが、今はその表情にどこか違和感を感じる。


「私以外の女と楽しそうにされていて、何よりです」


 棒読みのような口調でそう言うアリスティア。

 よく見れば、その瞳は全く笑っていない。

 まるでは夫の浮気を問い詰める妻の目だ。


「べ、別に浮気してもいいって言っただろう?」


 俺は思わず、そんなダメ男感満載なセリフを言い放ってしまう。


「それは女の見栄というモノです! 本気にする人がいますか!」


 アリスティアに叱られ、思わず俺はシュンとなる。


 だがよく考えればおかしくないか?


「いやいや、待て待て。……別に俺はアリスティアと付き合っている訳でも、ましてや結婚している訳でもない。俺が誰と仲良くしようと俺の自由だろう?」


「婚約しているので、ダメに決まっています」


「おい! 誰がいつそんな事約束した!?」


 記憶にないぞ!


「まだそんなことを言ってるのですか? 少々躾が必要なようですね……!」


 だがそんな俺の当たり前な主張は流され、アリスティアが怒気を放ち始める。


「やれやれ、騒がしいですね」


 俺が身の危険を感じ始めた時、横からそう声が掛かる。


「お2人共、仲が良いのは結構ですが、場所を考えて下さい」


 ジェレイントがそう言いながら、こちらへと歩み寄って来る。


 ナイスタイミングだ!


「……はぁ。続きは魔王城の中に入ってからにしましょうか」


 水を差されたのか、アリスティアが怒気を納めそう提案する。


 先延ばしにしただけかもしれないが、助かったぞジェレイント。


 俺は心中で彼にそう礼を言う。


 ◆


「兎も角、浮気はダメですよ、ナイトレイン様」


 メッ、と子供を叱るように注意されるが、それは中々難しい注文だ。


 正直に言おう。

 今の俺の心は、アリスティアよりもローズマリアの方へと動いていた。


 何故かってそれは、ローズマリアが、俺に優しくしてくれたからだ。

 何より最後の夜、俺達は互いのハジメテを捧げ合ったのだ。


 肉体的にはヤリたい盛りの年頃の俺が、一度味わったその快楽に抵抗するのは難しい。


 そんな気持ちを、婉曲に伝えるとアリスティアは得心がいった表情で頷いた。


「成程。……しかし難しい問題ですね。かと言って私を抱かせる訳にもいきませんし……」


「どうしてだよ……!」


 俺は反射的にそう叫んでいた。

 我ながらお猿さん丸出しのセリフである。


 いやまあ、なんだ、その、アリスティアもかなり魅力的なんだ……。


「それは勿論、初夜にとって置く為ですよ。だから式を挙げるまではお預けですね」


 そもそも結婚前提かよ!

 などと俺は一々突っ込むような真似はしなかった。


 だって、怖いし……。


「……それで、その式とやらはいつやる予定なんだ?」


「そうですね……。魔王様の寿命が永遠となってからですかね。理想は、ナイトレイン様が始祖吸血鬼(オリジンヴァンパイア)に成ってからですね」


 おいおい、それは一体いつの話になるんだ。

 それまで俺に、この本能の迸りを抑えろっていうのか!


 冗談じゃない!……なんて言えるはずもなく結局、俺はそれを黙って受け入れた。


 ◆


 それから数日が経ち、勇者の襲来の日がやって来た。


「いつも通り、勇者以外の相手は私がします。魔王様は勇者を頑張って倒してください」


 俺に鍛えるのは禁止する癖に、そんな無茶な事ばかり言う。


「……はぁ。今回は、勇者の弱点を探ることに専念するとしよう……」


 何の方策も無いまま勇者と戦うことになった俺は、特に善戦したという訳でもなくあっさりと殺された。


 見苦しい抵抗など一切ない、いっそ美しい散り際だったと思う。


 だんだんと、死に慣れ始めている自分が恐ろしい……。


 ◆◆◆


 薄暗い闇の中に、俺の意識は沈んでいた。

 そう言えばここはなんなんだろうな。

 死んだら来る待機場所か何かと思っていたが、どうやらそうでもないようだし……。


「――ナイトレイン様!」


 そんな事を考えていると、声が意識の外から響いてくる。


「――お目覚め下さい! ナイトレイン様!」


 アリスティアの呼び声に、またループが始まったのだと実感する。


 俺の意識は急速に覚醒していく。

 目の前には、いつも通りアリスティアの姿があった。


「ああ、良かった。ようやくお目覚めになられましたか、ナイトレイン様……」


 アリスティアは、瞳から涙が零れ落ちるのを拭いながらも、花が咲いたような笑みを見せてくれた。


「いつもそうやって心配そうに泣いているが、何故だ?」


「……? 愛する人が死ねば泣くのは当たり前でしょう?」


 キョトンとした表情で、そう首を傾けている。

 可愛い……。

 いや、そうじゃない。

 そう思うなら、もっと俺が死なないように配慮しろよ!


「それでナイトレイン様、今回のご予定は?」


「ああ、今回も人間領へと行こうと思っている」


「……あの女の所に行くのですね」


 アリスティアの背後に、般若の面を幻視する。

 怖い。怖いって……。


「まあ、その、約束したからな……」


 そうなのだ。約束なのだ。だから仕方がないのだよ。


「約束……ですか。ならば仕方ありませんね……。ですが手を出すのは禁止ですよ?」


 約束というワードを出した途端、アリスティアのガードが一気に緩くなったように感じられる。

 何か思い入れでもあるのだろうか?


「ああ、分かったよ……」


 手出し禁止というのは痛いが、それでもローズマリアに会いたい気持ちが勝った。



 そうして、再び俺は人間領の錆びれた村シュティルハイムへと向かった。


 ◆◆◆


 今回のループでは、前回の反省を踏まえ、街道沿いに進んできた。

 危惧していた俺の正体バレだったが、特に魔王だと誰にも気づかれる事は無く、順調な道行きだった。


「さてと、マリアはどこかな?」


 村の近くまでやって来た俺は、姿を隠して村の様子を窺う。


 前回のローズマリアとの出会いは、倒れていた俺を彼女が助けたという偶発的な出来事によるモノだった。

 どこに倒れていたのか覚えていないし、タイミング的にも再現は難しいだろう。


 はてさて、どうやってローズマリアとコンタクトを取るか。

 悩んだ結果、彼女が一人になった所で、旅人を装って接触を図ることにした。


 村の入り口を見張ることしばし、ローズマリアが一人で出かける姿を見つけた。

 俺が来る以前は、食料を得る為にちょくちょく森に入っていたと聞いていたから、こうして張っていたのだが、思ったより待たなくて済んだ。


「あの、こんにちは」


 驚かせないようゆっくりと近づき、少し離れた位置から声を掛ける。


「はい?」


 呼び掛けに気付き振り返ったローズマリアと目が合う。その瞬間、


「ああっ、レイン! レインじゃないか! ボク、ずっと待っていたんだよ!」


 そう言って、ローズマリアが俺へと抱き着いてくる。


「へっ。ちょっ、なんでっ?」


 何故、俺の事を知っている?


「ループしたんだよね? レインに聞いた事、ボク全部覚えてるよ」


 抱き着いたまま、そうはにかむローズマリア。

 そして、俺がかつて彼女に話した内容を語り出す。


「――要するに、レインは本当は魔王ナイトレインで、ずっとループを繰り返しているんだよね」


 全部、合っている。


 訳が分からない。

 ループしたはずなのに、どうして一般人のはずの彼女が記憶を保持している。


「どうしたのレイン?」


 余りの不可解な事象に、俺は思考の檻に囚われていた。


 そうして黙りこくってしまった俺の前に、黒い影が落ちる。


「ナイトレイン様。申し訳ありませんが、緊急事態が発生したようなので、参上致しました」


 影の正体は、アリスティアだった。


「どうしてここに……?」


「転移魔法です。ナイトレイン様に掛けていた追尾魔法を利用しました。……それでもこの魔法は魔力消費が激しいので、余りに使いたくは無かったのですが……」


 どうやらよっぽどの事態らしい。

 ローズマリアが記憶を保持しているというのは。


「レイン。ねぇ、その子誰?」


 怪訝そうな眼で、アリスティアを見つめるローズマリア。

 実際の年齢はともかくとして、アリスティアの見た目は、ローズマリアよりも若干だが下に見える。

 その疑問は無理もなかった。


「……この女ですか。ナイトレイン様を誑(たぶら)かしたのは……!」


 一方のアリスティアはという、敵意溢れた視線をローズマリアへと浴びせている。


 このままでは、キャットファイトに発展しかねない空気が流れていた。


「2人とも落ち着いてくれ。ちゃんと説明するから――」


 2人の間へと割って入り、それぞれの紹介を行う。


「ふーん。君がレインを何度も殺してるって子か。レインが可哀想じゃない。止めてあげなよ」


「……すべてはナイトレイン様の為です。何も知らない泥棒猫は黙っていなさい」


「なんだよ、泥棒猫って! 別にレインと結婚している訳でもないんでしょ?」


「結婚はしていませんが、婚約しています。人の良人(おっと)となるべき男性を寝取ったのだから、泥棒猫がお似合いです!」


 どうやら俺の執り成しは意味がなく、結局彼女たちは言い争いを始めた。


「婚約って、どうせ君が無理矢理にそうさせただけでしょ。酷い子だね」


「ナイトレイン様の童貞(弱み)に付け込んだ癖に! あなたこそ恥を知りなさい!」


「まあまあ、2人共ちょっと落ち着いて――」


「レイン(ナイトレイン様)は黙ってて(下さい)!」


 2人に同時にそう言われ、俺はしょんぼりへにょんとなる。

 そんな俺を余所に2人は言い争いを続ける。


「――この女、どうやら殺されたいようですね……」


「ほら、すぐそうやって暴力に訴える。それじゃあ、ボクみたいにレインに愛してもらえないよ?」


 爆発寸前のアリスティアに、ローズマリアが尚も追撃を掛ける。


 おいやめろ。本当に殺されるぞ!


 アリスティアの全身がプルプルと震えている。

 マズイ、限界だ!


「アリスティア! 俺と結婚しよう!」


 俺がそう叫ぶと、怒りの表情から一転、笑顔へと変わる。


「ナイトレイン様……。やっと分かって下さいましたか……」


 涙を拭いながら、花の咲いたような笑みを見せるアリスティア。


 一方で、ローズマリアはまるでこの世の終わりの様な表情をしている。


 だが俺のターンは終わっちゃいない。


「マリア! 俺と結婚しよう!」


 アリスティアに対し言った言葉を、今度はそのままローズマリアへと掛ける。


「なっ、どういう事(ですか)!?」


 2人が口を揃えてそう俺へと言う。


「要するにだ。2人揃って俺の嫁になればそれで全部解決だろう? 違うか?」


 我ながら最低の事を言っている気がする。

 だがこの場を納めるにはこれしかないのだ! 多分……。

 それに確かこの世界では、一夫多妻はそう珍しくなかったはず。

 俺が甲斐性さえ見せれば、きっと問題はないのだ。


「うーん。そうかもしれない……けど……」「確かにそうですが……」


 俺の言葉に、迷う様子を見せる2人。

 ここは一気に畳みかける!


「2人共、俺からすればとても魅力的な女の子だ。それをどちらか選べなんて、そんな酷いこと、俺を愛してくれているなら言わないよな?」


 ホント下種な発言だ。反吐が出る。

 だが、同時に俺自身の本音に、程近い言葉でもある気がする。


「ちょっと、考えさせて」「……少し考える時間を下さい」


 結局、この場は保留という形で納めることに成功した。

 俺が駄目男の称号を、自ら背負うという代償によって……。

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